デレス君主国4 親バカの巻

「そういえば〔大ハン〕の後継者の本命は誰なのでしょう」


「本命か……順当なら長男のクユグ殿だが……既にデレスにおらんからのぉ」


「なぜ西の方で傭兵をやっているのですか?」


「これは二十数年前の話じゃ……。クユグ殿は《黒い山羊》氏族の族長の息子ともみ合いになりこれを殺してしまった訳じゃ……」


「それは問題ですね」


「黒い山羊氏族の族長の申し立てによれば族長の息子の妻に手を出したことだが、クユグ殿を問いただしたところ何も言わないまま出奔してしまった」


「それは死刑になるからでしょうか?」


「……それがそうでもなくてじゃ」


「はぁ」


 即刻死刑のこの国において死刑にならないとはどういう事情があるのでしょうか?


「捜査の結果……実は族長の息子が父親の妻に手を出そうとしていたのじゃ……」


「それを咎めたところもみ合いになったと……」


「ここからがややこしいのじゃ……こに場合、喧嘩両成敗になるわけじゃ。つまり死刑になるのは父親の妻と族長の息子じゃ」


「父親の妻ですか?」


「そうじゃ、喧嘩両成敗じゃからな」


「……父親の妻は争いとは全く関係ないですよね?」


「そうであっても掟では死刑なのじゃ。いいか掟は絶対だ。家と氏族の名誉を守るために必要な掟者からの」


やはり理不尽に死刑になるみたいです……〔大ハン〕の長男が死刑でないのはやはりレアケースでした。


「そのことが分かって〔大ハン〕は何度も呼び戻そうとしたがクユグ殿は『私は既に死んだ身です』と言って帰ってこない……そして二十数年が経ってしまった」


 どうやら理不尽に理不尽を重ねて出奔してしまったようです。


「ところでクユグ殿はいくつになられるのでしょうか?」


「数え間違えがなければ四十かのぉ……」


 そうすると出奔したのは十五ぐらいのようです。十五といえばまだ生まれたばかりの子どもです。人間さんはとても成長が早いのでしょうか?


「それでは次男はどうなのでしょうか?」


「んー次男か……次男のジナグ殿は乗馬が上手くなくての……馬を走らせたまま弓を射られぬのじゃ……。長男のクユグ殿は独立する前に出奔したので〔大ハン〕の息子の中では一番最初に独立したのだが才覚はいまいちでな……未だに独立したときと羊の数が全く変わらぬのじゃ。やはり〔大ハン〕となるべきものは羊の数を二倍三倍に増やせるぐらいの才覚が欲しいもののじゃ」


「全く変わらぬのですか?」


「そうじゃ独立してから十数年立つが一頭も増えておらぬのじゃ」


羊は死んだり子どもが産まれたり常に増減を繰り返しているわけです。ずっと増減0を維持しているのは何か奇蹟でも起こしているのでしょうか?それとも綿密に数を計算して調整しているのでしょうか?周囲の評価と違いこの次男なかなかのやり手ではないのでしょうか?しかしデレスの〔大ハン〕はどうやら派手な方がよろしいようです。


「三男は病弱なのでしょうか?」


「ああ、サトゥ殿は半年前から落馬してから表に出てこなくなったのぉ……じゃが四男シドゥル殿は凄いぞ。羊の数は数年で倍にするし気前も良い。即決即断の竹を割ったような聡明さじゃ。六男のムルク殿はそれより聡明じゃが惜しむらくはまだ十歳なのじゃ……」


 人間さんは十歳で聡明なのか分かるのでしょうか……まだ産まれたばかりな気がするのですが……それに独立はしてないようで母親が後見しているようです。


「六男殿は十歳でも分かるぐらいに聡明なのでしょうか?」


「そうじゃぞ。それに目に入れても痛くないぐらいに可愛いぞ。また母親が聡明なのじゃ。賢くて可愛い。これほどまで〔大ハン〕にふさわしいとは思えんやつはおらんぞ」


「その母親とはどういう人なのでしょうか?」


「それは、わしの娘じゃ」


 もしかしてこれは薄い本に書いてあった親バカと言うものでしょうか?恐らく虫も食わないとされている親バカなのでしょうか?それから延々と族長の孫と娘の自慢話を聞かされる羽目になりました。初めて口にした言葉とか族長の名前を呼んだこととか立って歩いた話とか馬に乗った話とか……この辺りは、どうでも良いので省略する事にします。


そろそろエレシアちゃんの方が気になります。未だに〔大ハン〕とお話しているのですがその周囲の輪がまた人が増えている様でした。ここでもう一人増えても良い気がするので、こっそりお邪魔させてもらうことにしました。


「お邪魔します」


 こっそり話の輪の中に加わってみました。


エレシアちゃんと〔大ハン〕共に通訳を立てて会話をしており、やりとりが遅々として進展しいないようです。〔大ハン〕が何を話しているのかよくわかりませんし、この会話は通訳がいないと進みません。デレスの言葉は聞いた限りでは、それほど難しくは無さそうですが文字に書かれた文献が無いのでなじみが無いので少し手こずりそうな感じです。それから1つ言葉を紡ぐと真意を測っているのか諮問が始まります。どうも〔大ハン〕が部下に意見を尋ねてそれから一呼吸置いてから次の言葉を紡いでいるようです。そのために多くの人がこの会話に参加している感じでした。〔大ハン〕と言うものはいろいろな人の話を聞いて決断を下さないと行けないらしくかなり根気が要る仕事な気がします。現在〔大ハン〕の返答を待っている所なので今の状況を秘書官に尋ねてみました。


