黄昏の泉~25~

 反乱軍が壊滅したという情報を樹弘達が得たのは、泉国へと向かう道中でのことであった。貴輝の方から来たという商人が教えてくれたのだった。


 「公子淡様は偽者だったという話さ。本当は趙行という役人で、一緒に反乱を首謀した甘嬰という役人と共に拷問の末に打ち首になったわけだ。悪いことはできねえな」


 商人は樹弘達が頼みもしないのにぺらぺらと偽公子淡の結末を語ってくれた。


 「蘆明という人物がどうなったか知りませんか?」


 樹弘は、あのような別れ方をしたとはいえ、多少なりとも世話になった人物の生死はやはり気になっていた。


 「さぁ聞かんね。趙行、甘嬰以外にも随分と処刑されたみたいだが、名前までは分からんよ」


 商人から聞き出せた情報は、そのあたりが限界であった。


 その商人と別れ、再び二人になった樹弘と景朱麗は、さらに南へと向かった。


 「樹君は、蘆明のことが気になるのか?」


 「それは……まぁ」


 「手ひどい目に合わされてもか……。そこまでいくと人が良すぎるぞ、樹君」


 自分でもそう思わないでない。しかし、だからと言って蘆明がひどい目に遭っていればいいと思うほど、樹弘は悪人ではなかった。


 「私は蘆明とは面識がない。だから彼が獄門になろうが知ったことではない」


 「手厳しいですね、朱麗様」


 「雇い主である厳陶を殺して荷を奪ったような奴だ。ろくな死に方はしないだろうし、大事を成すこともできないだろう」


 私達にとっても必要のない男だ、と景朱麗は断言した。


 「もし、蘆明が目の前に現われたらどうします?」


 「さてね。散々罵倒して蹴飛ばしてやろうか……」


 景朱麗が急に馬を止めた。道の向こうから砂煙が見えた。それはやがて騎馬武者と兵士の群れへと変わった。


 「まずいな……。あれは相蓮子か……」


 これまでにない怖い顔になった景朱麗は馬を下り、馬共々道ばたによって平伏した。


 「樹君も平伏しろ」


 「あ……はい」


 樹弘も景朱麗に倣って道ばたに移って平伏した。


 「意外ですね。朱麗様がこんなことをなさるとは……」


 「他の軍なら避けて通るだけだ。しかし、蓮子はまずい」


 頭を垂れる景朱麗が囁いた。その前を相蓮子の軍勢が悠然と通過していった。それほど時もかからず通り過ぎるだろうと思っていると、


 「止まれ」


 冷たい声が号令となって軍勢が止まった。


 「そこの二人、顔を上げろ」


 それは樹弘と景朱麗に向けられているのは明らかであった。景朱麗は緊張した面持ちで顔を上げた。樹弘も心臓の音が一気に跳ね上がった。


 「ふん。旅の者か……」


 樹弘は生まれて初めて相家の者を見た。相蓮子は美貌の人ではあったが、全体的にきつい印象があった。特に目元は劇役者のような化粧をしており、それだけでも十分に威圧されるものがあった。


 「はい。こちらは我が従者です」


 景朱麗は澱みなく言った。この肝の太さは流石景家の当主であった。


 「ふ~ん」


 相蓮子は視線を二人からはずそうとはしなかった。景朱麗の額に僅かに汗が滲んでいた。


 『切り抜けるか……』


 樹弘がそう考えていると、一台の馬車が近づいてきた。


 「いかがなされましたか?将軍」


 その馬車から一人の老人が顔を覗かせた。


 「中務卿か。いや、見目麗しい男女がいたんでな。私の従者にしようか思案していたところだ」


 老人が樹弘と景朱麗を見た。樹弘もその老人と目があった。優しげな老人で、厳陶のことを思い出された。景朱麗も老人を見ていた。さらに一際厳しい顔になっていた。


 「蓮子様。申し訳ありませんが、この者は私の知己の娘でございます」


 「ほう……」


 「泉春で商人をしている者の娘でございます。ですから、その……」


 「ふん。中務卿の知己ならば仕方あるまい。行くぞ」


 軍が進み出した。馬車だけが樹弘達の前に止まった。


 「乗りますかな」


 老人は小声で優しく言った。味方なのだと樹弘は安心したが、景朱麗は緊張を解いていなかった。


 「景政殿……」


 景朱麗は睨むような視線を老人に送っていた。この老人が景家の分家筋であり、相房に仕えている景政であった。

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