五百話 本気で目指せば

最初は自信満々な表情で門下生たちはザハークに挑んでいくのだが、全く攻撃が当たらない。

全てを紙一重で避けていく。


そして適度なタイミングで蹴りや拳、肘打ちを放って門下生に攻撃を行う。

もちろん手加減はしている。手加減していなければ今頃全員あの世に逝っている。


三十秒弱が過ぎると急所に拳や貫手、蹴りを添えることで止めを刺す。

既に一巡しており、今回の模擬戦に参加している門下生たちは全員一回ザハークに負けた。


完敗した門下生たちの眼にはザハークを侮るような感情を消えており、挑戦者の眼へと変わっていた。

師範から教わった技を遠慮なく使用していくが、どれ一つとしてザハークには当たらない。


希少種なので普通のオーガより強いというのは解っているが、一巡をすれば多少は目が慣れて一撃ぐらいは加えられると思っていたが……そんな幻想はあっさりと砕かれる。


ザハークは門下生たちの攻撃を躱すのに全く全力で動いていなかった。

なので、動きに眼が慣れてもスピードアップすれば慣れも意味がなくなる。


そして速さが一定レベルを超えれば眼が慣れても体がそもそも追いつかない。


「……解ってはいましたが、恐ろしく強いですね」


「戦いが大好きですからね……基礎的な身体能力は冒険者の中でもトップクラスじゃないですか?」


「武器での攻撃や魔法も含めれば間違いなくトップクラスでしょう。一人でAランクモンスターを倒したのですし」


「ッ!!! それはまことですか!?」


「はい、この街に来る前にちょっと色々あって接近戦が得意なAランクモンスターと戦ってたんですよ。ザハークは本当に楽しそうに戦っていましたよ」


「なる、ほど……そんな者とこうして模擬戦を出来ている門下生たちは幸せ者ですな」


その気持ちに嘘はない。Aランクモンスターを単独で倒せる強者と模擬戦を行える機会など滅多にない。

だが、その分金貨二枚でそのような強者を一日雇ったと思うと、レガースはソウスケ達に悪い気がしてきた。


(三人共強者度とは思っていたが、まさかそれ程実力をもっていたとは……ランク詐欺と言われても仕方ない強さだ)


偶にそういったルーキーが現れるが、三人のランクと実際の強さの差は異常過ぎる。

だが、ガレージはその件に関して深入りしないと決めた。


「しかし武器を使えるだけではなく、魔法まで使えるのですな」


「結構ハイレベルだと俺は思ってます。でも、ミレアナには及ばないかな」


「接近戦ではともかく、魔法関連ではザハークに負けませんよ」


接近戦の技術であればまだ上だという思いはあるが、総合的にみれば接近戦はザハークに分がある。

だが、魔法や遠距離攻撃に関しては絶対に負けられないという思いがある。


そこはミレアナにとって譲れない領域だ。


(ただ、ザハークの腕力から放たれる衝撃波はシャレになりませんけどね)


身体能力を利用した遠距離攻撃の一種だが、並みな魔物では食らえば大きく後ろに吹き飛び、最悪そのまま死ぬ。


「まさに隙無しですな。それだけ多くの強さを持っているならば、ダンジョン探索は楽しくて仕方ないでしょう」


「そうですね。やっぱり宝箱が手に入る瞬間とかは楽しみの一つです」


その気持ちはレガースにも解かった。

体が鈍らないようにダンジョンに潜っているが、偶に宝箱を見つけると子供の様に喜んでしまう。

そこには道場で門下生たちに厳しくしている師範の姿はない。


(しかしダンジョンに潜るのをここまで楽しそうな顔で答えるとは……ミレアナさんも全く嫌表情になっていない。強い者と戦うのが好きであろう従魔のザハークさんがダンジョンを潜ることを嫌う訳がない)


仮に三人が本気で上のランクを目指せば、Sランクも夢ではないと思えてしまう。


「ザハーク、そろそろ武器を使ったらどうだ?」


「そうだな……そろそろ戦い方を変えよう。同じ戦い方をする相手ばかりと戦っても意味はないだろうからな」


師範であるレガースが一通りの武器を扱えるので、道場には木製の武器が多く置いてある。


「さぁ、この一巡が終われば一旦休息を取るとしよう。だから本気で掛かって来い。己を全てを出し切るつもりでな」


終われば休憩が待っている。

それを知った門下生たちからは自然と闘志が湧き上がっていた。

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