《第十七章 シンシアの子育て奮闘記》③
翌朝、快晴の下、勇者と妻の暮らす家の庭にてシンシアはシーツをぱんっと広げると張られた綱に干していく。その隣にはおむつ代わりに使ったタオルが並んでいた。
シンシアの背中で泣き声が響く。よしよしと彼女がなだめるように手を後ろに回して背中をさする。
昼食、シンシアがごろごろ芋のマッシュポテトをスプーンに乗せて赤ん坊勇者の口へと運ぶ。
母から教わった離乳食だ。
口の周りをよだれだらけにしながらも飲み込む。
タオルで口の周りを拭き、哺乳瓶を飲ませようとするが、いやいやと手を振る。
「ああもう! ちゃんと飲んでよ!」
今度はびーびーと泣きはじめる。
「今度はなに!?」
と、ぷぅんと悪臭が彼女の鼻をつく。排泄物の臭いだ。
おむつ代わりのタオルを解くと案の定、排泄物がごろりと出た。
「なんであたしがここまでしなきゃなんないの!?」
赤ん坊勇者の尻を拭くと、途端、勢い良く出た尿がシンシアの顔にかかる。
赤ん坊勇者がきゃっきゃっと笑う。
ぽたぽたと尿を滴らせながらシンシアは怒りをなんとか抑える。
堪えるのよシンシア。ママだってこんな苦労してたわけだし……。
コンコンとノックの音がしたのでシンシアが慌てて顔を拭いて、「はい」と扉を開ける。
「やっほー」
ひらひらと手を振るのは女友達のひとり、金髪で短髪のニナだ。
「大変みたいね?」と黒髪をかきあげるのはネル。
「おば様から話を聞いてきたの」と手に籠を持ちながら赤毛を三つ編みにしたアンが言う。
シンシアが子どもの頃からの女友達三人組だ。
「これが噂の赤ちゃんになった勇者様!? かわいー!」
ニナが赤ん坊勇者を抱き抱える。
「ほーら、たかいたかーい」
赤ん坊勇者がきゃっきゃっと笑う。
「おねえさんのおっぱい飲む?」
「おっぱいは赤ちゃん産まないと出ないわよ」とネルがニナの頭をぺしっと叩く。
「シンシア、良かったらこれ使って」
アンが籠から布おむつとおもちゃのガラガラ、そしておしゃぶりを取り出す。
思いがけぬ救援物資にシンシアはアンをぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう……やっぱり持つべきものは友ね」
ニナがガラガラで赤ん坊勇者をあやすなか、シンシア、ネル、アンの三人は卓を囲んで紅茶を啜りながら、クッキーをつまむ。
「まさか勇者様が赤ちゃんになるなんてねぇ」
ネルがクッキーをつまみながら言う。
「それでライラさんだったかしら? いつ頃に来るの?」
アンが紅茶のカップを手に聞く。
「うん……手紙が届くのに五日はかかるから、ライラさんが来るまではそれ以上はかかると思うの」
「シンシア、それまでになにか大変なことがあったら私達を頼ってね」
アンがにこりと微笑む。
「私も力及ばすながらも手伝うわよ」ネルが髪をかきあげる。
「私も手伝うよ!」
ニナがガラガラを振る。
「ん、ありがとう……」
礼を言うシンシアの頭をぽんぽんとネルが撫でてやる。
「さて、これ以上長居したら悪いからお暇を」
アンがすっくと立つとニナが文句を言う。
「えぇーっ!? もう帰るのぉ? まだ遊びたいんだけど」
「文句言わずにさっさと帰るの」
ネルがぺしっと頭を叩くと「あうっ」と悲鳴が漏れる。
「それじゃまたね。なにかあればすぐに言ってね」
アンが手を振り、ネルがあうぅと泣きながら勇者に手を振るニナを無理やり連れて帰ると、シンシアはぱたんと扉を閉める。
そしてひとりふぅっとため息をつく。胸にはおしゃぶりを咥えた赤ん坊勇者がだぁだぁと声を出す。
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