第13話 騒がしい帰省

 アベルの実家、マッケンジー伯爵の治める領地にたどり着いたのはもう日が沈んで、たいまつの明かりだけが頼りになった頃だった。

 人の手が入っていない街道で夜を明かすのはモンスターたちに襲われる危険もあり、大変危険なのだと言う。

 そうそう、この世界にはモンスターもいる。といっても大半の扱いは動物と変わらない。元のゲームじゃそもそもモンスターと戦うシーンすらないし、大半はペット扱いだった。


 いわゆるガチャでペットが手に入って、それをお気に入りの男キャラにプレゼントと言う中々なもの。プレゼントされるペットもスライムみたいなものから、どうやって手に入れたそれと言いたくなるドラゴンだとかユニコーンだとか。

 今さながらラピラピっていったいどんな恋愛ゲームだったんだ。

 二章しかしてないから、そんな貢物するような関係にすら至ってなかったし。


「見えてきたな」


 そんなこんなで、到着したマッケンジー領。

 私が思い描く城壁都市とは違い、この地域一帯には砦のような壁はなかった。領地の外周には集落があって、中心部に進むとやっと舗装された地面が見えてくる。

 唯一、街の中央に大きめの建物があるぐらいで、あれが一応のお城になるのだと言う。

 そして、そここそがアベルの生まれ育った家というわけだ。


「なつかしき我が家だ。あえて言うなら、ちっとも変わってないって奴だ」


 心にもない言葉だなぁっていうのは分かる。

 この街についてからというもの、アベルは明らかに気乗りしていない感じだ。

 自分から提案したことなのに。

 それと、夜遅くにぼろ馬車で街にやってきた二人組ってのは当然、歓迎はされていない。

 と言っても、遠巻きに見られているだけだ。外周の集落には見回りの警備兵もいないようだし、中心部についても、ぎろっと睨まれる程度。

 一応、警戒はされているようだが、別にとっ捕まえていきなり牢屋ってのはないみたい。


「地方の兵士なんてこんなもんさ。賄賂にぎらせりゃ釈放だってしてくれる」

「へぇ。それで、袖の下に通す程のお金はあるの?」

「あ? ねぇよ、んなもん」

「だと思った。準備している風には見えなかったもの」


 だって、「家に帰るぞ、ついてこい」の一言だったし。

 まぁそれは、いいとして。さすがに怪しい二人組が領主様の屋敷に近づいていくと、さすがに兵士たちの動きも活発になる。

 門番を務める二人の兵士が、槍で入り口をふさぎ、私たちを睨みつけた。


「うせろ、物乞いにやるものなどない」


 ビックリ。「ここは誰だれ様のお屋敷だ」とか言うものだと思っていたけど、そんなこと飛び越えていきなりの罵倒なんだもの。

 人間、やっぱり見た目が全てなのかしらね。アベルもそうだけど、私ですら、無理矢理金髪を切ったせいか、お世辞にも育ちが良さそうには見えないし。

 さて、門前払いを受けているわけだけど、ここからどうするのかしら。アベルの手腕の見せ所って感じかしらね。

 私はちらりとアベルに視線を向ける。すると、彼は意地の悪そうな、にやっとした笑みを浮かべた。


「やぁ、ビソーズ。門番とはずいぶんと出世したな。俺が知っているお前は馬小屋の掃除番だったと思うが?」

「貴様、どうして俺の名前を……い、いやそれよりも!」


 門番の一人にしてみると、その過去はちょっと恥ずかしいものらしい。

 馬小屋の掃除って、それ兵士がすることなのか?


「何をやってもびりっけつ、訓練はまともにできない。んで押し付けられたのが馬の掃除。それがまぁ随分と立派になって。えぇ? その腹回りは筋肉か?」


 アベルの指摘で私も気が付いた。ビソーズと呼ばれた門番は鎧で隠しているが、ほんの少しだけ隙間があった。隣の門番はきっちりかっちりとサイズが合っているが、ビソーズはそうじゃない。顔は意外と普通なのに。


「おい、ビソーズ、どうした。この男は一体……」

「馬鹿! 御曹司だぞ! アベル・マッケンジー様だ!」


 ビソーズは隣の門番を小突いてから、頭を無理やり下げさせて、当人は苦笑いを浮かべていた。


「あ、アベルお坊ちゃま。よ、よくぞお戻りに……へ、へへ、いやぁお懐かしい限りで」

「フン。まぁ、まじめに仕事はしてるようだし、出世したのなら喜ばしいことだ。入るぞ」


 もはやフリーパスって具合でアベルは彼らの横を通り過ぎようとするが、それをビソーズが慌てて止めた。


「お、お待ちを! さすがに、何の連絡もなしで通したとあっては私が叱られます。おい、ケルナー、お前ちょっと屋敷に報告してこい!」

「あ、あぁ!」


 ケルナーと呼ばれた片方の門番は何が起こったのかさっぱりわかっていなさそうだった。

 首を傾げながら、彼は走っていく。


「へへ、あいつは最近入った奴でしてね、俺が教育してやってんですが、まぁ足が速いだけが取り柄なんで」

「そうか。十分じゃないか」

「ま、まぁそうなんですが……あのぅ、ところで、そちらの方は……?」


 ビソーズはびくびくとした視線で私を見る。私に怖がっているというよりは、アベルを警戒している感じだろう。


「も、もしや奥方様で……」

「そのと……」

「違うわ」


 私は即座に否定する。それも大声で。


「おい、冗談で笑わせようと」

「無駄な事、言ってる場合じゃないでしょ」


 口をとがらせるアベルだったが、彼はどうやら屋敷の方からやってくる人影に気が付いていない様子だった。

 私はそのことを知らせるように、彼の足を軽く蹴って、前を確認するように合図を送る。

 視線の先には、ケルナーと、彼にひきつられるように数人の男女が血相を変えて走ってきた。一人はかなりのご老体だ。


「アベル様!」

「おぉディーベッグ! 元気そうじゃないかぁ!」


 いかにも執事長でございますなおじいちゃん。ディーベッグとはまた呼びづらい名前だ。彼の背後には部下である使用人が数人だけ並んでいた。どの人も結構老けているところを見ると、長らく仕えてきた人達なのだろう。

 恐らくアベルがまだ屋敷にいた頃のメンツか。


「アベルお坊ちゃまが戻られた! あぁ、なんという日でございましょう! 旦那様には既に、お伝えしておりますとも。さぁさぁ、お早く、お顔を……」


 恰幅のよさそうなメイド長っぽいおばさんがずいっと前に出てくる。


「ベルナルド夫人、あなたも元気そうで。キーツは元気かね?」

「はい、腰を痛めましたが、今もお屋敷で庭師を……あの、そちらのお嬢……様? は、どちら様で?」

「嫁じゃありません」


 アベルが何かを言う前に。


「お前な。嫌われるぞ、そういうの」


 ぼりぼりと頭をかくアベル。わざとらしいため息もついていた。


「ここでグダグダしている場合じゃないでしょう? ほら、早く、本題に入らないといけないでしょうに。時は金なり。何事も迅速な行動が必要なんでしょ?」

「わぁった、わかったよ。あー、みんな、来て早々悪いが、俺は屋敷に戻ってきたわけじゃない。商売の話をしに来たんだ」


 アベルの言葉に使用人たちがざわつく。


「ご商売……とは?」


 代表する形でディーベッグが質問してくる。


「俺たちの、稼業の話さ。早く親父の所に案内してくれ。とても、重要なことだ」


 

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