2日目 神はランキングの人気に天井をつくられた。

2日目


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  2日目 神はランキングの人気に天井をつくられた。


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 ベッドで上体をおこす。窓から朝日が差しこむ。悪夢で寝汗をびっしょりとかいていた。

 いや、夢ではない。情報量が多すぎる。しかも、目覚めても記憶が継続している。

 エルフィ。おっぱいくらい揉ませてくれてもいいじゃないか。おれの小説の登場人物のくせに…

 というか、内心ではあんなことを考えていたのか。おれの小説は主人公の一人称だ。他の登場人物の内面は不確定だ。

 エルフィが登場してからここまでの展開を回想する。奴隷商人に売られているところを身請けする。危険な冒険に付きあわせる。知識や魔法の能力を見せつける。うん、たしかに好かれる要素はないな。

 1階に下りる。玄関で秋加が出かけようとしていた。長身に似合わない市立中学校の野暮ったいセーラー服を着ている。ということは、美冬と夏未はすでに登校している。

「あ。お兄ちゃん、おはようー。今日も早起きだね。朝ごはん、台所にあるから。きのう何も食べてないでしょ? 消化にいいように中華風の朝ごはんにしてみたんだ。お粥とザーサイ。夏未お姉ちゃんは文句を言ってたけど、ダイエットにいいって言ったら喜んでたよ。食べ終わったお皿は浸けておいてね。…じゃ、いってくるね」

「いってらっしゃい」

 昨日の醜態を許すどころか、気を遣うことまでしてくれた。この妹に迷惑のかかることをしようとしたことに慙愧の念をおぼえる。

 居間ではつゆりがお粥を食べていた。

 台所にいくと、ガス台に土鍋がおかれていた。お粥に脂肪の少ない鶏肉のササミと、小ネギとショウガがのっている。出汁の香りが食欲をそそる。

 おれが朝食をとっていると、つゆりが無言でガラスの小瓶をおれに押しつけてきた。元はプリンの容器だったらしい。底に焦げ茶色のカラメルソースがついている。おれが食べたと言いたいらしい。

「おれじゃない」

 そう答えると、黙ったまま憤然と居間を出ていった。


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 自室でパソコンを起動する。

 《小説家になろう》にログインする。『真面目系クズの異世界下剋上』は日間ランキング9位を記録していた。上々の出だしだ。

 ユーザーでなければ意外に思うかもしれないが、《小説家になろう》で日間ランキングの上位にはいることは難しくない。5000字ほどの分量で、充分に10位以内にはいることができる。

 だが、それが週間ランキング、四半期ランキングとなると、途端に難易度が上がる。日間ランキングの順位を毎日、平均して維持しつづけなければならないのだから当然だ。そして年間ランキングで上位になれば、書籍化の期待が出てくる。その意味で、《小説家になろう》のランキング上位と書籍化は営々たる努力の結晶だ。反面、こうした制度のために、書籍化されたとき小説としての結構性の欠如が目立つことになる。

 ともあれ、日間9位はいい出足だ。ランキングには惰性があるので、更新しなくても数日は順位を維持できる。

 だが、もはやそんなことはどうでもいい。

 自分の書いた小説に異世界転生するのだ。投稿者として声望を得たり、書籍化で金銭を得ることに意味はない。

 それより、小説の世界を自分に都合よくするべきだ。続きを書く。エルフィはおれを熱愛することにし、さらに美少女キャラクターを大幅に増員する。彼女たちと酒池肉林の日々を送ると書く。

 ローカルのテキストに下書きし、サイトにも投稿する。サイトに投稿する必要はないかもしれないが、念のためだ。読者は《設定崩壊》や《作者が飽きた》などと誹るだろうが、気にする必要はない。

 おれは高笑いした。


 夕食はビーフシチューだ。

 鍋に火をかけているのを居間で待つ。

 夏未は足の爪にペディキュアを塗っていた。トレーナーに短パンの部屋着だ。剥きだしの太ももを体に寄せている。

「食卓がシンナー臭くなるからやめろよ」

「うッさ。どうせもう終わるし。お兄は何してんの?」

 おれはスマートフォンでアプリゲームのガチャを回しつづけていた。乏しい預金残高が尽きる勢いだ。

 なにせ、もう異世界転生するのだ。預金を残しても仕方がない。

「ガチャだ。星5やURをそろえようと思ってな」

「はァ? 穀潰しがなにムダ遣いしてんの?」

「おまえだって学生だろ。働いてないじゃないか。化粧品とか手提げとか、いらないものばっか買ってるだろ」

「ニートって言葉の意味わかる? 《Not in Education, Employment or Training》の頭文字ッしょ。学業してるウチはニートじゃないわけ」

