第10話 トシヤ、楽しみにしていたルナとハルカとライドの日……って、何でマサオが居るんだよ!?

 そして待ちに待った日曜日の午前八時半、トシヤは集合場所のコンビニに愛機リアクトを滑り込ませた。だが、さすがに早過ぎた様で、ルナもハルカもまだ来ていない。時間を潰そうと店の中に入り、雑誌を立ち読みしているトシヤの視界の隅に若い男が入ってくるのが見えた。コンビニにやって来る男など珍しくも無い、トシヤは一瞬目線を上げたがすぐに雑誌に目線を戻した。そしてページを捲ろうとした時


「おうトシヤ、奇遇だな」


 聞き覚えのある声に名前を呼ばれて振り向いた先にはマサオが立っていた。


「マサオ? お前何でココに?」


 愚問だ。マサオがココに居る理由など一つしか無かろう。コーヒーショップで見たハルカからの連絡メールを見て集合場所と時間を知ったマサオは様子を見にわざわざやってきたのだ。


「今日はプリンスの納車だから家を出たんだが、まだ店が開くには早いと思ってな。ちょっとコンビニで時間潰そうかと思ってな」


「お前、それ絶対嘘だろ!」


 あまりにも白々しい事を言うマサオにトシヤが食ってかかるが、マサオはトシヤよりも外の方が気になる様で、さっきからずっとチラチラと窓から外を覗っている。すると二台のロードバイクが駐車場に入ってきた。


「おっ、ハルカちゃんのお出ましだぜ。これも何かの縁だ、俺も紹介してくれよ」


 ぬけぬけと言い放つマサオにトシヤが呆れていると二人がロードバイクから降り、店の中へ入ってきた。


「おはようトシヤ君、あらっ、お友達?」


 マサオの存在に気付いたルナがマサオに尋ねた。さて、ここは考え所だ。単に「友達です」と軽く流すか、それともちゃんと紹介するか。トシヤが考えていると、マサオが前に出た。


「はい、トシヤの親友で、マサオって言います。二人共ロードバイクに乗ってるんですね、実は俺も今日、納車なんですよ。それでショップに行こうとしたらコンビニにトシヤのメリダが見えたんで、ちょっと喋ってたんですよ」


 頼まれてもいないのにベラベラと喋るマサオにトシヤは頭を抱えたが、『納車』という言葉にハルカが反応した。


「納車って事は、君もロードバイク買ったんだ」


「うん、トシヤの影響でね」


 ハルカの言葉にさらっと答えるマサオ。トシヤは「嘘つけ!」と突っ込みたかったが、そうすると今後の展開を考えるとその気持ちを抑えるしか無かった。かと言ってこの調子だとマサオが調子に乗ってとんでもない事を言い出しかねない。早く別れるのが得策だと考えた。


「そうなんだ。納車が楽しみだよな、マサオ。じゃあ、俺達はそろそろ行くから」


 トシヤはマサオを切り捨てる様に言うとスタスタと歩き出した。ルナはトシヤの親友だと言うマサオを放って行ってしまって良いものかと思ったが、トシヤが行ってしまったのに自分が残ると言うのも変な話だ。


「じゃあマサオ君、今度一緒に走ろうね」


 優しい笑みと言葉をマサオにかけるとトシヤの後を追った。ハルカもルナに続き、マサオに「じゃあね」とばかりに手を振って店を出た。


「良かったの? マサオ君、親友なんでしょ?」


 シートポストに跨り、クリートを嵌めながらルナがトシヤに問いかけた。


「大丈夫っすよ。たまたま会っただけっすから。でも、いつかアイツも一緒に走れたら良いですね」


 親友だからこそマサオがボロを出す前に別れたのだが、そんな事は口が裂けても言えやしない。トシヤは精一杯爽やかな感じを装って答えた。もちろん「一緒に走りたい」という希望を付け加えるのも忘れてはいない。


