イルム王国編23 王家の農場1
その後、買い込んだ食糧を持ってそのまま隠れ家に移動します。街道から大きく外れた場所にあるだけあって周りには何も無いところです。川の近くなので周辺は無理矢理作ったような畑に囲まれています。畑の中にある家って目立ちそうな気もしますが、建物の壁が周辺の土色に溶け込んでしまっているので注意深く目をこらしていないと遠目では畑の中の一部に見えそうです。このあたりの川幅はかならい狭まり、歩いても十分渡れそうな感じです。アルビス市民国から分流したこの川はこのままイルム王国の王城から更に東まで続いていますが、そこまで行くと川は干からび水が全く無いそうです。また手前には運河がありメルクスの貯水場に水を引き込んでいます。
エルフの王国の所有する隠れ家は外からみるとイルム王国の標準的な建物でです。内部も若干どころか何も凝っていません。無機質な壁と床だけです。最低限必要なもの以外は何もおいてありません。エルフらしきものは何も置いていないと言うのはまごうなき事実です。その建物は外周のロの字に沿うようにいくつかの部屋に区切られており、ロの字の内部には、中庭があります。などはここから間接的に取り込むしくみなっています。フェルパイアの建物は夏の暑さを凌ぐために基本的にこのような構造になっていますが、この隠れ家も全く同じ構造でした。中には池があり水が溜められる様ですが、今は空っぽの状態でした。必要ならば水を補充しないといけないかもしれません。
到着してまずしたことは着替えです。この国の衣装は正直動きにくいので、巾着から緑色の狩猟服を取り出してそれに着替えます。改めて着てみると服で外を歩くと確かにこの姿は目立ちすぎます。ただ、ディエナ姫が、悪目立ちしまくっているのを見なければ気がつかなかったかも知れません。イルム王国の服は、地味な色合いが多く周辺に緑が少ないの緑色が非常に目立つのです。着替えが終わると「フレナさんって実はエルフだったんだ。変装が上手いですね」とディエナ姫が言います。むしろ今まで気がつかなかった方が不思議です。大バザール時とは違い、今回は変装も幻術も使っていないので何も隠して居ません。
後は食材をオーブンに放り込んで調理します。今日の夕食になります。簡易オーブンは便利です。
「ところで、爺やと言うのは一体誰なのでしょうか?」
「爺やは爺やです。確か宦官の中で一番偉い人だったかな?」
確か宦官と言うのは、偉い人の後宮——ハーレムと言った様な気がします——で働く男性で、後宮に住んでいる女性に不埒な行為をしないように生殖機能を取り去った人達だったような気がします。どうたって生殖機能を取り去るのかよく分かりませんけど……。そのような人達は、奴隷から選ばれてなったり、自薦したり、刑罰を受けてなったりと色々事情があった気がします。
「そうすると王宮の中でもそこそこ偉い人でしょうか?」
「多分そうかな?パパも爺やには頭が上がらないみたいだしね」
どうやら影の実力者みたいです。
「爺やは、前の国王……つまり、おじいさんの時代からこの王国の後宮でお嫁さんのお世話をしていたらしいよ。だからパパの小さい頃の恥ずかしい出来事も全部知っているからパパって頭が上がらないみたいね」
その後もディエナ姫から爺やについての話を沢山聞かされましたが王女がいたずらして捕まってしかられる話が余りに多すぎました。
「もしかして、ディエナって爺やっ子なんですか?」
「そうかも知れません」
ディエナ姫がふっふっと笑います。こうして見ると可愛いですし、普通の子に見えます。胸も理想に近いカーブを描いています。ただ、昼間の怪しい挙動がかなり残念すぎます。おそらく動かなければ可愛いのに動くと残念な子と言われて育ったのでは無いかと思います。まるで私の姉みたいです。そう考えると親近感がわいてきます。
しかし、この隠れ家、隠れる以外のする事が無いのでかなり暇です。食事の用意と片付けをしたら他の時間は暇です。食事の準備と言っても素材を切ったら、煮るか焼くぐらいの調理しか出来ない場所なので、片手間に火の魔法を使えば出来ますし、掃除と洗濯は風魔法と水魔法で出来ます。精霊さんが使えればもっと楽なのですけど……。後はお風呂に入るぐらいですがこの隠れ家には風呂桶が無いのです。それぐらいエルフらしい所は残しても良かったのにと思います。
