《第十三章 木漏れ日の下で……》後編
「それじゃあまた明日ね」
実家で夕食を食べ終えたシンシアが母に別れを告げる。
家を出ようとする娘と勇者を母が呼び止める。
「待って! 忘れるところだったわ。これ持っていって」
そう言って勇者が母にはい、と渡されたのは瓶詰めのオリーブの実だ。
「いっぱい作っちゃったから持っていって。それからこっちはあなた方で食べてね」
オリーブの実と別に渡されたのは小さな瓶に入ったアンチョビだ。
ありがとうございますと礼を言って、勇者とシンシアは我が家へと帰る。
「ふぅ~っ。今日は疲れたわね」
シンシアが風呂から上がりざまに言う。
「そうだな。久しぶりの薪割りでくたびれたし……」とこぼす勇者に「なまってるからよ」とシンシアが嗜める。
勇者も湯浴みを終え、寝間着に着替える。
シンシアはすでにベッドの中だ。寝室に入る前にふと、台所に置かれたオリーブの瓶とアンチョビの瓶を見る。
そして寝室に入ると勇者もベッドに入る。
翌朝、シンシアがむくりと半身を起こしてふわぁと欠伸をひとつ。
隣のベッドを見ると空だ。
「……?」
いつもならシンシアが先に起きるのだが、台所から音がしたので、そこへ行ってみる。
台所では勇者が涙を流しながら玉ねぎを刻もうと悪戦苦闘していた。
「珍しいわね。あんたが早起きして、しかも料理するなんて」
「おう。ゆうべもらったオリーブで思い出したことがあるんだ」
目を擦りながら勇者が言う。シンシアが夫が刻んだ玉ねぎを見ると、大きさが不揃いだ。
「下手ねぇ。貸して」
シンシアが勇者から包丁をひったくると、手際良く、すとととんと均等に刻んでいく。
「おお、やっぱ上手いな」
「当然。主婦ですから」
えっへんとシンシアが薄い胸を反らして言う。
「んじゃ、このレタスとトマトも切ってくれないか?」
シンシアが野菜を切っている間に、勇者はフライパンを火の上に置き、そこにバターを投入する。バターがまんべんなく溶けるとそこへパンを入れて表面を焼き始める。
香ばしい匂いが漂い、かりかりになったところでトングを使って取り出す。
「はい終わったわよ。それでどうするの?」
「焼きあがったこのパンの上にレタス、トマト、玉ねぎを順に載せまして……と」
玉ねぎが載せられると、その上に瓶から取り出したアンチョビを載せ、オリーブの実を載せる。
仕上げにもう一枚のパンで上からぎゅっと押さえつけるようにする。
勇者がナイフで半分に切ると、層になった具材が露わになる。
「美味しそう! で、これはなんなの?」
「冒険の途中で寄った漁師の村で、そこの村人がご馳走してくれたんだ。なんでも漁師のまかない飯らしいぜ」
漁師のまかないサンドで朝ご飯を済ませると、今度は母親の分も作り始め、ピクニックの支度を終えた頃には昼になっていた。
昼食の入った籠と紅茶のポットを持って外に出る。勇者と妻が住む家の隣に立つ大木の下でシートを敷き、その上に昼食とポットを置く。
大木を背にしてふたり並んで、木漏れ日の下にて母親を待つ。
シンシアが見上げると、太陽の光が葉を通して当たり、隙間からきらきらと木漏れが煌めく。
ちちちとどこかで雀が鳴く。
いずれも魔王が支配していた時には見られない光景だ。
これが魔王がいない、平和な世界か……。
シンシアが平和な時を改めて噛みしめる。
平和をもたらしてくれた英雄であり、夫である勇者のほうを見ると、大木にもたれながら
ほんと、こいつはどこでも寝るわね……。
そんな無防備な勇者をシンシアはくすっと笑う。
「すっかり遅くなっちゃったわ……」
ぱたぱたと手籠を持って勇者の家へ向かう母。
風が吹き、さわさわと葉を揺らす大木のある庭に着く。
「あら、ま」
そこには鼾をかく勇者とその肩に頭を預けて寝るシンシアが木漏れ日の下にいた。
そんなふたりを母は微笑ましそうに見る。
やっぱり仲良しね。このふたり……。
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