第20話 飛躍の時
翌日、私はおじいちゃんズを引き連れてゴドワンのもとへと鉄インゴットを届けに行った。
型が古いとは言え大型の炉は中々の働きをしてくれた。少し品質については完璧とは言い難いところもあるけれど、これに関しては修正を加えていけばいくらでも改善できる。
むしろ、たった三十余人で間に合わせたことを誉めて欲しいぐらいだ。
用意できた鉄は稼働できる炉が一基だけということもあり、200㎏。これでも厳選した方なのだ。またインゴットの型自体が錆びていたり、欠けていたりで、ちょっと形は歪なものになってしまっているが、どうせまた溶かして作る代物だ、そこは妥協というものである。
「ほぉ、確かに、鉄素材としては十分ではあるか……木炭を使わず、石炭で。細かな注文を言えば、品質ではあるが、これはのちの改善に期待と言ったところだな」
ゴドワンは手にした鉄インゴットを撫でたり、叩いたり、時々魔法か何かを使って確認していた。
彼の評価として、私たちが作った鉄はまずまずと言った物らしい。
「ふむ……」
ゴドワンが小さく何かを呟くと、手に持ったインゴットが一瞬にしてぐにゃりと変化する。
私自身は初めて見るが、マヘリアの知識の中には存在する。あれが、錬金術の魔法だ。相当の集中力を必要とする為、呪文を唱えて一瞬で物質を変換させる事は不可能であり、こうして錬金の最中はじっとしていないといけないものなのだ。
確かに、この魔法を使いこなせれば冶金できる金属の大半は魔法で作れるってことになるけど、錬金術の最中は動けない、集中が必要と言う制約というものがある以上、数で勝る平民たちで補えば効率は断然こっちが上だ。
それとして、鉄インゴットは段々と姿を変えて、金属製のステッキへと形を変えた。
これが錬金術だ。いびつなインゴットは今や精巧な模様が刻まれた銀色の杖として生まれ変わっていた。
「正直を言えば、たいして期待はしていなかったが……事実としてここに成果を持ってきた以上、私も約束を守る必要があるな。よろしい、貴様たちにあの工場及び土地を貸し与える。できた鉄は我が領地内で売ると良い。値段はこちらで決めるが、悪いようにはしない。質が上がれば、その都度、更新だ。だが、こちらからの支援はない。我が屋敷に売るのならば、もう少し質を高める事だ」
「十分でございます、マッケンジー伯爵」
領地内での商売が認められた。これは大きい。それに土地持ちだ。
あまり好き勝手はできないにしても、工場の拡張や整備はほぼ私たちの独断で可能となる。もちろん、資金も私たち持ちになるから、うまい話ではないけど、ここまで自由を許してもらえるというのは大きい。
領主お抱えの鉄工所としてはまだ先は長いけれど、底辺からここまではかなり飛躍したと言ってもいいんじゃないかしら。
というか、これでも充分シンデレラストーリーね。
「細々と進めるがいい。この、石炭製鉄、少なくともこの地域ではまだそなたらしか行っていないことだ。大々的に行うにはまだ機ではない」
「出る杭は打たれる、ということでしょうか?」
「その通りだな。事実、貴様らに狭い土地とはいえ一つ与えただけでも周りの目は良くないだろう。どこの馬の骨とも知らぬ女に……世間とはそういう目で見る」
「構いませんわ。既に落ちる所まで落ちた身、既に死人扱いの女の子ですもの。それに……」
用意された紅茶を一口。うん、苦い! 銘柄とかわかんないし、香りがどう良いのかもわかんない!
