第二幕 九話 Mother


 開かれた城門を潜り四人は城内の広大なエントランスに居た。

 城内は明るい。何か灯りになる様な物がある訳でもなかったが城内は日光に似た光に満たされていた。


 神秘的な薄い青で構築された城内はその美しさで見る者に畏怖と得体の知れなさを持って人の精神を揺らがせる。この城自体がある種のMOであるのだと、一行は認識し、周囲に警戒を張り巡らせていた。

 エントランスの先には大階段があり、そこから先で左右の二つに道が分かれ二つの道は更に上層に繋がっている様である。


 「ここを一層として定めるとしても、この城はどこまで上があるんだろうな……」

 ガンが周囲を見渡しその広さを認識し、そして天井の高さも確認する。エントランスというよりは一つのドームの様な広大さを持つエントランスには佇む大階段以外には何も存在していなかった。


 一行がエントランスの中心近くまで来たところで、一つ音が鳴る。

 かつん、かつん、と音は続いてその音が大階段から響いている事に一行は気付き一斉にそれぞれの武装を構えてそちらを見る。


 「いやぁ、よくここまで来たね。そんなにぼろぼろになってまで来てくれたなんて凄く嬉しいよ!」

 黒の中折れ帽、黒のジャケット、黒と赤のチェックシャツ、帽子の陰で笑う顔、そして右手に提げられたアタッシュケース、一行が何度も映像で観た男が大階段の中程で両手を広げてエス達に歓迎の言葉を吐いていた。


 「テメェが……!」

 エスが何かを言おうとしたその前にガンの腕がそれを制止して、エスの前に立った。


 「ここではっきり答えて貰おうか、貴様は何の為に幻想兵装を集めていた」

 「へぇ、部下の敵討ちとか言い出すかと思ったけど君はその辺ドライなのか。流石スタジィの狼だ」

 「答えろッッ!!」

 ガンの怒声が城内に響く。ジャケットの男は僅かに静寂を生んだ後、口を開いた。

 「いいぜ、君の血に免じてここは答えてあげよう」

 ガンの掌からいつしか血が、強く握られた拳の間から滴る血液が彼女から溢れ出した怒りの感情であるかの様だった。


 「何の為に幻想兵装を集めていたのか。それはここに来る途中で君達は散々思い知ったんじゃないかな?」


 その言葉にユエシィがいち早くに反応を示す。

 「幻想兵装からMOを造ったって言うの!?」

 それに対し男は帽子の陰でにやりと笑みを作った。

 「その通り。僕らにはその術がある」

 「何が目的……!?」

 眉を歪めてユエシィが男に問いかける。


 「ははは」


 乾いた笑いで返すジャケットの男、同時に一行の間に悪寒が走った。底知れぬ狂気を宿した笑い。この男には中身が無い。黒い笑顔を浮かべる男に対し全員が底知れぬ重圧で言葉を抑えつけられる。


 「ま、いいさ。知りたければ進めば良いよ。僕らの計画は既に最終段階にある、こうして『母さん』も手に入れる事が出来たからね」

 「母さん……? なんだそれは……!」

 ガンが大量の汗を噴き出しながらも男に向けて問う。男が口元だけの黒い笑顔を彼女に向けた。途端彼女は己の内で精神が掻き乱される感覚に襲われ、視界が揺らぎ、その場に倒れ臥す。それによって続く言葉を失った彼女を眼下に男は大階段を降りながらアタッシュケースを足元で開き、そこへ男が入っていく。

 そして男がエス達の視界から消えたのも僅か、黒い長方形がエス達の前に現れると、そこから再び男が姿を現し、一行の前に立った。


 男が現れると同時にエス達は先程よりも強い重圧に襲われた。

 「ぐ……!」

 「くそッ……たれ……!」

 男が前に立っただけでエスとアイネンがその場に膝を突いて立つ事もままならなくなってしまっていた。

 「エス! アイネンさんっ!」

 ユエシィだけは男の影響も無い様子で二人に駆け寄ろうとする。

 「来るんじゃねェ!!」

 エスがそう号びユエシィを制止した。彼女は苦衷を抑えその場に留まると、ジャケットの男はエスとアイネンを見下ろして笑みを作った。

 「が……ぁ……」

 掠れていく声と共にアイネンが意識を失う。その様子を見てエスは赤布の刀を強く握り締める。

 男が何をしたのかもエスには理解出来ていなかったが、それでもエスは抗う意志を捨ててはいなかった。

 「どうやら君は少し耐性がある様だね、でも動けないならそれでいいか」

 男は言ってエスの横を悠々と通り過ぎて、ユエシィの前に立った。男は彼女を見て、確信を得たのか帽子の下を涙が伝うのをユエシィだけが見ていた。

 

 「母さん、ずっと待っていたよ……」

 男は彼女の頬に触れる。

 「何を言って……!?」

 咄嗟に男から距離を取ってユエシィは男を睨み付ける。

 「そうだったね、母さんは僕の事を知らない。でも大丈夫さ、これから知ってくれればいい……行こうか、父さんが貴女を待ってる」

 ユエシィの手を取って男がアタッシュケースを床に落として開く。そこには底の無い漆黒が詰まっていた。男が彼女をそこに連れて行こうとしたその時、男は自身に向けられる強い敵意を感じ取った。


 「──行かせるかよ……!」


 エスが赤布の刀の切っ先を男に向けて立つ。煙焔フューマスですら無いが、纏う殺気はそれ以上のモノがある。赤布はエスの腕にだけ乱雑に巻かれているだけで従来の能力は失われている様だった。

 「おいおい、親子の感動の再会に水を差すなよ」

 肩を竦めて男は自ら刀の切っ先の前に立つ。殺せる距離──エスは身体を動かそうとするが、構えた刃が動く事は無い。男は動けずにいるエスに嘲笑を向ける。


 「成る程、無理矢理精神を繋ぎ合わせてる訳か、君も歪だねぇ」

 面白い面白いとエスを観察して、男は笑みを浮かべた。

 「その歪さ、少し試したくなった。

 ほんの僅かだけど希望を与えようか、僕と君、どちらがより歪でより強い存在であるか試そうじゃ無いか! 僕と母さんは父さんの元で待つ。そこまで来てみろ、そこでこそ僕ら『家族』が完成する瞬間だ。だから、見せてみなよ君の力を……!!」

 笑いながら男がアタッシュケースの中へ沈む、そして共にユエシィもそこへ引きこまれていく。

 「エスッ! エスゥーーッ!!」

 彼女が悲痛な表情でエスに手を伸ばす、男が居なくなった事で自由になったエスが駆け出して彼女に手を伸ばしたが、その手が触れ合う直前で彼女の姿は漆黒の中へ消え、アタッシュケースも消えた。


 「ユエシィーーーッッ!!!」

 エスの叫びだけが、氷の城に木霊していた。

 

 

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