第23話 不安の中の策謀
よく、意識の高い人たちが自分たちの成功体験を元にした本を書くことがある。大体言ってる事は同じで、結局は言い回しとジャンルの違いでしかないのだけど、全部が全部嘘というわけでもない。
で、大体そういったものは口を揃えて、世間のニーズをキャッチしろという何とも口で言うだけなら簡単な話をポンポン出してくる。
美容やダイエット、スィーツなんかは流動が激しくて、常に流行が入れ替わる。大体二か月、もっと早ければ一か月後には別のものだ。
あいにく、私はそういったものには興味がなくて、最近同じようなのを見るなぁ程度の認識。
元々、研究員だった私に世間のニーズとかそんな難しい話を持ってこれても困るし。
ただし、今の私は研究員じゃなくて、あれよこれよと製鉄業者の女社長。といっても工場が大きい以外は町工場でしかない。それはそれで重要なのだけど。
とにかく事業を拡大するとなれば、そのニーズを見極める必要がある。普通、それらは自分で探すのが定石だろうけど、こと製鉄及び鉱業においては今まさに重要な局面に差し掛かっているのだ。
「はぁ、生産量のあげろと?」
今日は珍しいお客様が来ていた。
領主ゴドワンの部下の者だった。名をコスタという、顔は知らない。初めて見る人で、なんというかいかにも偉い貴族の部下ですって感じのおじさん。お腹が出ているのはステータスなんだろうか。
「いかにも。昨今、わが国を取り巻く状況は知っていますかな?」
「まぁ、それなりには。どこかの国が戦争でも始めようって話ではないのですか?」
「まだ、戦争ではありませんよ」
コスタは訂正部分を妙に強調していた。
「ですが、小さな衝突が起きているのは事実。して、あなたはこういった社会情勢の不安が何を生み出すか、ご存知ですかな?」
このナチュラルな上から目線!
ちょっといらっと来るけど、実際知らないからここはおとなしく聞いておこう。
「さぁ、私にはわかりませんね?」
「ンフフ、まぁそうでしょうなぁ」
いいからもったいぶらずに言ってちょうだい!
私は笑顔が引きつっている事に気が付いて、無理やり表情を整える。
コスタはこっちの事など全然気が付いていないようで、偉そうな口調で説明を始めた。
「武力の衝突が囁かれると、国同士はまずにらみ合いが続きます。それはわかりますね?」
いきなり大砲ズドンはしないって事ね。
ギリギリまで戦争回避に動くってわけか。この辺りの軍事的な話はチンプンカンプンだけど。
「ただし、そこに生じる緊張感というものは下々の者には耐えられない不安と恐怖になるのですよ」
それは私でもわかる。
戦争にでもなれば真っ先に被害が出るのは民衆だ。
それでも私が、ひいてはこのサルバトーレが平和なのはまさしく対岸の火事だからなのだろう。
直接戦争するわけじゃないものね?
「それは、つまり外国から疎開者が出ると?」
「難民ですよ」
いちいち、訂正してくる人だなぁ。
いいじゃないか、疎開で。何が間違っているんだ。
「まぁ、逃げてきた以上、国は多少の土地は貸し与えましょう。政策もあるだろうし、国の内外にアピールするチャンスでもあります。しかし、そうなると出てくるのですよ、面倒な輩が」
「面倒?」
「不届き者ですよ。強盗や山賊」
「あぁ、格好の餌、ですものね。それに隠れ蓑になる。それに、どうしても避難民を受け入れると、我が方の民との衝突も生まれると」
この辺りはどうしようもない問題だろう。私がとやかく言える状況じゃない。
社会情勢の不安定はイコール治安の悪化につながる。ほんと、どういう理屈なのか便乗して悪さをする人っているのよね、どこの国、世界にも。
あぁいう人たちって何を考えているのかわかんないのよね。
「その通り、なので我が国は簡易的ではありますが、ゲットーを整備することになりましてね」
ゲットーとは聞いたことがある人も多いと思う。
元の世界はユダヤ人たちの強制移住区域という意味合いが強くて、その他では社会的なマイノリティの人たちが集められて住んでいる場所、みたいな意味もある。
どうやらこの世界では、難民キャンプの事も指しているようだ。
だけど、ゲットーを整備するってそれ、小さなものでも村を作るって意味になるけど。
だから、鉄の生産を上げろって話なのかしら。
一つの共同体を作る為の資源はかなりのものだ。
「つまり、資材が必要となるから、でしょうか?」
「はい、これは我が領地内に留まらず、サルバトーレ国内全土での動きでもあります。このような小さな工場であっても、国家の為にというわけですよ」
ふぅむ、コスタの言い方はさておき、理屈はわかった。
確かに重要なことね。
同時に、これはチャンスでもある。
「そういうことでしたら、お任せください。我が工場も全面的に協力させていただきます。つきましては、お金の事なのですが」
「それは出来高次第ですね。それと、質」
「それは重々承知です」
「ならよいのですがねぇ」
コスタは嫌味ったらしく言ってきた。うちは町工場規模、大して期待はしていないということなんだろう。
それだけじゃない。恐らく、コスタは私の事をゴドワンの愛人風情がとも思っているだろう。
さっきから節々に見られる見下した感じのそれは間違いない。それでも直接的な言葉を言ってこないのは親分のゴドワンがやはり怖いのだろう。
彼からすれば私は頭は下げたくないが、無碍にも扱えない腫物に見えることだろう。
「あぁ、それと。各種資源に関してですが」
「それはこちらで用意いたしますわ。くず鉄もある事ですし、鉄鉱石も」
「あぁ、左様でございますか。ですが、念入りになりましたらどうぞ、私共へ。値段は張りますがね」
「えぇ、その時は、どうぞお願いしますわ。きっと、必要になりますので」
「えぇ、えぇ、そうですとも。鉄は重要ですからね。その為の原料も。とにかく、私はお伝えにあがった次第、他にも声をかけなければいけない所がありますので」
コスタはそうそうに引き上げていく。
私たちは社員一同で彼を見送るが、彼の姿が見えなくなると全員がもれなく、不満の顔を浮かべていた。
「ディバ、灰でも巻いときなさい
「はい、社長」
本当なら塩をまきたいけど、塩は貴重なので、灰だ。
「嫌味ですねぇ、あれ」
グレージェフがぼやく。
他の面々も頷き、愚痴をこぼしていた。
「だけど、これは大口の取引のチャンスよ。気を引き締めましょう。そうね、あと二か月待ちましょう。みんな、怒るのは良いけど、二か月後に笑うのは私たちよ。そして、忙しくなるわ。それまでに工場をいつでも万全にしておきましょう」
戦争。資源採取。そして製鉄。
少し、都合がよすぎるかしら? これほどまでにピースが埋まっていく。
私は小さく笑みをこぼした。
「ゲットーの整備? そんなことをしたら、木材が吹き飛ぶってわかっているのかしら。鉄を作るどころの騒ぎじゃなくなるというのに」
だから、今になって小さな工場にも協力を扇いでいるのだろう。
普通、それは焼け石に水でしかないのに。だけど、私はこのことを予測した。本当はもっと先だと思っていたけど、随分と早い。
だけど、問題はない。転がり込んできたチャンスを生かすのはいまだ。
「ぜひとも、原料を買わせていただきますわ、コスタ様。あなた方から、買ってくれと、言ってきてくれるでしょうから」
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