五百三十三話 自分と他人の感覚は違う
「……まぁ、しっかりと報酬をくれるなら受けても良いぞ。ただ、一回地上に戻ったら直ぐに三十階層に向かって攻略を再開するから、直ぐに受けるのは無理だぞ」
「勿論、そっちの予定に合わせるさ。ただ、生徒達のちょっと伸びて来てる鼻をへし折ってやってくれ」
「今俺たちの模擬戦を観ていた生徒達の様にか?」
二人の模擬戦を観戦していた生徒たちの中の常識は、今の模擬戦で覆された。
自分たちは努力を重ねているが、確かな才能がある。
それを生徒たちは理解している。
十人は冒険者学校の中でエリート中のエリート。
努力だけではなく、生まれ持った才能もあってここまで強くなったのだと自覚している。
そんな自分たちが全力を出しても敵わない教師が、自分たちと歳が変わらない。
もしくは年齢が低い男の子が教師の攻撃を余裕な表情で受け流し、そして流れるように攻撃へと転じて攻防を続けた。
今の自分たちにそんなことが出来るか?
教師がスキルや魔法を使っていないとはいえ、素の状態で全力で来られては絶対に勝てない。
そういった思えが根付いている。
(冒険者としての生き方が異常ってのは解かったけど……あそこまで差があるものなのか?)
(本当に凄いですね。ダイアス先生とあそこまで激しい攻防を続け……結果的には勝利した。私たちの中で、ダイアス先生に勝てる人は誰もいない)
(あれだけ剣術が得意なのに、魔法まで得意……どう考えても色々とおかしい)
攻撃魔法に特化した女子生徒の思いは間違っていない。
ソウスケは根本的におかしいのだ。
戦闘に関してオールマイティーな者は確かに存在する。
世の中は広い。探せばソウスケと似た様な戦闘スタイルを持つ者はいるだろう。
だが、戦闘の他に鍛冶と錬金術と木工の腕が全てプロ級なのは……完全におかしいのだ。
「てか、魔法とか詠唱破棄で発動してたよな。恐れながら訊くが、あれってどうやってるんだ?」
「どうって……魔法を発動する時の感覚を覚えて、その感覚に従って魔法を発動するって感じかな。魔法を発動する時に魔力が体の中で動くだろ。その感覚を正確に覚えるんだ」
「体の中で魔力が動く感覚を、か……」
「それを覚えて無詠唱、詠唱破棄と段階を踏んでいけば良い」
「なるほどな。てか、訊いといてあれだが、そんな簡単に喋って良かったのか?」
冒険者に取って、技術は自分の財産。
誰でも知っている様な内容ならまだしも、無詠唱や詠唱破棄の習得方法など、簡単に他人に教えられる技術ではない。
ただ、ソウスケとしては教えても簡単に覚えられる技術だと思っていない。
「これは俺の感覚だ。俺の感覚が他人の感覚と同じとは限らないだろ。それに、俺のやり方に従って訓練を重ねなくても、他の方法で覚えられるようになるかもしれないしな。俺の方法は、覚えられるかもしれない切っ掛けに過ぎない」
無詠唱、詠唱破棄というスキルさえ覚えてしまえば、後は地道に鍛えていけば難易度の高い魔法でも詠唱なしで発動出来るようになる。
「自分と人の感覚は合わない、か。確かにその通りかもしれないな」
「……なんか、経験ありって顔だな。過去に何かあったのか?」
「俺は剣術をメインに教えてるんだが、生徒の中でどうしても剣術を習得して成り上がりたいって奴がいたんだ」
「誰かに憧れてる感じか?」
誰かに憧れ、その憧れと同じ武器を取ろうとする。
その感覚、ソウスケは解らなくもなかった。
「そうだ。過去にモンスターに襲われたところを冒険者に助けられたらしくてな。その冒険者が長剣を持ってモンスターを倒したんだよ」
「なりほど……かなりその子に影響を与えそうなエピソードだな」
こういったエピソードは珍しくなく、平民や貴族の子供関係無しに、自分もあの人と同じ武器を持って同じ様になりたいと憧れを抱いてしまう。
「必死で教えたよ……本当に根性がある奴でな。放課後の特訓にもよく付き合ってた……その甲斐もあり、剣術のスキルは習得出来たんだ。でも、それが通用するのはせいぜいDランクまでだと解ってしまった」
「憧れとは程遠い技量ってことか」
ダイアスの言葉から、その生徒がどれだけ真面目に訓練を続けてきたのか伝わってくる。
しかし、才能というのは平等ではない。
同じ長剣をメインに訓練している同級生が、彼の半分の努力量であっさりと抜いてしまうこともあった。
「後になって思ったよ。もしかしたら、他の武器の方が上手く扱えるようになったんじゃないか。同じ剣でもレイピアや大剣の方が扱う才能があったんじゃないかってな」
今更後悔しても遅い話だが、そこでダイアスは重要なことを学んだのだった。
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