「美冬より偏差値の低い高校のくせに」

「ウザ」

 表情に嫌悪感を浮かべる。

 秋加が鍋を運んでくる。

「夏未お姉ちゃんの高校も頭いいよー。だって、美冬お姉ちゃんの通ってる県立は県内で一番の進学校だもん。わたしはどっちもはいれそうにないな」

 夏未がペディキュアを塗った足の親指でおれを指す。

「ちゃんと勉強しないと、将来こいつみたいになるよ」

「うるさいな」

 全員が食卓に着く。

 美冬が分厚い本を閉じる。横幅が5センチはありそうだ。背表紙にスティグリッツの『ミクロ経済学』とある。

「消化に悪そう。他に読むものないわけ?」

「もう1冊ありますが」

 スティグリッツの『マクロ経済学』をみせる。

 夏未は首をふった。

「お姉、本当に経済の本が好きだよね」

「田中明彦の『新しい中世』によると、今後、世界は旧来の主権国家と非国家主体が割拠する中世のような政治体制になるそうです。自由主義、民主主義と資本主義、市場経済が普遍主義として認められた世界では、大国間の戦争がおきないからです。だとすれば、これからは経済を支配することが世界を制覇することになります。わたくしは、お兄さまがいまは雌伏のときを過ごしておられますが、いずれ世に頭角をあらわす方だと存じております。そのときお側で尽力するために研鑽を重ねているのです。東大法学部に入学し、政治学を学ぶのもそのためです」

「そんな『野望の王国』みたいな理由で東大を目指すひといたんだ」

 夏未が呆れる。

「というか、雌伏のときって何? このブタ、さっきまでガチャを回して喜んでたんだけど」

「さきほどから気になっていたのですが、《ガチャ》とは何でしょう」

 美冬は小首を傾げた。

 秋加が説明する。

「えーとね。ゲームなかで、現実のお金でゲームのアイテムを買えたりするでしょ。それがクジ引きになってるの」

「そ。かならず手にはいるとわからないもののためにお金を使ってんの。しかも、お兄の場合、ゲームのアイテムって言っても美少女キャラのグラフィックやらボイスやらなんだからね」

 美冬は目を輝かせた。

「つまり投機ですね。すばらしいです! そのような冒険心、つまりは企業家精神が経済を成長させるのです。お兄さまには創業者の才がおありです。それに、興味の対象もさすがです。いまやゲームは新しい芸術として認知されつつあるメディアです。お兄さまの先見性と審美眼にあらためて感服いたします」

 両手を合わせて陶然とする。

「お姉、絶対に経済を舐めてるッしょ」

 夏未が白眼視する。

 つゆりは無言でビーフシチューを食べている。

 この妹たちとも、あと1週間足らずでお別れか。ふとそう思った。


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 おれはワクワクしながら布団にはいった。これで異世界に転移すれば、おれも30歳の間近にして、ようやく童貞を卒業することができる。


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  《小説家になろう運営です》


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 運営


 ユーザID:******

 神☆雷太 様


(このメッセージは小説家になろう内メッセージボックス・登録メールアドレスの両方に送信されています。)


 いつも小説家になろうをご利用頂き、ありがとうございます。小説家になろう運営です。


 本日、神☆雷太様の投稿作品を確認致しましたところ、利用規約第14条6項(ア)に抵触する部分を確認致しました。


 ▼該当作品

 Nコード:*******

 タイトル:真面目系クズの異世界下剋上


 ▼抵触理由

 作品本文中に小説家になろうガイドラインに抵触するわいせつ表現が確認された為。


 つきましては、抵触部分の修正、もしくは当該部分の削除対応を行なって頂きますようお願い致します。

 初動対応と致しまして当該小説に対し、開示設定の設定変更を行なわせて頂きました。

 問題部分の修正が行なわれない状態での設定解除はご遠慮下さい。


 もし、本メール受信後より2週間が経過しても対応が見られない場合は、運営にて当該作品の削除を行ないます。


 また、今後同様の案件を繰り返されました場合は、当該IDの削除等のより厳しい対応を行なわせて頂きますのでご注意下さい。


 今後とも小説家になろうをよろしくお願い致します。


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 窓の外でスズメが鳴いている。

 おれは夢をみることもなく、爽やかな目覚めを迎えた。

 《小説家になろう》にログインし、何があったのかを悟る。

 呆然とつぶやく。

「あの神、サイト上の小説を本物だとみなしやがった」

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