そして、王女は疲れてていたのか食事が終わるとそのまま机の上で寝ていました。正直邪魔なので、魔法で浮かせてベッドに投げ込んでおきました。
《念話》で向こうに連絡を取りたいのですが、しばらくは無関係を装いますから、連絡はこちらから行います、そちらからは絶対行わない様にと釘を刺されているので連絡も出来ません。精々置いてきた竜を媒介にしてエレシアちゃんの寝顔を拝む事ぐらいしかすることが無い状況です。外出するにも名目上は王女のお守り役なので、王女を置いて外出する事も出来ません。そもそもこの王女をそのまま外出させるのは余りに危険です。ほとぼりが冷めたら王城に送り返さないと行けません。恐らくそのように筆頭書記官は爺やと話をつけると思います。
しかし、余りに暇すぎるので筆頭書記官が感想文を寄こせと無理矢理おしつけられた、おもろ草紙の『成敗仮面』を読むことにしました。
成敗仮面と言うのは仮面をつけた二人組の魔女が悪い領主や商人を懲らしめる勧善懲悪の話の様です。短編が数話入って一冊になっています。どの物語も最後の方で懲らしめる前に言う決めゼリフがあり、「主の代理人、成敗仮面参上、成敗しちゃうぞ」と言うセリフを恥ずかしげもなく叫ぶのです。
「……こ、これの感想分を書かないと行けないのでしょうか……」
全く、書ける気がしません。書斎で白紙の紙と格闘しているとディエナ姫が勝手に部屋に入ってきました。さっき寝たはずのに、どうやらもう起きてきた様です。
「あ、これ『成敗仮面』だ。小さい時何度も何度も読み返した懐かしい本じゃないの……。昔ね、大きくなったら成敗仮面になるって書いたんだ。そして悪い王様をやっつけるって、そしたら爺やに、あなたは、父上をやっつける気ですかと怒られたんだけどねぇ」
……などと言いながら腕を手に振り上げて決めポーズをしています。決まったと思いきやその瞬間、丸眼鏡がずり落ちます。それを慌てふためきながら直しています。どうにも締まらない王女です。
「ところで、そのポーズはいったい何でしょうか?」
「フレナさん知ってます?『成敗仮面』って大衆向けの娯楽演劇の題材になっているんだよ。悪役を倒す前に、この決めポーズをするのが演劇のお約束なんですよ。これは、王城を抜け出して下町まで娯楽演劇を除きに見に行ったからよく知っているんだな……。上級国民向けの芸術演劇は私には窮屈で退屈なんだよねぇ」
それより恥ずかしげも無くその格好が出来る事に感心しました。この王女のキャラはどうも昔から悪い方にぶれていない様です。その後も感想分のネタが思いつかないので先程聞いたディエナ姫の武勇伝をそのまま紙に書き起こし筆頭書記官に感想文として送りつけることにしました。これでこのお仕事はおしまいです。
「……あ、でもこれよく見たら『成敗仮面』の新作じゃん。私にも読ませて」
横にのけてあった本を覗き込みながら王女が言います。
「それなら勝手に読んで構いませんよ」
そこで、後で返すので……と言いかけましたが、筆頭書記官は同じ本を2冊買ってしまって、こちらに1冊押しつけたみたい感じなので返す必要が無かったのを思い出します。あの本は王女に押しつけて置きます。
「じゃあ、早速読もう」
『成敗仮面』の本を抱きしめながら王女が寝室の方へ向かいます。まるで嵐の様な人です。しかし、何やら悪い予感しかしません。ディエナ姫と成敗仮面、また、おかしな錬金反応を起こしそうです。
嵐が過ぎ去ったので、そろそろ片付けをして寝ることにしましょう。その前にお風呂は欠かせません。お風呂が無ければ作れば良いのです。中にはを掘って固めれば風呂桶は出来ます。そこに水を魔法で収集して、お湯に替えれば簡易お風呂ができあがります。こんな所を覗く人は居ないと思いますが《闇の帳》で一応周りから見えない様にして起きました。
お風呂に入ってゆったり……。エルフの王国を出てからお風呂に入る機会がめっきり減っているいので、全力でお風呂を楽しむことにしました。しかしお風呂はいつ入っても気持ち良いものです。大きなお風呂に入るのも良い物ですが、一人でのんびり入る入るお風呂も風流です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます