アルビス市民国編11 最初の試合

 闘技場は少し歪んだ楕円状の技場の周りを高い壁が囲っており、その上には階段状の長椅子が囲まれています。長椅子と言うより階段に座る感じみたいな感じです。その階段が何段も続いています。上の方はかなり高い場所にあり、ぱっとみて少なくとも一万は入れる様な感じです。里と比較できないぐらいの沢山の人達がこの試合を見られます。そもそも技場自体が《里》の家全部入りそうな大きさがあります。そう考えるとなぜだか少し緊張してしまいます。流石にそれでは不味いので、ここは森だと考える事にしました。競技場の周りを囲んでいるのは森の木です。昔、森の中に空いた広場で戦闘訓練している様子を思い出しました


 ……おおよそ百年前ほどまで森の中で戦闘訓練をよくやっていました。


「——続いて、新参冒険者エルフの魔法剣士フレナだ〜〜〜〜」


 外から名前が呼ばれたので競技場の中に入ることにします。ここの闘技場は《拡声術式アナウンス》で闘技場全体に声を響かせているのでしょう。呼びかける声は会場全体に聞こえている様で、その瞬間ざわめきが起こりました——これは木々が風に揺られてざわついているだけと捕らえ直して会場の中に入場します。


 続いて相手方の名前が呼ばれます。


「——相手するのは歴戦の勇者狂戦士の……だ~~~~~~」


 観客の声……もとい木々のせせらぎでかき消されて名前がよく聞こえませんでした。実際のところは、少し考え事をして聞き逃しただけです。競技場の指定の場所まで移動し、試合相手をよく見るに筋肉質のがたいの大きな男の様です。鎧はほとんど着けておらず、まるで筋肉が鎧であると宣言しているような姿格好をしていました。かいなは頭一つぶんぐらいの太さがあり、その右腕に巨大な棍棒を持ち頭にはお飾りとばかりの兜と胸に丸盾で心臓を庇えれば良いと割り切った鎧の様なものを着けているぐらいです。それ以外には足に脛当てと手甲を付けているぐらいで、腰回りは布を巻き付けているだけでした。


「……グル……グルルル……」


 目の前に半裸の男が口から涎を垂らしながら獣の様な雄叫びをあげています。そしてその目は完全に逝っていました。これはある種の草を飲んだ時の様子に似ています。その草は即効性の薬と遅効性の毒の両方の作用を持っている変わった草だったはずです。即効性の効能は痛みが和らぎ幸福感を増幅させる効果が有ったような気がします。遅効性の効果としては頭が悪くなり凶暴化する……でしたでしょうか。見立てた限りではそれ以外にも筋肉を増強させたり、スタミナの上限を肥大させたり、攻撃本能を増幅させるような何種類の草を飲んでいる様でした。このような草は《里》では毒草に分類されます。メリットよりデメリットの方があまりに大きいからです。刹那の多幸感の為に知能を削る意味がありません。少なくとも《里》ではそう考えるのが普通です。


 毒草に分類されるこのような草に限らず薬草でも摂取し過ぎると死ぬ可能性はあります。そもそもこの世に安全な薬など存在しないわけです。そのため通常、複数の草を旨く組み合わせる事で良い効果を最大限に引き出し悪い効果を最大限に抑える必要があります。この点に関しては《里》ではしつこいぐらいに暗唱させられたのでトラウマになるレベルで覚えています。逆に毒草も使いようによっては薬にになります。薬草にほんの少しの毒草を混ぜる事で威力を増強させることも可能ですし毒の効果と引き換えに痛み止めや傷の化膿止めなどの効果が見込めたりします。


 ちなみ《里》では、毒草同等以上に効能があり副作用がほとんど無い薬草が家の庭などに普通に生えているので毒草に分類される草は滅多に使われません。


 もう一度目の前の男を見立ててみると恐らく痛みを感じなくするため鎮痛と筋肉増強の効果を持つ複数の毒草を組み合わせて試合の始まるほんの少し前に飲んだ感じです。そして繰り返し服薬しているうちに毒の限度を超えてしまったようです。恐らくトロルに匹敵する打撃力と打たれ強さと引き換えに頭の知能と健康を犠牲にしています。ここまで酷いと《解毒》の魔法で直るかは難しく肉体は回復出来るでしょうが剣闘士としては引退、知能の方は死ぬまで回復しないと思われます。


 この人には、ここまでして戦う意味があるのでしょうか……少し疑問です……などと考えて居ると……


「試合始め!」


 《拡声術式》で闘技場に声が響きわたり大きな銅鑼の音と共に試合が始まります。


 目の前の男はいきなり突進してくると「グル……グルルル……」と叫びながら棍棒をこちらに振り下ろしてきました。


 しかしながら動きがあまりに遅すぎて止まったように見えます。足を半歩ずらすと目の前に棍棒が叩きつけられました。


 「どーん」と言う大きな音と共に競技場の床がひび割れを起こしました。棍棒が床に半分ぐらい埋まっています。


 そのようすを見た観客から大きな歓声……もとい、森のざわめき……が闘技場の中からあふれ出してきました。「もっとやれ——」「ガンガン殴りつけろ」などと言う声も聞こえてきます。人間さんはこういう派手だけど非常に非効率な戦闘を見るのが好きなのでしょうか?


 一方目の前の男は床から棍棒を持ち上げると今度は横なぎにふるって来ました。相変わらず動きが遅いので胸を軽くそらすとその上を棍棒が空を切ります。男と棍棒はそのまま一回転してまた床にドシンと大きな音をたてながら再び床に突き刺さります。今度は深く突き刺さったようです。


 男が棍棒を抜こうとしているので軽く投げナイフを放り投げてみます。ナイフは筋肉の鎧に弾かれ飛んでいきます。身体には傷一つ着いていません。どうやら予想以上に肉体強化がなされている感じです。


「……相手が後ろ向いている所を狙うとは卑怯だぞ」と言う罵声……もとい枝の擦れる音……が会場の上の方から聞こえてきました。仕方がないので男が棍棒を抜き終えるまでそのまま待機することにします。そうすると今度は「……なぜ、あのエルフは、隙だらけの男に攻撃しないのか?」と言うささやき声……木のざわめき……が聞こえてきます。私はいったいどうすれば良いのでしょうか?観客席の森の木々のせせらぎは一切無視する事にしました。


 しかしながら、この男の強引に毒草で強化した肉体が一体どれぐらい持つか観察してみたいところですがそんな長々と試合をやっていたらさらなる罵声が飛んできそうな気もします。


 男は床に深く突き刺さった棍棒を抜くのを諦め今度はこちらに前傾姿勢で突進してきました。どうやら肩に付けた丸盾と兜でこちらを打撃しようと言うたくらみの様でした。


 猛烈な助走を付けて前傾姿勢でこちらに突進してきます。軽く避けるとそのまま真っ直ぐ突っ切って行き壁ギリギリの所で急ブレーキをかけ、豪快にターンしながら再びこちらに突進してきます。何度避けてもひたすら突進を繰り返して来るので避け際にナイフを突き立ててみます。「カチン」と言う音をたってナイフが弾きかえされます……どうやら金属ナイフぐらいは軽く弾き返すぐらいの硬度をこの男の筋肉は持っている様です……その筋肉は更に膨れ上がり血管が浮き上がってきました。男は更に筋肉強度を増した様でした。


 突進・急ブレーキ・ターン・突進・急ブレーキ・ターン・突進・急ブレーキ・ターン


 ひたすら繰り返しても全然息が上がっていませんでした。


 ……変わりに男の身体中の血管がドンドン浮き上がってきます。このまま試合を続けると結構ヤバい感じがします。放置しておくと相手の男の血管が破裂し毒に侵されてそのままお亡くなりになってしまいまいそうな勢いです。


 少しグロテスクな感じがして悪寒がしたので、そこで即効で試合を終わらせてしまうことにしました。相手が突進くるエネルギーをそのまま下からのエネルギーに変換させます。具体的には突進してくる男の下に潜り込み右腕を上に挙げます。挙げた腕を相手の男の顎を突き上げ頭蓋を震蕩させます。男はそのままふらついきます。それでもまた体勢を立て直そうとしながらこちらに突進してこようとしています。


 しかし口からは泡が吹き出し目は血走り瞳は虚ろで虚空を見つめている様です。今度は首の後ろから手刀を軽く打ちます……軽くとは言っても……理気術の応用で内気で強化して打撃しているので十分なダメージは与えられているはずです。


 男はこちらを向いて突進してこようとしていますが、その体制のまま微動だにしていません。どうやらそのままの姿勢で気絶して居るようでした。


 しばらく経ち審判が男の様子を確認し「——この勝負あった!エルフの魔法剣士フレナの勝ち!!」と言う《拡声術式》がありました。


 ——という訳でまずは一勝しました。


 その後、三連勝しました。印象に残らなかったので割愛します。二戦目は剣闘士、三戦目は獅子、四戦目は巨大熊でしたか?どの試合も魔法の出番は無く剣だけで勝てました——初戦では『剣も魔法も使わない魔法剣士って格好いいと思っているのかな?』などとヒソヒソ話しされていたので多少は剣を振るわないと行けませんでした。

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