第二幕十七話 Dusk



 「次元歪曲反応エンプティスペース極大化マキシマイズ先行・・チームの反応消失を確認。管理官、作戦進行状況は全て予測線の想定値以内に収まっています」


 十数人のオペレーターが並ぶ、薄暗い司令室の中、モニタに照らされながら一人のオペレーターが司令と呼ぶ存在に報告を行う。


 声は静寂を保つ室内に響いて、オペレーターたちの後方にあるブリッジに座す、管理官の元へと届く。


 薄暗い司令室の中でも、奇妙にそこだけが一層暗い影に覆われていた。しかし、非常なことにその奇怪な闇こそが彼らの司令塔である管理官その人なのであった。


 「第一予測線すら超えられずして、彼は一体どう我々に対して足掻くつもりなのだろうか。……予定に変更は無い、〈ヴァレンタイン〉を実行しろ」

 管理官と呼ばれた影が告げると、オペレーターたちは黙ってモニタの操作を一斉に開始する。

 ……が、オペレーターの一人が「通信です」と声をあげたことでそれらは再び停止し、管理官に通信が繋げられる。


 管理官の前に置かれた数十のモニタの中でも一番大きい六十五インチのモニタに通信を送ってきた相手が映し出された。


 真紅の髪に、金色の瞳、黒と灰を基調とした装備の一式、なにより割れた狼を象った面は這い狼の長であるガンの特徴と一致する。


 「這い狼か。しかし君は作戦行動中の筈だったな?」


 「敵の罠です。その様子ですと、かかったのは私だけなのでしょう。同行していた他のメンバーは死亡したカフス、ジェリコを除き未だ戦闘状態にあると考えられます。私も再度氷結城へと向かいます」


 「許可出来ない。作戦の全指揮は管理官であるこの私、〈ダスク〉に委ねられている。勝手な行動は契約の不履行と見なし、一方的な契約破棄と判断する」


 「そうですか、ならばそれも致し方ありません。ですが、それとスタジィ社とは関係がありません。私は社との関係も断ち、Comとの敵対も恐れはしません」


 「分かっていないな。君は我々が何であるかを分かっていない。我々があらゆる可能性を搾取する者であること、それは怪物に対してだけ向けられるモノではなく、全ての存在に等しく向けられる魔手であるということを」

 影は掌をガンに見せつけ、その中に一本の樹を出現させた。ガンはそれで察したのか、小さく苦笑する。


 「〈生命のセフィロト〉か……! よもや自ら悪魔を名乗るとは、よほど傲慢なのだな。Comというのは……」


 「間違っているな。要は認識の問題に過ぎない。我々と対峙した時、我々は君にとっての神にも悪魔にもなり得るという話だ。それが君には悪魔に見えるだけのこと」


 「──ッ! 悪辣だな……良いだろう、悪魔とは契約を交わすのが古くからの習わしだ。影の悪魔よ、私と契約するといい、そして私をComの眷属とするがいい」


 「良かろう。少々不遜だが、君にはそれを補って余りあるメリットがある。君を現在を持ってComの局員として登録しよう。迎えを送る。これより実行する作戦の第二段階に合流したまえ」

 「了解した」


 ダスクとガンの会話が終了すると同時にオペレーターたちは作業を再開する。


 キー叩く音だけが響く空間で、影はモニタに映る『敵』の名を認識し、感嘆を漏らす。


 「エルゴスム・ヌミノース──」

 錆びついた記憶の箱から、かの者の名を引き出して、その名を味わうように呟く。

 影、ダスクはかつて決別した男の姿を脳裏に描き、永らく静かだった心が動き出す感覚に震えた。


 ゆっくりと影の瞳が開かれていく。

 赤い光を灯した二つの眼孔が見開かれると影は静かに狂喜した。


 「……運命とは実に歯車的だ。噛み合わなければ停滞し壊れてしまう。だがそれは杞憂、拉致の外にあって、全ては完璧だ。流れるようにシステムを動かす歯車に過ぎないというのに、機械的だというのに、──見ていて飽きない」


 駒は揃った。舞台は整った。水面に投げられた石が波紋を起こしたように、運命もまた一つの出来事を基点に広がっていく。

 そこに今、新たな石が投げられる。

 この世界はどこまでも混沌に満ち、混沌を欲している。

  ある日、出会った。ある日、尽きせぬ世に。ある日、ただ往こうと響かせた。

 今はただ往けという声だけが残響し共鳴しているばかり。

 その理由も答えも、もうじき見えるだろう。


 夜より暗い闇の中、紅い三日月が静かに揺れていた。



 

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