黄昏の泉~31~

 それから景朱麗と樹弘、厳侑は作戦を練ることにした。


 「居場所が分かった以上、泉春宮から救出するのは難しくないだろう。問題はどうやって泉春から脱出するかだ。父上は牢からいなくなったことが露見すると全体の警備が厳しくなる。泉春から出るのは困難になってくる」


 朱麗は卓上に泉春の地図を広げた。泉春を出るには三つの門があり、泉春宮を真北に置いて、南と東西にある。そのうち東と西は小さな門で、夕方には閉じられてしまう。南門が一番人通りの多い門であるが、やはり夜になると閉じられてしまう。


 「景秀様を助け出し、そのまますぐに泉春を出るわけにはいきませんか?」


 「少なくとも馬車としばらくの食料はいる。そうなると門を通らないといけない。泉春宮に忍び込むのは夜の方がいいだろうから、そのまま馬車で泉春を出るのは難しいだろう。どうにかして門を突破するしかない」


 むしろ不可能だ、と景朱麗は続けた。


 「では、しばらくは我が家で匿い、時間を置いて外へでる算段を考えますか?」


 そう提案したのは厳侑であった。いかなる方法をとるにしろ、厳侑の協力は不可欠なので、議論に加わってもらった。


 「時間をかけるのはよくない。父上が牢から消えたとなると、流石に相房も当たりかまわず捜すだろう。そうなるとここも対象となってくる」


 景朱麗の指摘に厳侑は黙り込んだ。景朱麗としては、泉春で協力者となりうる厳侑を危険に晒すわけにいかなかった。


 「景晋様にご相談されてはいかがでしょうか?」


 樹弘からすればそれしかないように思えた。


 「景晋だけでは動くまい。動くとなれば、景政も動くであろうよ」


 景朱麗は顔を顰めた。この件で景政や景晋の手を借りることをあまり潔しとしていない様子であった。そもそも景政は景秀の救出には否定的であった。どう考えても景政が手を貸すとは思えなかった。


 「しかし、やはりどう考えても景政様や景晋様の力をお借りしないとことの成就はならないでしょう」


 樹弘にしても厳侑の意見は尤ものように思えた。景朱麗も、心のどこかではそのように思っていたのだろう。観念したように頷いた。


 「まずは景晋に相談してみよう」


 早速とばかりに、その日のうちに景朱麗は景晋を厳侑の店に呼び寄せた。話を聞かされた景晋は、驚いた様子も見せず、腕を組んでしばらく沈思していた。


 「父上を呼びます」


 考え抜いた末、景晋はそう言った。景朱麗が何か言おうとしたが、その前に景晋が手を翳して制した。


 「朱麗様のお気持ちは分かっています。しかし、事を完全に成功させるにはやはり父上の力が必要になってきます」


 私だけでは力不足です、と景晋はもはや有無を言わせぬとばかりに使用人に景政を呼びに行かせた。


 間を置かずして景政はやってきた。景政は景朱麗に対して叩頭したが、景朱麗はその礼に応えることなく、そっぽを向いていた。景政が隣に座ると、景晋は呼んだ理由について話した。


 「西宮の監視塔か。これは意外だったな。あまり人が寄り付かない所だから、盲点と言うべきか……」


 景秀の居場所は景政も知らなかったようである。景晋は朱筆を取り出し、地図の一箇所に丸印をつけた。そこが西宮近くの監視塔にらしい。


 「ここは泉春宮の西側から入ると迷路のような回廊があるので迷ってしまいます。しかし、北から入るとほぼ一直線です。しかも泉春宮の北側は警備の人数は少ないです」


 景晋がそう解説してくれた。相蓮子が教えてくれたとおり警備が一番手薄な経路のようである。


 「やはり罠ではないのでしょうか?どうもできすぎているような気がします」


 厳侑はどこまでの慎重であった。


 「無宇に調べさせよう」


 「景政殿は無宇を知っているのか?」


 続けて景朱麗は無宇が甲元亀が雇っている間者であると教えてくれた。


 「私と元亀の間者だ」


 この時になって景政と甲元亀が通じていたことが明らかになった。景朱麗はそのことを知らなかったのかやや不機嫌になっていた。




 数日後、無宇によって例の場所に景秀が閉じ込められていることが確認された。そのことを知らせに来た景晋が、


 「五日後、実行します。夜半にお迎えに参ります」


 とだけ言い残して去っていった。

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