《聖伝の章⑥ 上の如く、下も然り》中編
松明で石段を照らしながら、一段ずつ慎重に降りていくとやがて平らな床になった。
その時、ぽぅっと音を立てて石壁に等間隔で取り付けられたランプに火が付き、連動するように火が奥まで順に着火していく。
機械仕掛けでほのかに照らされた通路を勇者は松明を持って奥へと進む。
程なくして通路の真ん中に石版が見えてきた。埃を払って刻まれた文字を読む。
『聖剣を求めし者よ。試練を乗り越えし者のみが聖剣を手にする者なり。試練に挑む勇気なき者は去れ。真に勇気ある者のみこの先を進め』
さらに読み進むと、最初の試練が刻まれていた。
『勇気ある者よ、奈落の底の恐怖に打ち勝ち、先へと進め。そして勇気を示せ。しかして油断する事なかれ。目に見えるものが真実とは限らない』
奥のほうを見るとランプの灯りが途中で途切れ、下には見通せないほど暗い穴がぽっかりと開いており、まさに奈落の底だった。
向こうにはランプの灯りが見える。だが、問題はそこへ行くまでの足場がないことだ。
勇者はごくりと唾を飲む。やけに音が大きく感じられた。
壁に手をかけて向こう側へ渡るか? いや壁はつるつるしていて、でこぼこがなく、とても登れそうにはない。
だとすると、この奈落の上を歩くことになるわけだが……。
待て。あの石版の最後にはなんと書かれていた? 確か、目に見えるものが真実とは限らない、と書かれていなかったか? とすれば、この奈落はおそらく錯覚によるもの……!
穴が空いているように見えて、実際は足場はあるのだ。そう意を決した勇者は足を前へと踏み出す。錯覚だとはわかっていても緊張感が走るものだ。
足の裏が穴の上まで来る。果たして足は踏み抜くこともなければ、奈落の底へと落ちることもなかった。
やはり、この穴はまやかし……! まさに『目に見えるものが真実とは限らない』だ。
地にしっかりと足を着けた勇者は悠然と足場を踏んでいく。
ランプの明かりで照らされた足場まで来た。足を着けた途端、すかりと踏み外して下へと滑っていく。
「くっ……!」
咄嗟に松明を捨てて、腰に差した海鳴りの太刀を手早く掴んで床に刺す。
びぃいんと刀身が響く剣の柄を握りしめて宙ぶらりんになった勇者はあらためて足をつこうとした足場を見る。
その足場は手前へ斜めに伸びて坂のようになっており、そのため足場が手前にあると錯覚したのだ。そしてその下には落ちた松明で照らされた無数の針が並び、かつては聖剣を探し求めていたであろう冒険者の頭蓋骨の眼窩を貫いていた。その虚ろな目は勇者を睨んでいるかのように見える。
危なかった……油断していたら串刺しになるところだった……。
剣を抜いて縁までよじ登る。やっと平らな床に着いた。
最初の試練、『目に見えるものが真実とは限らない』攻略だ。
勇者が試練を乗り越えた頃、仲間たちは竜の顎の前で焚き火を囲んでいた。夜の砂漠は気温が低下し、昼の灼熱のような暑さとは打って変わって肌寒い。
「腹ぁ減ったのぅ」
アントンが腹を押さえながら言うと、ぐぅっと腹の虫が鳴った。
「そういや、ハリムからラクダの乳で作ったチーズをもらったな」
タオが荷をごそごそと探ると、薄紙で覆われたそれを取り出す。
アントンからナイフを借りて一口に切り分けると枝に刺して火で炙る。
たちまち焼けたチーズの香ばしい匂いが冒険者たちの鼻腔をくすぐる。
「ほらアンさん」タオがほくほくと焼けたチーズを刺した枝を手渡す。
「あんがとよ」
「年功序列でアンさんが一番年上だからな」
「だから俺ぁはおめぇらと年は変わらねぇと言ってるだろ!」
ぶつぶつと愚痴をこぼすアントンがチーズをぱくりと口に運ぶと、たちまち破顔した。
「こりゃうめぇ! ちぃと匂いにクセがあるが、俺ぁにゃちょうどいい具合だ!」
タオがセシルとライラにも分けてやる。
「美味しい……! 山羊のチーズとはまた違う味わいですね」セシルが頬を押さえながら舌鼓を打つ。
「んまいわぁ。せやけど、やっぱノルデン王国で食べたご飯が一番やわぁ」
ライラがもぐもぐとチーズを頬張りながらノルデン王国で食したヤンソンの料理に思いを馳せる。
「あいつ……腹空かしてるやろな……」
「だな……だが、俺たちはここであいつが戻ってくるのを待つしかない」ライラのつぶやきにタオが答える。
