第20話 Change Mind



 「ここが、私達の始まり」


 もう一人のワタシがそう言って連れて来たのは瓦礫の海だった。


 灰色と黒が混ざって出来たモノクロの暗闇に支配された退廃的な世界、ここでは灰色の雨が降って、空は黒と白の夜空が星空を偽っている。


 そこには見覚えのある少女がいて、必死に何かを叫んでいた。


 「あれは……」

 ワタシは知っている、というよりもあれはワタシ自身だ。でも今よりもずっと幼い感じがする……という事は──


 「ここは私にもアナタにも長らく忘れ去られていた記憶の世界。私が何故MOに執着したのか、そしてアナタがどうして誕生したのか、そろそろ話す時が来たみたいね」


 ……話す時が来た? 

 「貴方はまだ何か隠してるの?」

 「うーん、と言っても私自身もその事に気付いたのはここに辿り着いてからなんだけどね。だから隠してたってより話すタイミングを見計らってた所かしら」


 どっちにしろ隠してたのは変わらないじゃない、いよいよもう一人の私ってのがよく分からなくなってきた。これ以上何を隠す事があるって言うの。


 「で、聞く覚悟は出来た? ここが引き返す最後のチャンスだからね。多分、これを話したら私も消えると思うから」

 

 もう一人の私はあまりにもあっさりとそんな事を言った。消えちゃうのに何の感傷も無さそう。でも聞いても聞かなくても消えちゃうのは変わりないんだろうけど。

 「ここまで来たんだから、もう全部聞くよ……! それにここに来て気付いた、ワタシの中にあった靄が晴れ掛けてる。そうだ、あそこにいる幼いワタシ、アレはやっぱり『ワタシ』の方だ! 貴方じゃなく、ワタシ!」


 涙を流し必死の形相で幼いワタシは手を伸ばしている。それを白衣の老人が抱えて走り出そうするワタシを止めていた。幼いワタシの伸ばす手の先には、一人の男が背を向けて立っていた。


 「ここは『深淵』の発生した日。そしてあそこに立つ男が『アイン』、私達を救った人。自分の命と引き換えにしてね……」


 黒髪に逆巻く様な赤い布を首に巻いた男、それがアインだった。そう言う事、ワタシはなんて大事な事を忘れてたんだろう。


 「少しずつ、思い出してきてる……そう、彼はアイン、わたしを守ってくれた人、そして──わたしの大好きな人。なんで、なんでこんな事……忘れてたんだろう」

 涙が溢れてくる。わたしがMOを根絶しようとしたのも全てはこの人の為だったじゃないか。この時に、助けられた命を無駄にしない為だったじゃない!


 「思い出したわね。アインは私達を守って深淵に飲み込まれてしまった。

 そして、この時に私が生まれたの。ううん、正確にはあなたの中に宿った、そして本来のあなたをずっと奥底に押し込めていた。だから私とあなたは本来は一つの人格。今、記憶のインストールが外から行われてる……だからこうして、私とあなたが語り合える空間が生まれた」


 「──貴方は……ずっとわたしの代わりに……」

 なら、きっと一つに戻る時なんだ。


 「戻りましょう、元の私達に」

 「うん……!」



 その瞬間、意識さえも光に呑まれた。空白の中で私は色んな事を思い出した。アインを失った後の私、室長になった私、エスと喧嘩する私……


 「うわああぁぁあ!!!」

 全てを取り戻した時、心の温かさに、失った悲しみに、託された想いに私の中にある全てが震えた。どうしても叫ばずにはいられなかった。


 「そうだ……もう一度、もう一度やってやるんだから。私はきっとアインを助けてみせる。深淵に呑まれたんなら深淵の中にまだいるのかも知れない。ならその役目は私の筈……! 待ってて、アイン──!」 



 ◇



 ────

 ────


 「はっ、はっ、はっ……!」

 全身が痛い。それに視界もぼやけてて、音も遠い。うう……目覚めて早々に酷い感じ。それになんか血生臭い。

 「ユエシィッ!!」

 名前を呼ばれ、視界の先を見る。ぼやけてて分かりにくいがきっとエスだ。ああ、やっぱりエスが助けてくれたんだ。まぁ私を助けてくれるのなんてエスくらいか……


 「ごめん、ぼやけてて見えにくいんだけどエスだよね? また、迷惑かけちゃってごめん」

 「俺の事が分かるのか……?」

 「なに馬鹿な事言ってんの。分かるに決まってるでしょ……って、えぇ!?」

 不意に身体に熱を感じた。というのもエスが私を抱きしめているからだ。こいつそんなに私の事が心配だったの?


 「ちょ、ちょっと! どうしたの!?」

 これまでと様子が全く違っていて変な感じがする。いや、率直に言うとなんか気持ち悪い。私がいない間に何があったって言うの? もしかして百年ぐらい経過してて寂しさのあまりにエスの人格まで変わっちゃったとか?


 「感動の再会をしているところ悪いが、話の本題だけさせてもらおうか」

 今度は聞き慣れない声だ。声質からしてだいぶ渋めの男性なのかと思う。


 「あなたは? エスの知り合い?」

 「俺は雨村。こいつの監視役さ。ほっとけばすぐ無茶しやがるからな」

 エスが無茶してる所なんて私は見た事がないけどな……ホントに私がいない間に何があったのか。


 「本題と言ってもこっちの都合を一方的に喋るだけだ。なんとなく聞いておけ」

 「ああ……」

 いつ間にか私から離れていたエスが雨村という男に返答していた。


 「俺達はまたすぐに旅に出る。Comに目を付けられたくないからな。いいかお前ら二人も気を付けろ。それじゃあな」

 ホントに一方的に言って雨村という男は去っていった。正直目覚めたばかりの私には何が何だか分からないけど。


 「エス? 色々大変だったみたいね」

 「ああ……まだまだみたいだな、俺も」

 「ふふっ、弱気なんてらしくないよ。いつもみたいにしたら?」

 「うるせェ!」


 照れてるのかふいと背を向けるエスを見て、また笑ってしまった。

 「……帰るか、Comに」

 「うん」

 なんだがこんな普通の会話しているのが珍しいと思う。いつもだったらエスの軽口に私が怒って……みたいな感じだったのにな。妙なのに、この妙な感覚が凄く心地いい。なんでだろう。

 歩き出そうとした時に、一つ気付く。


 「あ。でもまだ見えないからおぶって行ってね」


 「マジかよ」

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