第9話 女子の部屋での恐怖

 部屋には本棚、勉強机、押し入れ、タンス、そしてベットが配置されていた。

 本棚は哲学書やらラノベやらが綺麗に収納されている。

 勉強机、押し入れ、タンスは傷一つ付いておらず、桜ヶ丘の几帳面な所が目に見えてくる。

 そして最後のベット。

 それはまるで男をとりこにするかのような漂わせている綺麗な香り、そしてピンク色をした布団。

 この香りといい、ピンク色といい、さくらおかは男を虜にさせる気が満々なのか。


「桜ヶ丘も卑怯だな」


 俺はそう言ってから耐え切れていた理性が崩れるのを感じた。


 桜ヶ丘の布団を抱き、すーっと匂いを嗅ぐ。とてもいい匂い。こりゃ反則だ。

 次に心臓がばくばくと鳴っているのを感じながらベットに寝転がる。

 まさか、透明になってこんなイベントが起きるなど予想外だ。

 透明になる代わりの代償なのだろうか。


「うひぁー。この香りは反······則······だぁ」


 そして、俺はそのまますーっと甘い香りに吸い込まれるかのように寝息を立て始めてしまった。

 最近は寝不足だったのだ。



 ドアを誰かが開ける音と同時に誰かの声が聞こえてくる。


「な、な、な、何寝てんのよー!!」


 めちゃめちゃでかい声が聞こえてきたので、俺は渋々身体からだを起こす。


「――はぁ」


 まだ意識がきちんとしていない。

 ここ、どこだ?

 目を擦りながら視界を前にやる。

 そこには白い目をしている桜ヶ丘の姿があった。それを見て俺は思い出す。


「――あ! いやこれはだな······」


 俺は必死に取り繕うとするが、言葉が浮かばない。


「これは何よ? 幽真明らかに私のベットで寝てたわよね?」


 声音から寒気を感じた。恐ろしい。

 ついでにその目には殺意も込められている。女子を怒らせるってこうゆうことか······。


「いや、仕方ないんだ。気を失ってベットに倒れただけなんだ」


 俺は焦りを表さず、凛とした声音で答えた。しかし、


嘘吐くな! このエロ幽真!」


「すみませんでした! 故意的にベットで寝ました」


 威圧感を感じ、俺は思わず白状した。俺の素直さに少しは鋭い目付きも和らげてくれるかと思ったのだが、その目付きは鋭くなる一方だ。

 正直、めちゃめちゃ怖い。俺って今日死んじゃうの?


「そこに正座!」


 怒りが含まれている声に圧されて俺は従う。


「なんでこんなことしたの?」


 正座している中、桜ヶ丘は上から目線で俺を見下ろしている。


「なんでって、男だからかな······」


「理由になってない!」


 桜ヶ丘の怒声が部屋に響き渡った。

 だけど、俺の言ったこと、事実なんだよな。

 あの香りにピンクの布団、まさしく男を翻弄ほんろうするには十分の準備がしてあったのだ。


「分かった。男だからというのは前置きにしておく」


「じゃあ、主な理由は?」


 俺は問われてしまったので、覚悟を決めて理由を話す。額に地味に汗が伝っている。


「この甘い香りとピンクの布団はな男をそうゆう気分にさせるんだよ。だから俺も理性に耐え切れなくなって布団に寝転んだんだ」


「な、何それ!? この変態!」


 正座している俺の腹に桜ヶ丘は右ストレートを食らわせてくる。

 久しぶりに味わう肉体的な痛み。外見は痛そうに腹を抱えているが、内心では喜びというものも存在した。

 以前、自分で自分に対して放った右ストレートは俺の身体を通り抜けていた。

 それを思い出したから、この痛みに不思議なありがたみというものを感じたのだと思う。


「もしかして幽真、他に何もしてないでしょうね!?」


 今度は怪訝けげんな目付きを俺に送って桜ヶ丘は問うてくる。


「何もするわけないじゃないか。ははは」


 苦笑いを浮かべながら俺は答えた。もちろんこんなの虚言である。


「本当かしら? そういえば幽真『理性に耐え切れない』とか言ってたわよね?」


 俺は身体からだをゾッとさせる。この女、きちんと話を聞いていやがった······。

 俺は言葉を選ぶのに逡巡する。


「言ってたけど、何か?」


 結論、俺は胸を張り大きな態度を取ることにした。

 これによって桜ヶ丘はこの態度のデカさに疑問符を浮かべるのだ。そしてあまり深くこの件について掘り下げないようにする。

 我ながら完璧な選択だ!


「何か? じゃないわよ! この死ね!」


 ······選択は謝っていないはずなのだが。どうして俺は「死ね!」とか言われたんだ。


「もういい加減他にしたことも言いなさい!」


「な、何もしていない!」


「嘘つけ!」


 俺は焦ってしまった。そこから嘘が丸見えだったのか桜ヶ丘に嘘が気付かれてしまった。

 仮にここで言ってしまえば桜ヶ丘に協力してもらえなくなるかもしれない。それは俺の現状を理解してくれる仲間が再び皆無になることを示す。

 そんなの嫌だ。

 罪悪感が微かにありつつも俺は嘘を考える。


「いや、嘘偽りナッシングだよ。ただ眠くてベットに寝転がっただけであって――」


 続きの語を繋げようとしたのだが、桜ヶ丘が顔を近づけて「言え」と言ってきた。

 その時、桜ヶ丘の背中側に紫色をした邪気が俺の目には映った。

 恐怖感の数値が百を超えていたので観念して正直に白状することにした。

 やっぱ女子怖い。特に、桜ヶ丘に至っては。


「ごめんなさい。そのピンクの布団に抱きつきながら匂いを嗅ぎました」


 俺が白状したら桜ヶ丘は目を見開き、頬を朱色に染める。

 しかし、その朱色は『恋』とかそんな甘酸っぱいものではない。『殺意』という恐怖感溢れるものである。


「······死ね! もう今日は出てけ!」


 背中を力強く押され、俺は部屋から追い出された。扉はバタン! と大きな音を立て閉まった。

 しかし、その扉には鍵穴がなかった。別に再度俺が桜ヶ丘の部屋に侵入することも可能だろう。

 だが、めちゃめちゃ嫌がられそうだったのでやめておく。

 言うことを聞いて帰るか。


「ほら、正直に言ったらこうなっちまったよ······」


 独り言を言いながら俺は階段を下りて行く。

 リビングでは桜ヶ丘の母親がお笑い番組を見て、笑い泣きをしている。

 涙までも出しながら笑っていたので、それに趣を感じた。

 そして、頬を緩ませながら桜ヶ丘家の玄関の扉を開け、俺は夕日を浴びながら家へと帰って行くのであった。


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