イルム王国編11 大市場3

「ここが、リアントの大市場グランド・バザール


 それは見れば分かりますが……。白い石で作られたドームの天井には幾何学的紋様が刻まれています。大きな市場にテンションが上がります。大市場は多くの人が行き交う場所ですが交通規制が引かれている所為か心なしか人手が少なく代わりに猫が行き交っている気がします。


「天井の紋様には何か意味があるのでしょうか?」


「んー知らない。それより向こうに壺売り場があるよ」


 この商人に物事を聞くのが間違っていました。仕方が無いので大市場に入ってすぐの一角を覗くと壺を売っている店が幾つも並んでいます。


「壺屋さんばかりですね……」


「大市場は同じもの扱う専門店は同じ区画に集まっているのよ。固まっていれば店を探すのも楽でしょ」


 どの店も所狭しと壺が積まれています。うっかり壺屋さんで転んだりしたら大惨事になりそうな気がします。恐らくこのドジ商人は平然とそれをやるでしょう。


「……大惨事にならないと良いですね」


「何のことですか?」


「何でも無いですよ」


「壺は重いし、すぐに買うモノでは無いよね。じゃあ、向こうの絨毯屋はどうかしら?」


 そちらには絨毯が山ほど積まれている店が軒を連ねて並んでいました。麻、虫糸、毛糸の絨毯に色とりどりの模様が施されていました。大体の絨毯は幾何学的模様が編み込まれており、花、動物、風景などをモチーフにした絨毯は逆にほとんどありませんでした。この模様に何か意味があるのでしょうか?花、動物、風景などを絨毯のモチーフにしないのも何か意味があるのでしょうか?そのあたりの理由は分かりませんでした。


「絨毯にも特に用事は無いですが……」


「あら、この絨毯、素材の割にわりかし安いのね。刺繍に金糸なんかは使われていないけどセンスがかなり良いから運んで行けば結構高く売れそうねぇ。でも今はお金ないし……キープしてもらうかしら……でもしばらく宛がないからなぁ……多分足元みられるな……」


 女商人は独り言を言っていました。そちらに用は無いので案内人を自称するなら自分の世界に入らないで欲しいところです。


「あのー、案内の途中ですよね」


「……あー、忘れていました。それでは次の場所に行き……行くよぉ」


 ……素で忘れるとか大丈夫でしょうか……この人、商人として大丈夫でしょうか?そこはかとないポンコツ感がにじみ出ています。


「それより水晶とか金属を売っている店とありませか?」


「宝石商ですか?少し待て……ん……」


 女商人は胸元から地図を広げてじっと睨めっこして居ます。地図を覗き混んでみると『初めてでも大丈夫、リアント大市場攻略マップ』と書いてあります。この商人、実はこの街に来たことないのでしょうか?かなり心配になってきました。そももそ宝石商ではなく金属商か錬金素材屋さんにいきたいのですけど……。


「よし、分かりま……った。こっちだ」


 地図を折りたたむと女商人が歩き始めます。何度か行き止まりに行き当たり、そのたびディアナは地図を広げてここは何処なのかいちいち確認していました。5回目のトライで目的と思われるところに到着したようで女商人が口を広げます。


「さぁここです」


「……しかしここは宝石細工やアクセサリーのお店ですよね。私は宝飾店ではなく錬金素材が売っている店に行きたいのですけど」


「ああ、そうだっけ?ちょっとまって」


 女商人はまた地図を広げ始めました。その間に宝石細工の店主に素材が売っている区画がどこか聞いておくことにします。情報量代わりに適当に安いブローチを見繕って買っておきました。いつか何かの役に立つでしょう。


