六百四十四話 立場がそれを許さない

「ふぅーーー、気を引き締め直せ。ここからは二十一階層から三十階層までと違い、容易には進めない」


無事に誰一人欠けることなく、三十層のボスであるガーゴイル三体とグレートウルフ二体を倒すことに成功。


普通ならここで大喜びして感傷に浸るところだが、ギリスたちがダンジョンに潜り始めた理由は別にある。

そのことを考えると、寧ろここからが本番。


(まだ奴らの位置は記されているが、あと数日も経てば消えてしまうだろう……難しいと分かっていても、なるべく速く進まなければ)


三十一階層からはマグマ地帯。

出現するモンスターのレベルは勿論上がるが、なにより三十階層までと比べて圧倒的に暑い状態が続く。

これが冒険者たちの体力をすり減らす大きな要因。


(久しぶりに来たが、やはり三十一階層以降の階層を探索するのは苦労しそうだ)


導きの書がソウスケたちの居場所を映し出している間に、なんとしても追いつかなければならない。

だが、今回の襲撃に参加したメンバーの中には、まだ三十一階層を探索したことがないメンバーがいる。


なるべく速く下の階層に降りたいと思っていても、仲間が順応するまでは速足で動くことは出来ない。


「相変わらず、ここの階層は移動するだけで疲れますね」


「あぁ、そうだな。しかし準備はしてきた」


暑さに対応するためのマジックアイテムや、火属性のモンスターに有効打を与える為の武器。

そして重要な水をたっぷり用意している。


魔力で生み出した水でも飲む分には問題無いが、いざという時に魔法が使えないのは致命傷となる。


(環境が厳しいのは間違いないが、あれだけ準備した………そう簡単にモンスターや環境に負けることはないだろう)


斥候の冒険者は今まで以上に集中力を高め、なるべくモンスターと戦わずに済むルートを的確に選んでいく。


地図通りに最短ルートを歩けばモンスターと戦闘が始める場面もあったが、気付かれるまでに気付き、ペースは少し落ちつつもギリスたちは順調に階層を下っていく。


本来なら手頃なモンスターをまだ三十一階層以降での戦闘経験がない者と戦わせ、少しでもマグマ地帯での戦闘に慣れるようにするのだが、今は悠長なことをしている暇はない。


「ッ!!! フレイムリザード一体がこちらに向かっています」


「そうか……仕方ない、迅速に仕留めるぞ!!」


フレイムリザードがただ自分たちの方向に向かって走っているのではなく、完全に自分たちに戦意を向けて突進している。


この状況からフレイムリザードを振り切るのは難しいと判断し、全力で仕留めに掛かる。

鋭い爪や牙、更に鞭の様な尻尾も厄介だが火のブレスも冒険者にとっては脅威的な武器。


個体によってはただブレスを放つだけではなく、ブレスの範囲を変えて攻撃を行う。

一般的な拡散型のブレスであれば耐えられる者でも、一点集中型のブレスを食らってしまうと防御を貫かれ、体に風穴を空けられてしまう。


しかし、ギリスは道中で出現するモンスターの対処法を仲間に全て教えている。

初めてフレイムリザードと戦う者でも、火属性に対して有利な属性を得意とするギリスがいるということもあり、悪くない動きで戦いに貢献。


戦いは一分ほど続き、最後はギリスのウォーターランスがフレイムリザードの頭部を貫き、無事ギリスたちの勝利で終わった。


「…………少し休憩だ」


メンバーの中では一番マグマ地帯での戦闘経験が多いギリスでも、やはりここでの戦闘はいつもより体力を消耗させられる。


そして慣れてないメンバーは更に消耗していることを考え、モンスターと戦う度に休憩を挟む。


(クソッ!! このままでは……導きの書が機能している間に追いつくのは難しいか)


導きの書は標的を映し出す地図が薄れていくのがカウントダウンの合図。

完全に標的の居場所を映し出す地図が消えてしまえば、その導きの書は二度と使えない。


ソウスケたちが少しずつではあるが下の階層に向かっているのを見るたび「もっと速く降りなければ!」という思いが強まるが、現在ギリスは仲間の命を背負っている立場。


目標を優先して無茶な行進をすることは、ギリスの良心が許さなかった。

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