孤龍の碑~45~

 国主となった青籍がまず行ったのは龍玄の改葬であった。宮殿の中庭に埋められていた龍玄の遺体を掘り出し、改めて龍頭近郊に廟を建てて埋葬した。


 本来であれば神器に認められた真主の即位なので、泉国の樹弘がそうしたように界国に赴いて義王に即位の報告をせねばならないのだが、今の青籍にそのような時間的余裕がなかった。


 「軍の再編を行わなければならない。どのくらいの戦力が整えられる?」


 国主とはなったが、今の龍国に大軍を動かして極国と戦えるのは青籍しかいない。国主の仕事として政治面は龍悠に任せ、青籍は軍事に専念することにした。


 「将軍が国主に……ああ、妙な言い回しですが、そのために徴兵に応じる者や軍に復帰を申し出る者が増えました。ですが、それでも三千ぐらいでしょう」


 袁干はそう報告した。青籍が国主になっても、袁干や趙奏允の役割は何も変わっていなかった。それだけに戸惑いも大きかった。


 「いや、どうにも慣れませんな。将軍が主上となられたのは慶事なのですが、どうも将軍と呼んでしまいます」


 「将軍でいいよ。しばらくは国主としての役割は何もできそうもないから」


 実質、青籍としても自分が国主であるという自覚はまるでなかった。肩書き上、国主を名乗っている程度の感覚しかなく、気分は一介の将軍でしかなかった。


 「まぁ、地位に相応しい立ち居振る舞いや精神は後から付いてくると言いますからな。極との戦争が終わる頃までには慣れるとしましょう」


 趙奏允の年長者らしい言い方に青籍はほっとした。青籍はこの老将には本当に助けられてきた。


 元来、青籍は国主となった以上、最前線に立つ必要などなかった。寧ろ立つべきではないと袁干は真っ先に主張したが、青籍の気分を察して異を唱えてくれたのは趙奏允であった。


 『それは困る。今更儂に全軍を指揮しろと言われても、この年ではとてもできん。こうなったら最後まで青籍には責任を取ってもらいたい』


 本気とも冗談とも取れないことを言って趙奏允が笑いを誘ってくれたため、青籍はこうして将として戦場に立つことができた。青籍にとってもっとも許したくないのは、国家の権力を握っている者が、自らは安全な所にいて命令ひとつで兵士達を死地に追いやることができるという構造であった。その構造がいかに国家にとって害悪であるかは龍玄や龍信の例を見るまでもなく分かる。だからこそ将来はどうであれ、青籍の生きる時代では、そのような卑怯な構造から脱しておこうと思った。


 「準備できる兵は三千名か。これは例のあれを発動させるべきかな?そうすれば炎城は再奪取できる」


 青籍は確認するように趙奏允に目線を送った。すでに青籍の中には戦略の青写真があった。そのためにはどうしても炎城が必要であった。


 「左様ですな。あいつもそろそろ痺れを切らしているところでしょう」


 趙奏允が同意したので、青籍は早速袁干に仕掛けの発動を命じた。




 炎城から出撃した烏慶は、鱗背関を攻めあぐねていた。鱗背関は思いのほか堅城であり、徒に鉄の門扉に矢を射掛けて弾かれるだけのような戦いが続いていた。しかもここ数日、妙に敵兵に抗戦が活発になり、なにやら活気に満ちてきたような感じがあった。


 『龍頭で何かがあったな』


 勘を鋭く働かせた烏慶は、一度攻撃を中止させた。敵に増援があるのか、それともあらぬ方向から奇襲があるかもしれない。それを見極めねばと考えたのだが、まさか青籍が国主となっていたということまでは想像できず、彼らがそれを知るのはもう少し後のことであった。


 それよりも前に烏慶は凶報に接しなければならなかった。炎城が失陥したのである。


 「そんな馬鹿なことがあるか!」


 普段、怒りを露にしない烏慶が声を荒げた。それだけ炎城失陥の事実はあまりにも衝撃的であった。


 「炎城の内部で突如として龍国の兵が蜂起したのです。奴らは我らが炎城を手にしてからずっと潜んでいたのです」


 烏慶は言葉を飲み込んだ。これこそが青籍が仕掛けておいた罠であった。




 降伏して炎城を空けた渡す時、青籍はおよそ二百名近くの有志を募った。万が一の場合を想定して、青籍が自由にできる戦力を温存しておきたかったのである。


 青籍は袁干に指示して彼らを戦死扱いにして、炎城の内外に潜伏させた。そして青籍からの命令があると素早く蜂起したのである。この集団を率いるのは馬征。彼も戦死扱いにされ、炎城で馬丁に身をやつしていた。彼は青籍からの命令を受けるとや、喜悦した。


 「ちょうど烏慶が不在だ!これ以上の好機はない!」


 馬征は内外に散っていた兵士達を集めると、隠しておいた武器を手に兵舎を襲ってこれを制圧した。もともと青籍に対して畏敬の念を持っていた炎城の住民達は、喜んで馬征達に協力をした。易々と馬征達が炎城を奪取できたのは、烏慶の不在と住民の協力によるところが大きかった。


 その烏慶は判断に迫られた。炎城失陥の報と前後して青籍が国主となったという話も烏慶のもとに届けられた。後者の方は風聞による噂程度のものであったが、事実であるとするなら容易ならざることであった。


 「戦線を引き下げる。相手はこちらより少ないかもしれないが、勢いに乗った敵ほど怖いもの無いぞ」


 烏慶は即断し、鱗背関から撤退した。こうして新しい国主を迎えた龍国は降伏以前の領土を一戦もせずに回復することがきでたのである。

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