《聖伝の章⑥ 上の如く、下も然り》前編

 

 遥か遠くを見つめても、どこまでも地平線の彼方が伸びる。どこまでいっても砂、砂、砂だ。空には太陽が容赦なく照りつけ、砂丘をじりじりと焦がす。

 陽炎の立ちのぼるなか、三頭のラクダが先頭のラクダに導かれるようにして、かぽかぽと進むと蹄で砂に足跡を残す。


 「のぅ、まぁだ着かんかの?」


 うだるような暑さでドワーフのアントンが気怠そうに言う。


 「申し訳ありません。ですが、もうまもなくのはずです」


 先頭のラクダに乗った年の若い、頭にターバンを巻いた褐色の肌をした男――、砂漠の民であり、長老の息子のハリムが合掌しながら詫びる。砂漠の民の信ずる精霊への祈りだ。


 「その台詞、10分くらい前にも言うてたで」


 魔女のライラが愚痴る。


 「つうかお前、その黒い服で暑くないか?」


 彼女の背に座るタオが手で扇ぐ。


 「魔女は黒衣を着てなんぼなんよ」

 「なんだそりゃ。じゃなくてよ、見ているこっちが暑苦しくてかなわんぜ」

 「うっさい! ちゅーか、なんでウチがあんたと一緒のラクダに乗らんといかんの!?」

 「ラクダの数が少ないんだからしょうがないだろ!」


 一頭のラクダの上で繰り広げられるふたりの丁々発止をセシルがくすくすと笑う。


 「やはりあのお二方、仲が良いですね」

 「そうか? あの二人いつもケンカばっかしてるけど」セシルの背中で勇者がライラとタオのやり取りを眺める。


 「はい。ケンカするほど仲が良いものなのですよ」

 「そういうものなのか?」

 「はい!」


 もっとも……私はこうして勇者様とおなじラクダに乗れることだけでも嬉しいことなのですが……。


 「ん? なんか言ったか」

 「いえ、なんでもありません……」


 内に秘めたる思いを隠す胸にセシルはそっと手を触れる。

 やがて日が傾き、いくらか暑さが引いてきた頃……。


 「おい! 見てみろ! ありゃなんなんだ!?」


 アントンが砂丘の向こうを指さしたので一行全員がそこを見る。

 見ればなるほど、砂丘の上にぼんやりとだが、水場とヤシの木が浮かび上がっていた。


 「どないなっとんの!? 浮かび上がってるやん!」とライラがとんがり帽子を押さえる。


 ハリムが驚く一行の反応に笑う。


 「皆さまはあれを見るのは初めてですか? あれは蜃気楼しんきろうと言って、暖かい空気と冷たい空気の層で光が屈折して見える現象なのです。だからあのオアシスは実際は別の場所にあるのですよ」


 ハリムのわかりやすい説明に一行はへぇえと感嘆する。ただひとり、アントンはうぅむと首を捻っているのだが。


 「あのオアシスが見えてきたということは、目的地の《竜のあぎと》まであとわずかです。我が父サイードの言い伝え通り、聖剣を求める勇者が現れ、そのお仲間たちをお迎えすることが出来ただけでなく、案内役を務めることが出来て光栄です」


 そう言うとハリムは再び合掌する。

 夕日が地平線の彼方に沈む頃、ハリムと勇者一行はようやく目的地、――竜の顎に辿り着いた。


 「皆さま、着きましたよ。ここがそうです」


 ハリムが指さす先には、砂から突き出るように盛り上がった巨岩のうろには鋭い岩が並び、その奥は闇のように深く、まるで竜が口を開けているかのようだ。

 それはまさしく竜の顎という名に相応しい。


 「これが竜の顎……」松明を持った勇者がごくりと唾を飲む。

 「この奥に聖剣が隠されているのですね……」セシルが錫杖をきゅっと握りしめる。

 「暗くなってきたから火の用意するぜ」タオが焚き火の準備をする。

 アントンが近寄って岩壁に手を触れる。「ここも魔消石ましょうせきが使われとるのぅ」

 「ちうことは勇者の墓と同じように魔法は使えんとゆーことやね」ライラの脳裏にノルデン王国で聖剣の地図探しの記憶が思い起こされる。

 ノルデン王国にて聖剣の地図を探し当てた勇者一行は砂漠の民の案内によってようやく、聖剣が隠されていると言われている《竜の顎》までやってきたのだ。

 勇者は入り口、竜の口にあたるところまで来ると、松明で奥を照らす。松明では奥までは見通せないが、石段が下へと続いているのが見えた。勇者は意を決すると、仲間たちに向き直る。


 「みんな、ここから先は俺ひとりで行く。みんなはここで待っててくれ」


 そしてハリムに向き直る。


 「ハリムさん、道案内ありがとうございました。明日の朝、迎えをお願いします」と頭を下げる。それに対してハリムは合掌して頷く。


 「承知しました。ただ、竜の顎は恐ろしい試練が待ち受けていると聞き及んでいます。ですが、勇者様ならきっと乗り越えられるはずです」


 砂漠の精霊の加護がともにあらんことを……と祈りを捧げる。



 三頭のラクダを従えたハリムを見送ると、勇者は松明をしっかり持ち直して、竜の口のなかへと入る。

 牙のように鋭い岩に手を当てて仲間たちのほうへ向き直る。


 「絶対に、聖剣を手に入れてくる。それまでここで待っていてくれ」


 仲間たちが見守るなか、勇者は石段を降りていき、竜の顎の奥深くへと飲み込まれていく。

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