「どうにももどかしいのぅ」アントンがむずがゆいように言う。
「けどよぉ、聖剣はほんとうにここにあるのか? 仮にあっても錆びて使い物にならなくちまってたら、話にならねぇぞ」
冒険中、疑問に思っていたことをアントンがこぼす。
一同に重い空気が漂う。聖剣は魔王を倒す唯一の武器にして、たったひとつの希望なのだ。
むろん、聖剣は選ばれし者、すなわち勇者にしか扱えない。聖剣がいまでも地中深くで眠っていたとしても、勇者がそれを手にできなければこの世は魔王の支配下に置かれ、暗黒の時代が始まる……。
出来ることならば加勢してやりたいが、勇者自身が試練を乗り超えなければならない。一行はそんな
そんな重苦しい空気を破ったのは神官であるセシルだ。
「大丈夫です。勇者様ならきっと聖剣を手に戻ってきます!」
「セシルちゃん……」
セシルがライラにこくりと頷く。
「勇者様はいままで、どんな時でもなんとかしてきました。だから今回もきっとなんとかしてくれます!」
「大きく出たのぅ」アントンがからからと笑う。
「だな……貧乏クジのあいつにゃ悪いが、俺たちはゆっくりと待たせてもらうとするか」タオがごろりと横になる。
「セシルちゃんは辛抱強い子やね……」
ウチには無理やわ……とライラがぽつりとこぼす。
「私はいつでも勇者様を信じていますから……」それに、と付け加える。
「私がみなさんの中ではいちばん勇者様と付き合いは長いですから……」
「ん、ほならウチは二番目やね。よっしゃ! こうなったらとことん待つわ!」
ライラがぴしゃんと腿を叩く。隣でタオががばりと身を起こす。
「な、なんなん?」
驚くライラにタオがしっ、と静かにするように言う。
「聞いたか? いまの」
「おお、聞こえたぞ」アントンがミスリルの斧を構え直す。
「私にはなにも……」
「破ッ!」
セシルの足下の砂をタオが手刀で貫く。
「GWYYYYY!!」
金切り声をあげながら砂から這い出たのは目が退化した、蛇に似た生き物――、
手刀によって胴体を切断された砂蟲はばたばたと身を捩らせたのちに動かなくなった。
「気をつけろ! そこらじゅうになにかがいるぞ!」とタオが篭手をはめ直す。
「天にまします、我らが神よ。光をお恵みください!」
セシルの祈祷によって錫杖にはめ込まれた珠から眩い光が周りを照らす。闇で覆われていたものが露わになり、そこから異形が姿を現す。
「
ライラの言うとおり、硬い攻殻で覆われた夥おびただしい数の巨大な
「こいつらいったい何匹いやがるんだ!? そこらへんにうじゃうじゃいやがる!」
「こいつらぁは夜行性だ! 俺ぁたちの焚き火に引かれてきたんだろ」
タオとアントンがそれぞれ身構える。
「神よ、その秘蹟で大地に浄化を!」
セシルが詠唱しながら錫杖を地面に突き刺す。するとたちまち信ずる神の法力によって浄化された砂から逃げ出すように這い出てきた砂蟲どもをライラが炎の魔法で焼き尽くす。
「結界を張りました! これで砂蟲は入ってこれません!」
「助かる! これでサソリどもに集中できる!」
そう言うや否やタオが果敢に攻め込む。砂蠍の毒針が襲いかかるところを三角受けで防ぐと同時に踵落としを頭蓋へとめり込ませる。だが、浅い。すかさず腰の回転を活かした正拳突きを叩き込むと砂蠍は沈黙した。
「こりゃ貧乏クジなのは俺ぁたちのほうかもしれねぇな!」
アントンが斧を肩に担ぐように構える。
「俺ぁにもちったぁ良いとこ見せろい!」
鋏で掴みかかろうとする目前の砂蠍の頭蓋に振り下ろされたミスリルの刃が入ったかと思うとそのまま左右に両断された。
ドワーフ戦斧流、竜頭落としである。
「ほっほ! ミスリルだと全然違うわい!」
斬れ味に大満足のドワーフの頭上で数条の光の矢が飛来する。矢は遠くの数体の砂蟲と砂蠍を射抜いた。
「遠距離はウチにまかしとき! この冒険のおかげで飛距離が伸びた
ライラが詠唱すると再び杖から魔法の矢が放たれる。だが、命中したのは二体のみだ。
ちぃ……コントロールはまだまだやね!
「どっからでもかかってきぃ!」
セシル、ライラ、タオ、アントンがそれぞれ自らの能力を活かして星空の下、砂上にて攻防戦を繰り広げる。
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