「そうね、一緒に走る機会なんていくらでも有るんだし、今日は楽しみましょうか」


 ルナがそう言ってペダルを踏み込むとハルカが静かに続き、トシヤも颯爽とリアクトをスタートさせた。

 三人は街中を抜けて川を渡る大きな橋で脇道に入った。車止めのトラップをクリアするとそこから先はサイクリングロードだ。サイクリングロードとは言っても自転車専用道と言う訳では無いので歩行者も居るし、自転車もロードバイクだけで無くクロスバイクやミニベロ、ママチャリだって居る。


 ルナは周りに迷惑をかけない様、時速二十五キロ前後のスピードで流して走る。この程度の速度なら平地ではトシヤでも楽に巡航出来るし、サイクリングロードなので後ろから迫る自動車に緊張する事も無い。心に余裕が出来たトシヤは景色を楽しみながら走る事が出来た。しかも前を走っているのは可愛い女の子だ。

 ほんの2メートルほど先でレーパンに包まれたお尻が揺れている。ルナとハルカに峠で出会った時はそんなに意識しなかったが、同じ学校の生徒だと知った今ではついつい意識してしまう。なにしろレーパンの下はノーパン。そう、下着を着けていないのだ。トシヤが不埒な事を考えてしまうのは仕方が無かろう。だが、そんな事は全く気にしないかの様にルナとハルカは軽快にペダルを回し続けた。そして一時間ほど走った頃だろうか、ルナはコースから外れ、川沿いのサイクリングロードから公道に出るとコンビニに立ち寄った。


「ちょっと休憩。どう、トシヤ君、疲れて無いかしら?」


 ヘルメットを取って微笑むルナにトシヤは笑顔を返した。


「大丈夫っす、まだまだ行けますよ」


 するとそこにハルカの無情な突っ込みが入った。


「そんな感じで自分を過信してると途中で力尽きちゃうわよ、あの時みたいにね」


『あの時』もちろんルナとハルカがトシヤと出会った峠での事を言っているのだ。悔しいが、それを言われるとトシヤには返す言葉が無い。だが、意気消沈のトシヤに救いの手が差し伸べられた。


「こらこら、いつまでもそんな事言ってないの。ハルカちゃんだってちょっと前まで初心者だったでしょ」


 それはそうだ。誰でも最初は初心者だ。この時トシヤはルナとハルカのロードバイクをあらためて見てみた。二人共同じ『エモンダ』トレックが誇るカーボンフレームの軽量オールラウンダーだ。しかし何か雰囲気が違う。色が違うのはもちろんだが、それ以上にルナのエモンダの方が何かこう、戦闘的な感じがする。シートポストの出幅がハルカのエモンダに比べ、かなり長く出ていて、ハンドルとの落差も大きいのだ。


 もちろんポジションだけで経験値は測れないが、どう見てもルナの車体はかなり年季が入っているが、ハルカの車体は使い込まれてはいるもののルナの車体ほどでは無い。ルナの車体のシートポストの出幅が長いのは、乗っているうちに背が伸びてそれに合わせてサドルの高さを上げた為だろう。トシヤがチラっとエモンダからルナに目線を移すとレーパンからすらりと伸びた長い脚がとても綺麗だ。隣に立っているハルカと比べたら股下の高さが全然違う。と言ってもこれはハルカの脚が短いと言う訳では無い。ハルカのプロポーションもなかなかのモノだ。それはピチピチのレーパンとサイクルジャージの上から見るととても良く解る。一人で立っていれば絵になる事は間違い無いのだが、悲しい事にルナの隣に居ると残念な事に霞んでしまう。もっともハルカとしてはそんな事はどうでも良いみたいだが。


「だってー」


 ルナに窘められてハルカが口を尖らせるが、ルナはトシヤに目を向けた。


「ちょっとペースが遅すぎたかしら? でものんびり走るのも良いものでしょ?」


「そうっすね。景色も良いし、楽しいっすよ」


 ルナの質問に素直に素直に答えたトシヤ。もちろんトシヤの言う『景色』にルナとハルカの後ろ姿……と言うか、お尻が含まれているのは秘密だ。するとルナは安心したかの様に微笑んで言った。


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