五百九十一話 足が震える恐怖は感じないが
「おめでとうございます。どうですか、一人で挑んだ感想は」
「その……夢中であんまり覚えてない、です」
慣れた方が良いことであっても、一人で立ち向かうには勇気がいる相手だった。
「そうですか。しかしクレアラは今、一人の力でゴブリンを倒しました。つまり、魔法を使わずともモンスターに勝ったのです」
魔法をメインで戦う者たちが思いがちなのだが、長所を伸ばすのは悪いことではない。
だが、短所を放っておけばいつか後悔する。
冒険者はいつか死ぬかもしれないと元から分かっていても、実際にその時が訪れるまで実感が湧かない。
魔法メインで戦う者が体を鍛えるのが苦手な様に、武器をメインで戦う者も頭を鍛えるのは苦手な傾向にある。
しかしそれは放っておいて良い理由にはならない。
「ただ、まだ少し慣れていない部分がありますので、手頃な相手が見つかればもう一度一人で倒してみましょう」
「は、はい!!」
クレアラの目には先程までの怯えはなく、今度も絶対に勝つという強い意志を秘めていた。
なるべくモンスターと遭遇するように気配感知を絶やさず動き、ミレアナはアドバイスをしながら後ろで静観。
数が多くなければバータたちだけで倒せるモンスターが多いので、ミレアナの出番は殆どない。
ただ、偶に三人だけでは処理できないモンスターの群れが現れる。
「あれはちょっと数が多いですね」
先程クレアラが倒しゴブリン。
数は十体と、バータたちだけで相手をするには数が多い。
ただ、実戦相手には丁度良い敵なので、七体程ウィンドアローを使って瞬殺。
いきなり多くの仲間を殺されたことにオロオロし始めるが、その隙にバータが果敢に攻める。
しかし三体の内、一体がフィーネとクレアラに狙いを定めた。
ゴブリンの手には短剣が握られており、ただの短剣だが二人にとっては刺さりどころが悪ければ致命傷になる。
「ふっ!!」
一撃で倒すのではなく、動きを鈍らせるための一撃を放つ。
放たれた矢はわき腹に命中し、地面に膝を付く。
「やっ!!!」
手に幾つもの石を握り、なるべく当たる様に全力投球。
クレアラが放った石で殺すことは不可能だが、ゴブリンにガードさせるという動きを行わせることに成功。
頭をガードしていた腕が降りた瞬間を狙ってもう一度矢を放ち、ヘッドショット成功。
「おら!!!!」
バータの方も二体を仕留めることに成功し、魔石を回収する。
「数体ぐらいであれば慣れてきましたね」
「そ、そうっすね」
敵の強さは気を抜けばやられてしまう可能性はあるが、心底恐ろしいと感じるモンスターとは戦っていない。
しかしミレアナが気配感知を使って直ぐにモンスターを発見するので、普通の探索と比べて一日の戦闘回数が圧倒的に多い。
勿論休息をしっかり挟んでいるが、それでも徐々に体力が切れてきた。
「……丁度良い時間ですし、そろそろ夕食にしましょうか」
一階層で倒したモンスターの中には肉が食べられるものあり、夕食の分として取ってある。
枝などを拾って火をつけ、料理開始。
とはいっても、本日は三人の教育がメインなので、ミレアナの収納袋に入っている食材は使わない。
(まぁ、こんなものですよね)
普段は野営時であっても、もっと豪華な食事を食べている。
しかしルーキーで野営中の食事の為に調味料を買う者はいない。
今日はミレアナが多くのモンスターを発見したという事もあり、ギルドで買い取ってもらえる素材や魔石を多くゲットできた。
少し懐が温かくなった三人だが、油断して贅沢は出来ない。
低ラックのモンスターが相手であっても、油断すればやられてしまう可能性がある。
つまり、まだ安定して稼げるとは言えないのだ。
「……ミレアナさん。俺たち、もう少し討伐系以外の依頼を受けて準備を整えてからダンジョンに潜った方が良いっすかね」
学術都市手にはモンスターの討伐や素材集め、薬草などの採集依頼以外にも街中で行う依頼が多い。
そのため、命を危険に晒すことなくお金を稼ぐことができる。
ただし……報酬金は決して高くない。
「お金を貯めて装備を充実させたいのであれば、そうした方が良いかもしれませんね。ただ、実戦の感覚を忘れるのは良くないので、三日か四日のうち、一日はダンジョンに潜るか森の外でモンスターと戦った方が良いと思います」
装備をもう少し整える。
それは確かに重要だが、いざ装備を整えて実戦に挑むとなった時に感覚を忘れてしまっていては話にならない。
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