イルム王国編24 王家の農場2

「ところで王家の農場ってしっていますか?」


 翌日の朝、ディエナ姫が言います。


「王家の農場ですか?初めて聞きましたが」


「この近くにある王家が所有する農場ですよ。普通この辺では食べられないような珍しい果物や野菜を育てているのですよ。せっかく近くまで来たのですから早速行きましょう」


「そろそろ王城に戻らないと行けないのでないのでしょうか?」


「それは何時でも出来るけど、農場に入る機会は滅多に無いからそっち優先です。さあフレナ行きますよ」


 そう叫ぶとディエナ姫が外に飛び出していきます。慌てて私も後を追います。……その前に服を着替えないと……。


 着替えにかけた無駄な時間を加えてもディエナ姫に追いつくのは一瞬です。このあたりは畑ばかりで、入り組んだ道は存在しないので、迷ったとしても目視ですぐ場所が分かります。場所が分かればそこまで一跳躍するだけです。


「それで……王家の農場はどちらにあるのでしょうか?」


「ええっと、確かこの辺だったような……」


 どうやら場所を知らずに飛び出したみたいです。


「取りあえず近くの人に尋ねてみましょう」


 聞き込みを開始しました。このあたりでは王家の農場は有名らしく、すぐ場所が特定出来ました。王家の農場は全ガラス張りの建物の中にあり、とても目立つらしいです。ガラス張りと言う事は恐らくミルニス学園の農業研究室と同じ構造をした建物であろうと推測がつきます。


 その場で、垂直跳びして周辺を見渡せば近くにガラス張りの建物があるのが確認できました。


「向こうみたいですね」


「あ……すごいフレナさん、丸で『成敗仮面』みたいです」


 ディエナ姫が何か言っていますがここは聞き流すのが正解です。


 さて王家の農園ですが、ミルニス学園のそれと似た構造になっています。恐らくそのまま移植したものなのでしょう。


 農園の中には王女の顔パスで簡単に入れました。ただ「あ、王女様いらっしゃいませ。またプチ家出で御座いますか?」などと入口で言われていたのが気になります。


 中に入ると「今、メロンが食べ頃で御座います」と農場の支配人らしき人が大きい薄緑の球体を運んできます。大きさは人の頭より一回りぐらい小さいぐらい。この親戚の果物の中には人の頭より大きなものがあるそうです。また球体の表面には網の目の様な模様が浮き出ています。「メロンは本来、春先から初夏の食べ物ですが、ここでは冬でも取れたての果物が食べられます……まぁイルム王国は水に乏しいので、そもそもあまり作ってないのですけど……」と言う話です。


 支配人が緑の球体を包丁で切ると、薄緑色の果肉から汁がほとばしっています。


「メロンは、大変甘くて美味しい果物で、みずみずしいので水分補給にもなるのです。手に入らないのが欠点ですけどね」


 ディエナ姫が薦めます。薦められるままに水が滴るメロンを頬張ります。果肉は柔らかく甘ったるい果汁が口の中に広がっていきます。まるで果実水を飲んでいるかの様に喉の中に流し込まれていきます。そして最後には皮だけが残ります。


「この皮も加工すれば美味しく食べられます。メロンに残す場所は無いのです」


 ヤケに自慢げに言って居ますが、このメロンは、ディエナ姫ではなく農場で働いている人達が育てたやつです。ま、メロンは美味しく頂きましたが。メロンと言う食べ物は暖かい所で育つ果物ですが、暑すぎる環境では上手く育たない果物で、イルム王国は夏は暑すぎるので春先から初夏に掛けて栽培するのですが、この時期は、水に余裕がなくイルムキビを栽培を行わないと行けないので育てる余裕が無いそうです。そのため、温室で冬場にメロンを育ててみれば良いのでは無いかと言うアイデアが出て、試しに育ててみたところ通常よりみずみずしく甘いメロンが出来たそうです。それから農園の一角で王室に献上するメロンを育てているそうです。


「……とは言ってもここ2−3年ぐらいの話です」


 支配人が言います。ガラス張りの建物はあまり広く無いのでメロンだけを育てる訳にはいかないそうです。王宮で日常使う野菜類が農地の大半を占めているそうです。


「今年は王宮があの状態なので余りそうです。売るほど生産できればイルム・メロンとして販売できるのですけど」


 王家の農場には普通の畑も当然あります。そこでは様々な工夫をして冬でも野菜が育てられる様にしていました。


「例えばですね、蓄熱石と言うものを日に当たる様に於いてやると夏野菜が冬にも育つのですよ。風を遮りますし、太陽の熱を蓄熱し、作物を寒さから守ってくれるのです。蓄熱石は普通に切り出した石でも出来ます、農場では温度を安定させ為に錬金加工を施したものを使っています。ただ、場所を食うのであまり沢山の作物が育てられないのが欠点ですね……」


 支配人が説明しているとディエナ姫は、私の前からいきなり全力疾走を始めます。


「そういえば、向こうにの畑には……があったんだった……」


 そう言いながら畑の中を全力疾走していきます。流石に放置する訳にはいかないので追いかけることにします。振り返るのが面倒なので後ろ向きで軽く早足でディエナ姫を追いかけます。そして、ディエナ姫の正面まで出ます。


「……フレナ、後ろを向かなくて大丈夫なのですか?危ないですよ。転びますよ……私は前を向いても走っても転んでしまいますから」


 ディエナ姫はそう言いながら危なっかしく走っています。恐らく危なっかしく見えるのは、走り方に問題があるからだと思います。


「それなら問題ありません、ディエナ。私は常時、上下前後左右全方向知覚していますから見なくても大丈夫なのです。目は前にだけついている訳ではありません。目をつぶり気配を感じ取れば、如何なる場所も見ることが出来るのです」


「……それなんかの草子に出てきたセリフっぽいですね。しかし、フレナは、地面を見ずによく障害物を避けられますね」


 草子のセリフっぽいと言う点には遺憾の意を申しあげたい。


「しかし、話ながら走るとディエナは危なっかしいですね……しゃべるか走るかのどっちらかにした方が良いのでは無いでしょうか?」


「ええ、ぞ、ぞ……ろ、息……ぐ……るしい……ので……そ……し……す……」


 息をぜいぜいしながらディエナ姫が言います。


「こ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 ディエナ姫が何かを言いかけました、息が上がったようで上手く言葉が出てこない様です。その場に立ち尽くし腰に手を当てて、浅い呼吸を繰り返しています。息を整えているようです。ところで姫は一体、何がしたかったのでしょう?まぁ、この人の考える事を詮索しても意味が無いですけど……。


「はぁ……はぁ……久しぶりに走ったらから疲れました。フレナ、ティータイムにしましょう」


 ところで、何の為に畑の端から端へ走ったのでしょうか……そのまま元来た道をゆっくりと歩きます。どうやらはディエナ姫は慣れない部分を無理やり動かしたようで疲れが抜けない様です。脇腹を押さえながらフラフラとした足取りで歩いています。……もしエレシアちゃんが居たなら魔法で回復してくれるのですが……残念ながらエレシアちゃんが今どこに居るのか詮索するのが禁止されています。


「おぶっていきましょう?」


「それなら……お姫様抱っこでよろしくお願いします」


 いきなり何を言っているんでしょうか?この姫は……。こういう訳の分からない返し方は本当に姉そっくりなのです。仕方無いので《浮遊》させてから引っ張って連れて行くことにします。


「何、新しい放置プレイ、それとも羞恥プレイ?……でも周りに人がおりません……」


 ディエナ姫は、ずっと意味不明の事を言っていました。

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