「……あ、フレナさん、場所を思い出しました」


 ちょうど買い物が終わった頃、地図を胸元に仕舞いながら女商人が言います。


「こちらですよね」


 ディエナを黙らせて私は店主に教えて貰った方向に進みます。この女商人に案内を任せたら明日の朝になっても到着しそうにありません。しばらくすると宝石の原石や金属素材を扱っている区画に到着しました。ここは魔道具の材料を扱っている区域の一部で、この周辺には薬草や不思議な液体や魔獣から剥ぎ取った素材を売っている区画もありますが、今回はそこには用事は有りません。


「ここ、ここに案内しようと思っていました」


 素材屋の区画の前で女商人が跳ね飛びながら言います。ホントは検討違いの場所に案内しようとしていた気がします。


「はぁ、分かりました。これはお駄賃です」


 先程買ったブローチを渡します。持っていても仕方無いので……。ディエナは目を白黒させながらブローチをずっと眺めています。


「こんな高いものを貰っていいのか?」


 ……いえ銅貨一枚の安物です。どうも商品の目利きも悪いようです。


「まぁ、それはお礼と言う事で必要無いので上げます」


「じゃ、貰えるものは貰っておく。……路銀も乏しいし」


 ……などと言いながら胸元にブローチをしまい込んでいます。ところであの胸には収納魔法でも掛かっているのでしょうか?


 それはともかく宝石や鉱石などの原石や素材などが置いてある素材屋の一角はカオスな大市場グランド・バザールの中でも更にカオスです。雑多な石が適当に並んでいたり、中には樽の中に十把一絡げにいろんな素材が放りこんであったりします。一体どうやって販売するのでしょうか?そもそも隣店との境界が良くわかりません。


 それはともかく《拡張念話》端末の核と筐体の素材になりそうな石を適当に見繕って行きます。それを私、ルエイニア、左右の2人、エレシアちゃん、筆頭書記官の6セット分。最低必要なのは魔素マナを込める魔石にする水晶とそれを保護する筐体素材です。それ以外に鉛板と銀板と鉄板言ったところを見繕うことにします。鉛はガラスの材料の1つでもあるのでガラス細工が特産のイルム王国では取り扱い量が多いようです。これがアルビス市民国だと銀と鉄はともかく質の良い鉛は手に入らないかも知れません。


 それから《拡張念話》の中継器アクセスポイントになる魔道具の素材一式です。本来、ミスリルを使いたいですところですが十分な量の取り扱いが無いで銀ベースで妥協することにします。銀ベースの場合、強度が心配になりますがこれは鉄で周りを覆い《硬化》を付与する事で対処することにしました。付与魔法と《念話》と干渉する可能性が考えられるので《念話》の波動が中継器の核部分に届くような幽界誘導体になりそうな素材もかき集めます。この素材は共通語では漠然と素材としかかけないのですが、樽の中にある石の中をいくつか砕いて錬成すれ作れるので、樽の中に乱雑に放り込まれている石を一つ一つ見繕いながら材料になりそうなものを選びだします。


「嬢ちゃん、こんなガラクタみたいな石を大量に買うとかもしかして錬金術師?」


 店番のおっさんが声をかけてきます。


「まぁ似たようなものです」


 正確には、魔法剣士ですが……誰も魔法剣士と呼んでくれずに『賢者』とか『物理でどうにかする魔法使い』、『灰色の魔女』など誰もまともに職業を呼ばれたことがないのでもう諦めました。


「それならこれなんかも良いのでは無いは?」


 ——などと言いながら店主が怪しげな液体を持ってきまそした。流体金属です。液体状の金属と言えば水銀が有名ですが、これはそれとは全く異なる流体金属です。恐らく《里》でレンリニウムと呼んでいるものの用です。共通語やフェルパイア語では別の名前がついているかも知れませんがどう呼ぶかは分かりません。確か古の魔法使いの時代に高性能ゴーレムの姿勢制御に使っていた流体金属と同じしろものだったような気がします。因みに流体金属には水銀やレンリニウム以外にもいくつか種類があるのですが知る限るでは共通語ではその区別をしていない気がしました。知らないだけかも知れません。フェルパイア語ではどう読んでいるかも不明です。これは推測ですが上位古代魔法語と《里》の言葉を使わないと全ての流体金属を区別できない可能性がありそうです。


