浅ましき食事

「給料日だから焼肉食うぞ」

「ねえ、肉バル行こうよ」

 言っておくけれど、それ全部死肉だから。肉バルって、なんだかオシャレっぽい雰囲気だけれど、やっぱり死肉だから。魚に至っては、死肉を生で食べていることもあるんだからね。

 あたしたちは大丈夫、だって野菜や果物が好きな女子だから。

 そんなこと言うのは勝手だけれど、野菜や果物だって死んでいるんだからね。植物だからそんな意識ないのかしら。土から引っこ抜かれたり枝からもぎ取られたりした時に、一体どんな悲鳴を上げているんだろうね。

 他の命を奪って、自分の命を永らえる。なんて浅ましい姿なんだろうと思う。ただ奪うだけじゃなく、味がどうの見た目がどうのと、そこに楽しみを見出そうとする。本当に浅ましい。そう思いながらも、今の私も食べることでしか生きていけない。朝になればおなかがすくし、疲れた時は甘いものを欲しがる。デートでは雰囲気の良い店と洗練された食事を求める。手料理で男の気を引こうとしたり、男の手料理にときめいたりもする。浅ましいと思いながらも、その恩恵を受けている自分自身にひどくうんざりしてしまう。

 いっそのこと人間は滅んでしまえばいいのではないだろうか。動物だってもちろん他の命を奪う。けれど、そこには純粋な動機しかないはずだ。自分が生きるために必要な分だけを食べる。人間のように調理しない。その命をそのまま食べる。それが自然なサイクル。食物連鎖。そうやって命は巡る。やっぱり人間は滅びればいい。そう思うくせに、デートに着ていく服を熱心に選ぶ私。ああ、本当に浅ましい。



 私が人間になってからどれぐらい経ったのかしら。何年? 何十年? はっきりとした時間は覚えていないけれど、長い年月に違いない。

「たったの三日だよ」

 太郎くんが教えてくれた。

「まだ三日?」

 私は驚きすぎて、手に持っていたワンピースをうっかり落としてしまった。慌てて拾い、もう一度自分の体に当ててみた。真っ赤なワンピースで、裾がふわりと広がっている。腰のあたりについている大きなリボンが気に入っている。鏡の中の自分を見つめ、やっぱりこれにしようと決める。

「すみません、これください」

 店員にワンピースを渡し、会計をする。

「花子ちゃんは、立派に人間だよ」

 店を出る私の後を、太郎くんが小走りで追いかけてくる。

「だったら太郎くんだって人間でしょ」

「そうだけど、僕は花子ちゃんのように人間でいることに慣れていないからさ」

 そう言う太郎くんの足を見たら、裸足だった。本当だ。まだ人間に慣れていない。適当な店で適当な靴を買ってあげる。靴を履いた途端、歩き方がぎこちない。人間になって三日。まあ、しかたない。



 私たちは三日前まで、神だった。自分たちを神だと思い込んでいるやばい人間では、決してない。正真正銘、本物の神だ。

 そんな私たちが、三日前にちょっとやらかしてしまったわけ。それでうんと偉い上位の神が怒ってしまって、人間界へと追放されてしまったのだ。郷に入っては郷に従え。私たちは人間になることにした。神のままでもよかったのだけれど、人間って神をまったく知らないみたい。私たちは神だ、と言っても、神はそんなんじゃないって言われてしまう。神そのものを信じていない人間だっているぐらい。人間にならざるを得ないってもんでしょ?

 何をして追放されたかって? ああ、木になっていた実を食べちゃったのがいけなかったみたい。



 歩き方がぎこちない太郎くんは、ポケットから何かを取り出した。

「なあに、それ?」

「コンビニで買ったおにぎり」

 慣れた様子でピリピリと袋を破き、おにぎりを齧る。袋には『辛子明太子』と書いていた。

「魚の卵を辛くしたやつじゃない。まだ生まれてもいない卵を母体から取り出して食べるなんて! 私のこと立派な人間って言ったけど、太郎くんだって立派な人間だわ」

 ごくんとおにぎりを飲み込みながら、太郎くんは、うーん、と首を傾げる。

「食べること自体は、神も人間も一緒だと思うけど」

「どこがよ。だって私たちはあの実を食べたせいで、怒られたのよ。人間みたいな真似したからに決まってるわ」

「そういう意味で怒られたんじゃなくて、あの実は上位の神の大好物だったんだよ」

「なにそれー」

 大好物の実を食べたってだけで追放しちゃうなんて、上位の神って器が小さい。

「神だって食べるんだよ。仏だって人間が供えたものを食べるし。神だった時の花子ちゃんの好物は林檎だったじゃないか」

 そうだった。人間になった時に、記憶までリセットしちゃったのかしら。

「それよりも、あの赤いワンピース似合ってたよ」

「ありがとう。あれを着て太郎くんとデートしたいな」

「もちろん。花子ちゃんが食べたがっていたパエリアを食べに行こうよ」

 私は笑顔で頷く。海老や貝やイカを米と一緒に平べったい鍋で煮込む料理。たくさんの命を奪って、浅ましく長生きしてやる。

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