「何か言われたら、愛人だからと言ってかわしますわ」
「ぶっ!」
途端にゴドワンが紅茶を吹き出す。
「げほっ! な、なにを言い出すか!」
「ですが、そちらの方が伯爵としても処理がしやすいのではないですか? 若い愛人に土地を与えた。平民が何を言おうと、貴族様、領主様にとやかく口だしすることもないでしょうし、私の父も、そうやって何人もの若い女に別荘を買ってあげていましたし。母も若い貴族の男に……」
「やめないかね、君。恐ろしいことをいう女だな」
咳払いをしつつ、ゴドワンはこめかみを抑えていた。
「しかし、事実、そう見られてもおかしくないことをしているのは自覚している。まぁとにかくだ、期待はしている。石炭での製鉄が可能となった事がわかれば、先の事業も考えやすい。私はこれから家臣と協議に入る。貴様らは、まぁ、常識の範囲でやるがいい」
ゴドワンは冗談のわかる人らしい。
彼との会議はもの十数分で終了したが、得られたものは大きい。
「伯爵、最後に一つだけよろしいですか?」
「何かね」
退出しようとするゴドワンを引き留め、私は一つだけ気になることを質問した。
「アベルについてなのですが……それと、炭鉱夫たちも」
「あぁ、その事か。あの山は私が買収する事になっている。今すぐというわけにもいかんがな。石炭での製鉄を見た場合、木材が取れなくなった禿山は多い。それを買い取るつもりだ。これも先行投資だ。つまり、あとのことは、君にならわかるだろう?」
「それまでに事業を拡大しろ、とおっしゃりたいので?」
「そうだ。アベルを有効に使え。あの馬鹿息子は……才能だけはある」
「知ってます。それに、人の扱いも上手ですわ」
「ふん、出なければ困る。ではな」
今度こそ、ゴドワンは部屋を後にした。
その際、彼は錬金術で加工した鉄のステッキを私に渡してくれた。
「いずれは、そのような鋳物も作ってもらいたいな?」
***
その後、私たちは工場へと戻ると、そこにはアベルの姿があった。
その時、私はなぜか不意に笑みがこぼれていた。それを意識した瞬間、小さく顔を振って表情を整える。なんで、ちょっと嬉しがってるのかしら。
そりゃ、まぁ、彼は同業者だし、命の恩人だし、ここまでこれたのも半分以上は彼のおかげだけども。
「よぅ、やってるな。親父との交渉はどうだった?」
「成功よ。商売の許可ももらったし、工場もわたしたちのもの」
「随分と奮発したな、親父。普通はこうはしないぜ」
「若い愛人におねだりされたからあげたって事になってるわよ」
「愛人! お前なぁ、もっとこう、自分を大事にしろよな」
この反応、親子だなぁと思う。それと同時にアベルは本気で心配してくれているのがわかる。でなきゃ、肩まで掴んでこない。私はかっと顔が赤くなるのを感じた。こんな風に男の人に触れたことなんでなかったし!
「ちょ、ちょっと、本当に愛人になったわけじゃないわよ!」
「当たり前だ! 本当だったら、俺は親父を軽蔑してる。それに……」
「それに?」
あれ、なんで私ちょっと期待してるんだろう。
「なんでもねぇよ。あぁそれより」
……はぁ。
「なに?」
「なんで不機嫌なんだよ」
「別に。それより、続き」
「わかんねぇ奴だな……んで、話だが。こっちの炭鉱に関しては親父が動いてくれてる。来月辺りからは石炭と鉄鉱石をこっちに回せるようになるはずだ。炭鉱夫の連中の説得も続いてる。何人かはこっちを離れるだろうが、大した数じゃない」
「そう、ならこっちもできる限り工場を整備しておくわ。とにかく、今は数で勝負。お金も稼がないと鋼だって作れない。副業も考えないといけないし……」
「ん、何事も金だからな。こればかりはインチキができない」
「でも大丈夫よ。最後に、笑うのは私たちよ。あぁそうだ。私からもいくつか提案があるの」
会話が弾む。
前の世界じゃ、意見交換の会議でも淡々と進んでいたけど、今はなんだか楽しいとすら思えてくる。
自分がしたい事を試せるし、それが無駄にならないという点も大きいのだと思う。
「大きくするわよ。やるんなら徹底的に。そうね、目指す最終目標は……」
蒸気機関、ぐらいは作ってみたいわよね。
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