「——これは流体金属ですね」


「ほお、さすが錬金術師様、お目が高い。実はこの流体金属、大量に仕入れたモノの買い手がつかなくてなぁ……勉強するから少し買いませんか?」


「それは使い道が無いと言うことでしょうか?」


「使い道は聞いた事はないな。……錬金術師が実験用に買うぐらいかのぉ」


 ……流体金属は使い勝手が良いので便利なのですが恐らく人間さんは使い道を知らないのでしょう……。


「少し買っていきたいところですが、流体金属は持ち運びにかさばるものなので買えそうにないです」


 液体のままいきなり巾着に放り込む訳にもいかないですし、放り込むにもちゃんと密閉保存する必要があります。そうしないと巾着の中がグチャグチャになりそうです。


「それなら運ばせましょうか?」


 それも難しいです。今泊まっている屋敷は恐らく監視されていますから裏で何かやっているとバラすようなものです。


「残念ながら旅の途中でよっただけなので届け先はかなり遠いのでまた機会があればお願いします」


「それは残念ですね」


 店番は肩を落としていました。


 一通りの材料を買うと金貨3枚ぐらいでした。一番高かったのは銀の板でした。銀の板はかなり薄く引き延ばして使うので、実際にはそれほど量は必要ありません。ただ錬金の材料として必要なのは純銀です。特にこの手の魔道具には高い純度の銀が必要になるため銀貨を潰して簡単に作れるしろものでありません。銀貨には少量の金や多量の銅などの不純物が混じっているからです。銀の純度を錬金で引き上げることも可能ですが、それには場所と時間がかかるのでモノが手に入るなら買った方が早いです。しかも、買った銀板の純度は予想以上に高く恐らく純度99.99%ぐらいあります。超高純度とは言わないまでも高純度と言える質の良い純銀でした。気になる部分は黒ずまない様にするための保護皮膜が貼られているくらいでしょうか?銀の黒ずみ対策は錬金皮膜より付与魔法で対処した方が取り扱いが楽なのですが……勿論、お価格の方も高くなっていました。銀板の中央にはドワーフ文字で『ドワーフの王国ギズム工房第四等品』と言う銘がさりげなく刻んであります。ここでもドワーフの工房が暗躍しているようでした。ちなみに同じ純度で同じ分量のミスリルを買おうとするとアルビス市民国で稼いだ賞金を全てつぎ込んでも足りないぐらい価格になります。そもそも、在庫が置いてありませんでしたけど——。ちなみ店番にこの銀板について聞いてみると、確かにドワーフの工房のものだそうです。イルム王国でも銀板は作っていますが通常の用途ならともかく錬金術師を唸らせる品質になるとドワーフの工房産には叶わないと言っていました。


「フレナさんは錬金術師なのかぁ?あたしの為にも何か作れないの?」


 ディアナが言います。


「……作れません。それよりもう日が暮れそうなので食べ物を買いに行きますよ。肉串とアイスクリーム」


「もしかしてアイスクリーム……食べられるので……食えるのか?」


 この行商、ヤケにぐいぐい来ます。目利きも駄目ですし、情報にも疎いみたいですけど。それはともかく急がないと店が閉まってしまうので、近くの広場で慌てて肉串とアイスクリームを買い込みました。店主に一個オマケしてもらったのでディアナに渡します。


「この恩は忘れないわ……ぜ」


 ——と言ってディエナ去って行きました。恐らく、次にあった時は、更にろくでも無い事に巻き込まれる様な気がします。


 ディアナと別れると日が暮れる前に屋敷にこっそり戻りました。段々遠ざかるディアナは恐らく道に迷って大市場のなかを彷徨うのでしょう。

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