 秘書官によればエルフの王国とデレス君主国の間の取引が行われているとの話です。


 エレシアちゃんは派遣団の団長とは言えエルフの国へ利益になるかの判断が付きかねる事が数多くあるので秘書官や外交官が知識や経験を総動員してアドバイスをしているそうです。フェルパイア連合からエルフの王国に入ってくる物資はデレス君主国を必ず経由するとは限りません。同じ交易品でもデレス君主国だけではなく西方やフェルパイア南西部経由してくるなど様々な輸送経路があるそうです。それでも南方の物品は、デレス君主国経由が一番安くなるケースが多いそうです。特に香辛料の類はかなり安くなるそうです。しかし、なぜ一番安くなるかは謎らしいです。なぜならフェルパイア南西を使うルートは船による大量輸送も可能なのに対しデレス経由のルートは馬車しか無いからだそうです。


「速度だ。速度が違うのだ」どこかから先程聞いた声がしてきましたが長い自慢話は勘弁なので取りあえず放置することにします。


「今回の交渉は、二国間の国境の安全とより多くの交易とその利益を得る事にあるのです」秘書官が熱弁してくれました。


「我の出番は無いのか?」横から竜が口を挟みます。


 竜の方を見ると羊の骨をバリバリ食べていました。まるで干した魚の骨を焼いた奴の如く大ぶりな羊の大腿骨を顎でかみ砕いていました。周りを見ると骨の髄

までしゃぶるデレス人も驚いています。


「ああ、これか中々歯ごたえがあって旨いぞ。主も食うか?」


「食べません」


 仕方が無いのでこの竜を天幕の隅まで連れて行きます。流石に心得と言うものを少し教えないと行けないようです。人間さんは、そんな硬い骨をボリボリ食えないのですから突然そんなものを草の様に食べていたら見ている方は驚きますから遠慮しなさいと言う事を散々説明しておきました。突然手がかかる子が増えた気分です。これでは話に混ざれなさそうです。


「しかしこういうことに気を付けねばならぬとは人の世とは面倒だの」


「面倒でも守りなさい」


「はい」


 この竜、返事だけは良いのです……先が思いやられます。


「少々疲れましたね……」


「主は少し食べ過ぎではないか?」


「人の事を言えますか?」


「いや我はまだ腹七分だ。ここで少し変わったものが食べたいの」


 竜は再び料理の方にフラフラ歩いて行きました。どうやらまだ食べ足りないみたいなのであまりがっついて食べない様に気を付ける様にだけ言っておきました

 

 仕切り直して会話に聞き耳を立てることにしてゆっくりエレシアちゃんのところに向かいます。そこに今度は秘書官が現れました。


「賢者様、丁度良いところに……実は、デレスの〔大ハン〕からこのような条件を提示されたのですが私には良いのか悪いのか判断つきかねまして……」


 羊皮紙の上には数字が書き連ねてあります……。細かい数字が沢山書いてあり良く分からない記号が沢山ついていました。


「ところでこの記号は何ですか?」


「これはエルフの国の金貨をさして、これは銀貨を差します」


「それではこちらは?」


「それはフェルパイアのディベーユ金貨、そちらは帝国銀貨で…………」


「エルフの金貨一枚は銀貨二十枚ですよね?ディベーユ金貨と帝国銀貨はいくらになるのですか?」


「今の相場ですとディベーユ金貨(ディベーユ共和国で発行している金貨でフェルパイア王国やその南にあるティルティス帝国でよく使われている金貨だそうです)はエルフ金貨一枚と銀貨二枚と銅貨十三枚、帝国銀貨はエルフ銅貨十八枚だと思いました……それからこれはドワーフ・ミスリル貨です。大きな取引でしか使われませんが大体証書を使うので流通はしていませんね……」


 証書とは何でしょう?それはともかくそれぞれの貨幣の単位が分かったのでざっくり計算してみることにします。


「……そうするとこうなりますね」


 秘書官の筆を取り単位を揃えて数字を書き直してみました……かなりスッキリしたと思います。


「一瞬で計算できるのですか?」


「これぐらいなら普通に出来ます」


 里ならこの程度の計算は暗算で出来て当たり前です。沢山数字が書いてありますが、計算自体は単純な変換にすぎません。変換する数字さえわかれば、ある一

つの基準を作って、それに全部併せてしまえば比較は簡単にできます。


「さすが賢者様です……このような計算は専用の計算器を使ってやらないと出来ないもので……」


 計算器と言うのはいくつかの木片を組み合わせて複雑な計算を処理するものだそうです。ここでそれを取り出して計算することが出来ないので少々困っていたそうです。


「……そうすると我が国に少々不利な条件になりますね……それではもう少し交渉してきます。賢者様のお知恵で助かりました」


 今やったのは単に計算しただけなのですが……どうやら計算ができるだけで大助かりする様です。やはり外の世界は奥が深いと思いました。

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