泰平の階~24~

 斎治の脱出と前後して、慶師近郊である勢力が蜂起した。赤崔心の一党である。


 もともとこの一味は、慶師周辺で跋扈した盗賊である。斎慶宮を塒にしていた岩殿などとは比べものにならないほどの大勢力で、単なる盗賊集団ではない。小規模ながら独自の領地を実効支配しており、近隣の藩主、領主の土地を荒らしては盗賊行為を繰り返す一方で、遠方との交易なども行っていた。これらの集団を単なる盗賊と区別するために『悪党』と呼ぶこともある。どちらにしろ、今の条国の国家体制からはみ出した集団であった。


 だが、頭目の赤崔心の筋目は悪くない。その祖先を辿っていくと、条国の閣僚を務めた家柄に行きつく。赤崔心の数代は前には、探題の副長官を務めた人物もいたが、赤崔心の祖父の代にとなる事件に連座して、野に下った。それだけに赤崔心は現在の条国の体制に対して反骨精神こそあれ、従属する気分は微塵もなかった。


 斎治に遅れて慶師を脱出した北定は、ひとまず身を落ち着ける場所を赤崔心の勢力下に求めた。北定は岩殿だけではなく、赤崔心とも誼を通じていた。


 実のところ、北定は慶師を脱した斎治の落ち着き先として、赤崔心の所を考えないでもなかった。しかし、その考えを打ち消したのは、


 『赤崔心は身分が卑しい』


 という一言に尽きた。北定ほどの人物でも身分意識には敏感で、いくら先祖の筋目がよくても現在盗賊をやっている人物の傍に斎治を置くわけにはいかぬと思っていた。それでも赤崔心は今後の戦力となるのは間違いなかった。


 北定が拠点となる砦を訪ねると、赤崔心はいた。最近では探題の砦や兵舎を荒らしまわり、随分と忙しそうであったが、留守でなかったことは北定においては幸いであった。


 「邪魔をするぞ、赤殿」


 赤崔心は愛用の武器である鉄棒を腕に抱え、反対の手には酒の入った瓶を持っていた。北定が入ってくると、多少辞儀を改めたが、瓶を手放すことはなかった。


 「ふん、旦那か」


 赤崔心は不機嫌そうであった。そのわけを聞く前に、赤崔心は吠えた。


 「せっかく儂は主上のために立ったのに、どうして儂を頼らん!」


 北定ははっとした。ここで赤崔心の機嫌を損ねてはならなかった。


 「私は主上より遅れて慶師を出た。ひとまず赤殿を頼るように従者には言いつけておいたのだが、来ていないのか?」


 北定は平然と嘘をついた。嘘を真に受けた赤崔心は少し気分を良くしたのか、北定に酒を勧めた。


 「来ておらぬわ。ここらで主上が真に頼れるのは儂だけであると言うのに」


 「主上はどこを彷徨っておられるのか……」


 その不安はぬぐい切れなかった。斎治が捕縛されたという話を聞かないから、まだ捕まってはいないだろうが、無事に危機を脱して佐導甫の所に駆け込めたとも思えなかった。


 「邪魔をした、赤殿。私は引き続き主上をお捜し申し上げる」


 「それはいいが、あてはあるのかい?」


 赤崔心の心情を考えれば、あるとは言えなかった。


 「とりあえず近隣で聞きこんで行方を追う。赤殿はも主上の行方を捜しておいて欲しい」


 「了解した」


 「それと存分と暴れまわって欲しい。貴殿が暴れれば暴れるほど、主上の本願成就の近づく。そうすれば、この国が斎国に戻った暁には貴殿には栄誉ある地位が待っているだろう」


 「言われるまでもない」


 赤崔心は酒をあおった。北定も景気づけに酒を飲み干し、足早に立ち去った。




 赤崔心の砦を後にした北定は、そのまま佐導甫の近甲藩に向かった。藩都は大甲。大藩ではないが、慶師と栄倉のほぼ中間地点にあるためか大甲には賑わいがあった。


 『良い藩風をしている』


 北定は感心するしかなかった。すぐ近くでは赤崔心が勢力を拡大しているのに、大甲では治安が乱れている様子がなく、寧ろ世間の大乱などどこ吹く風といった落ち着いた空気があった。


 『近甲藩の兵士は精強と聞く。これが主上の味方となれば、心強いのだが……』


 先述したとおり、佐導甫は斎治に対して同情的ではあるが、条高とも昵懇の仲である。今の段階で旗色を鮮明にしろと迫っても色よい返事はないだろう。


 とりあえず北定はすでに大甲に着いているだろう費俊を捜した。一日中、大甲を捜し歩いていると、街はずれの安宿に逗留しているところを見つけた。


 「どうしたのだ?このような所で?」


 北定は悪い予感がした。もし費俊が佐導甫を説くことに成功していたら、このような場所にはいないだろう。


 「佐導甫殿は大甲におられぬようだ。地方へと視察に出ているらしい」


 「そうか……。ということは主上もまだということだな?」


 費俊は疲れ切った顔で頷いた。状況的にはあまり良いと言えるものではなかった。


 「費俊。お前はここで休みながら、佐導甫殿の帰還を待て。私は主上をお捜しする」


 北定はじっとしていられなかった。とにかく動いていないと、不安に押し潰されそうになるだけであった。

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