泰平の階~126~

 新莽軍の動きに対して尊毅の対応は素早かった。


 「出撃する。野天において新莽を迎撃する」


 これまでの経験上、栄倉という場所は意外に守りにくいことに尊毅は気が付いていた。それに尊毅自身、籠城戦より野戦の方が性にあっていた。


 「我らに同心している赤殿や佐殿の合流を待っていては時間の浪費となります。寧ろ皆さまが集結しやすい地点を選び、会戦に持ち込むべきでしょう」


 項史直もそのように助言した。弟である項泰が捕らわれの身となっていて、命がどうなっているか定かではないのに、項史直は平然としており、助言も的確であった。


 「それならば大富の地が相応しいな」


 大富と場所は栄倉と慶師の中間ほどにあり、佐導甫の有する近甲藩が近い。しかも尊毅の領地からも遠くなく、尊毅が想定する会戦の地としては打ってつけであった。


 「しからば佐殿に使者を出し、早々に優位な地点を確保するように伝えましょう」


 「そうだな。我が領地からも援軍を出すように命じよう」


 尊毅は項史直との打ち合わせを終わると、尊夏燐を呼んだ。彼女を先陣にした。


 「私が先陣にするのはいいが、後方の警戒もしておいた方がいいんじゃないか?和芳喜などは新莽に味方するだろう。我が軍を南から襲われる可能性もある」


 「なるほど、確かにそのとおりだ」


 尊毅は妹の進言に感心した。単なる猪武者かと思っていたが、なかなかどうして冷静な分析もできるようになっていた。


 尊夏燐の助言を受け入れた尊毅は、項史直を栄倉に残し、後方の警戒に当たらせることにした。




 烏道軍が合流した新莽軍は近甲藩を目指したが、佐導甫が出撃したという報告を受けて進路を変更した。


 「佐導甫は大富付近で陣取っているようです」


 魏介が斥候はもたらした情報を新莽に報告した。


 「大富か……」


 大富という場所の重要性は新莽も気がついていた。いくつかの街道が交わる地点であり、尊毅はここで佐導甫、赤崔心と合流するつもりなのだろう。


 「我らにとっても有利な地点です。西から来る少洪覇殿も南から来る和芳喜殿とも合流しやすくなります」


 「しかし、それは敵にとっても同じだ。近甲藩が近いだけに、当初は我らの方が不利になる」


 新莽は戦略を描きつつあった。緒戦は新莽軍と佐導甫軍がぶつかることになるだろう。この時点では新莽軍が優位に戦局を進めることができる。しかし、そこに尊毅軍が加わってくると形成は逆転する。新莽軍は圧倒的に不利になる。


 「和芳喜殿がどの程度尊毅軍を牽制できるか、と少洪覇殿がどれだけ早く大富に到着できるかにかかっている」


 それに赤崔心の動きも気になる。これまでの経緯を考えれば、赤崔心は間違いなく尊毅に同心する。赤崔心が動員できる兵力は千名もないだろうが、彼が得意としている遊撃で後方を悩まされる可能性もあるし、慶師を脅かされることも考慮しなければならなかった。


 「千綜殿を」


 新莽は千綜を呼ぶことにした。貴族ながら武芸に秀でる千綜は、斎興が編成しつつあった禁軍を率いて参戦していた。


 千綜はすぐにやってきた。魏介にも勝るとも劣らない凛々しい武者姿である。


 「我らはこのまま南下するが、赤崔心の動きがどうも不透明だ。そこで千綜殿は禁軍を率いてこの場に留まり、赤崔心を警戒していただきたい」


 新莽は千綜には非常に丁重であった。軍事的階級は新莽の方が上だが、千家は長く斎家に仕える貴族である。斎国の身分社会で言えば、千綜は遥か高みにいる雲上人で、正直なところ命令しにくい相手ではあった。


 「承知した。新将軍は安心して佐導甫と当たられよ」


 千綜は自らの身分をひけらかすようなことはなかった。新莽の命令に承服してくれた。


 これで後方の安全を確保した新莽軍は急いで南下した。予定戦場と睨んでいた大富にはすでに佐導甫軍の軍旗が翻っていた。


 『先を越された……』


 佐導甫軍は、街道が交わる大きな辻を見下ろすことができる高台に陣取っていた。新莽としてもその地点を確保したかったが、やはり領地が近くにあるだけに佐導甫に先を越されてしまった。


 「佐導甫が尊毅と合流する前に討つか、それともこちらが少洪覇殿と合流するまで待つか……」


 まだ少洪覇からは明確な到着予定の情報はもたらされていない。どう考えても少洪覇の方が尊毅より遅く戦場に到着することになるだろうが、和芳喜の働き次第では同じころ合いか、あるいは少洪覇の方が先に到着するという可能性も秘めていた。そのことが新莽が明確に方針を打ち出せない原因となっていた。


 「どちらにすべきか」


 新莽は高台に棚引いている佐導甫軍の軍旗を眺めながら決断できずにいた。

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