《最終章第4部 ~英雄たちの最前線~》中編

 

 「ええいっ! いったいなにを手こずっておるのか!?」


 ヴェクセン帝国軍の自陣の丘にて馬上から様子を窺っていた禿頭とくとうの小柄な男、ゴロブ将軍が吐き捨てる。

 

 「東の城門はとうに破られているというのに!」

 「申し訳ございません。将軍。敵の抵抗が思ったよりしぶとく……」傍らの兵士長が報告する。

 「もうよい! 新たに大隊を送りこめ! 兵を半数失っても構わん!」

 「は、はっ!」


 馬首を返そうとする兵士長をゴロブ将軍が呼び止める。


 「待て。良い機会だ。を持て」



 

 「げぼ……ッ」


 東の城門内で小銃を持ったヴェクセン兵士の首がタオ率いる武闘軍の兵士の跳び蹴りで折られる。


 「英雄タオ殿に鍛えられたこの武術、貴様ら如きに遅れは取らせん!」

 「右に同じく! 一歩でも踏み入れば容赦はしない!」


 武闘軍の兵士たちの啖呵たんかにヴェクセン兵士は尻込みする。

 確かに徒手空拳より小銃のほうが威力も射程距離ははるかに上だ。だが、単発式である小銃の構造上、一発撃つ毎に排莢はいきょうしなければならない。

 次弾を装填して構え直した時には自分が倒れていることだろう。撃ち漏らすまいと小銃を構えるヴェクセン兵士と一瞬の隙を逃すまいと構えるノルデン兵士のあいだに緊張が走る。


 「おい、そこをどけ! 後退しろ!」

 

 ヴェクセン兵士の後方からやってきた兵士長の命令で緊張が破られる。がらがらと馬車が立てるような音がしたので、すぐさまヴェクセン兵士が後方に下がる。代わってノルデン兵士たちの目の前に異様なものが現れる。


 「な、なんだ……ありゃ?」


 それがこの兵士の最後の言葉であった。



 「そこ、防御薄いで! もっとしっかり結界張っとき!」


 西の城門、城壁の上部にて頭指揮を執るのは大魔導師ライラだ。

 ヴェクセン兵士の放った銃弾が魔導士団の張った結界で弾かれ、その隙にライラが炎の魔法で城壁の下の兵士を灼き焦がす。

 悲鳴と叫びが上がるなか、ライラはぎゅっと歯噛みする。なんという皮肉であろうか。魔王討伐時に魔物から守った人間がいまこうして銃を向けようとは。


 ほんまに笑えないで……!


 「弓隊、いまのうちや! 引けぃ!」


 ライラの号令の下、幾本もの矢が放たれ、ヴェクセン兵士のもとに降りかかる。

 

 「今や! 雷撃魔法や!」


 弓隊の攻撃の間に詠唱えいしょうを終えた教え子の魔道士たちの杖から雷がほとばしる。

 金属製の小銃で感電する兵士もいれば火薬に引火して爆死する兵士で戦線は混乱を極めた。

 死屍累々ししるいるいの戦場を見下ろしてライラは溜息をつく。目眩がしたのでその場で片膝をつく。

 長時間の魔法の連続使用は身に堪える。


 「悪いけどそこのふたり、結界張っといてぇな。ウチは少し疲れたわ……」

 「はいっ! 先生!」すぐさまふたりの若い女の見習い魔法使いが結界を張る。いつしか建国記念日の祭りで一緒に屋台を回ったふたりだ。


 「ライラ先生、大丈夫ですか?」

 「私たちにまかせて休んでください!」


 教え子の成長を目前で感じて思わず口許が緩む。


 出来ればこんな血なまぐさいところで活躍させたくなかったんやけどね……。


 「……心配あらへん。こんなもん少し休めばすぐに元通りや。それより、この戦争が終わったらまた屋台とか見てまわろうな」


 ライラが顔をあげて教え子たちに向かってにかりと笑う。


 「はいっ!」と同時に元気の良い返答。そこへ城壁がびりびりと震えた。敵の砲弾が城壁に激突したのだ。魔道士団から悲鳴があがる。


 「みんな騒ぐんやない! 落ち着きぃ!」


 ライラが立ち上がって教え子や兵士に向かってげきを飛ばす。


 「ライラ!」


 聞き慣れた声だ。顔を見なくともわかる。


 「タオ!」

 「ライラ、大丈夫か!?」


 馬に跨がったタオがこちらへ向かってくるのが見えた。援軍としてこれほど頼りになる者はいない。


 「ウチは平気や!」


 とんがり帽子を押さえてそう言おうとした時だ。

 それは確率としては何十万分の一以上であったのかもしれない。敵の放った銃弾が結界と結界の僅かな隙間をすり抜け、ライラの胴体に命中したのだ。

 なにが起きたのかもわからないまま彼女はその場に倒れる。


 「ライラっ!」


 タオが馬から降りると城壁の階段を素早く駆け上る。彼女はふたりの見習い魔法使いに介抱されていた。


 「ライラ先生! しっかり!」

 「先生!」


 タオが妻であるライラを抱きかかえ、脈を確かめる。弱いが確かな鼓動があり、微かに息をしていた。


 「大丈夫だ! 絶対助かる!」ライラを背負う。

 城壁がぐらぐらと揺れた。見ると城門が破壊され、大きな穴が空いていた。砲弾による直撃だ。

 タオが乗ってきた馬も砲弾の破片の直撃を受けたのかぴくりともしない。


 「タオ師範、ライラ先生を城の救護所へ!」

 「ここは私たちが食い止めますから!」

 「しかし……!」

 

 躊躇するタオを魔道士たちが「行って!」と押し出す。


 「……わかった。死ぬなよ」


 ライラを背負ったまま階段を下りるとその健脚で城のほうへと消えていった。


 「穴を塞ぐよ!」

 「うん!」


 ふたりの見習い魔法使いは下に降りるとすぐさま城門に結界を張る。

 目の前でヴェクセン兵士が悪態をつきながら銃床で結界を何度も叩きつける。

 

 「絶対に、ここは通さない!」

 「銃でも矢でもなんでもこい!」

 

 結界に次々と銃弾や矢が雨あられのように襲うが、いずれも弾かれた。


 「くぅう……っ!」

 「しっかりして! 破られたらお終いなんだからね!」

 

 だが、体力と魔力は無限にあるわけではない。次第に魔力が薄れ、やがて結界は破られた。

 先頭のヴェクセン兵士たちが城内に入り込むと銃床で見習い魔法使いたちを何度も殴りつける。動かなくなったのを確かめてから城内へと突入した。


 「せん、せい……ごめん、なさ……い……」


 ヴェクセン軍の兵士たちの足音を聞きながら見習い魔法使いは息絶える。

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