デレス君主国2 宴の巻
私にそれらの話をしているのは、なんとかかんとかなんとかかんとか——ウヌが多すぎて忘れました——氏族出身の族長らしく淡々と話を続けました。年齢は五十を超えているが百に満たなかったと思います。〔大ハン〕の出身氏族には娘や従姉妹が何人か嫁いでいるそうです。
ここで氏族と言う言葉が出てきたので、デレス君主国の氏族について説明したいと思います。
デレス君主国はいくつかの氏族が集まって成立しています。族長の説明によれば氏族と言うのは小さな国の様なものらしく独自の法と自治権を持っている集団だそうです。一応伝説上では同じ子孫を持つとはされていますが既に何百年前——たかだがだと重いますが人間に取っては気の遠くなる様な年月らしいです——の話なので正確な事は既に分からないと自嘲していました。
それぞれの氏族はその氏族を象徴とする動物がおりそれを目印にしてお互いを区別するそうです。その時話をしていた長老は自分は〔赤い狼〕を象徴とする氏族であると言っております。
〔赤い狼〕を象徴とする氏族はデレスの中でも割と古株の氏族らしい——どこまで本当かは知りません——と言っていました。今のデレスの〔大ハン〕の出生氏族である〔赤い鷹〕の氏族とは近縁にあり北の砂漠でも互いに仲良くしていたと言うことだそうです。
氏族の中は氏族の掟が優先され氏族間のもめ事は〔大ハン』の掟で裁かれるのだそうです。
それからデレス君主国に於ける氏族のか掟に関する説明をうけましたが
『理由無く人を殺めたものは死刑』
『家畜を盗んだり無断で殺したものは死刑』
『他人の妻に手をだしたものは両方死刑』
……と言う事です。
どうやら掟を破るとだいたい死刑になるようです。
氏族の掟の中では一番重要なのは相続の掟と言っています。デレスにおいて争いが起きる原因の大半が相続に絡むものなので相続の掟は人の生死より重要な事であると熱弁していました。
相続と言うのは人間が亡くなった時、残した財産を誰がいただくかと言うことなのですが——里にはそのような習慣がありませんでしたので初耳でした——食糧と自分の飼っている家畜が等価であるデレスにおいては相続が無いと言うことはすなわち死を意味するそうです。
「……じゃからな」
族長が話を続けます。
「駄々をこねる奴は殺してでも言う事を聞かせなければあかんのじゃ。わしら氏族の生き死にがかかっておる」
しかし、殺したら言う事を聞けないと思うのですけどどうなのでしょうか?
とにかくそれぐらい厳しい環境に住んでいるのだそうです。
「まぁそれでも北の砂漠に住んでいる頃に比べれば天国だぞ。取りあえず落ちぶれたらフェルパイアで冒険者をやるとか食い扶持はあるからのぉ」
数百年前までデレス人の祖先が住んでいたと言う北の砂漠——何処にあるのかは結局分かりませんでした。エルフの里より東にある感じです——では一つの氏族が概ねデレスの土地と同じぐらいの広さの場所に住んでいたそうです。しかし一氏族の数は今の氏族の人口よりも少なかったと言う話です。
そもそも大体において、この手の数字はほとんどこの族長の憶測に過ぎず盛っている事かなりあるので話半分に聞いておいた方がよさそうです。
「それでゴブリンの百万の軍を我らが先祖の百の騎兵を皆殺しにしたのじゃ……」
……などと言っていましたが魔王が闊歩していた神々の争いの時代においてもゴブリンが百万も集ま
った事は無いだけは確かです。
それからも族長の話は続きます。顔に皺が沢山刻まれたこの族長はまだ百年も生きていないそうですが充実した生活をしてきたそうです。どうやら人間の一生とはとても濃いものらしいです。髭は白く髪の毛は少しさみしくなっていますが笑い顔が歩んできた人生の豊かさを象徴していました。
「ここからはわしの自慢話をじゃがな……」
その話に少し興味が湧きましたが、それは人間さんには関係無い気がしますし里長並みの長話なる気がするので遠慮することにしました。
周りを見渡してみると竜娘は相変わらず肉を囓っています。左右の二人はすっかりできあがって居ました……お酒は無いはずなのですけど……。エレシアちゃんは通訳を挟んで〔大ハン〕と話をしているようです。
族長は共通語が話せるので共通語を使って話しています。デレスの言葉と言うのは氏族ごとに大分異なる様で氏族が違うと全く言葉が通じない事もあるそうです。〔赤い狼〕の氏族で使われている言葉は〔大ハン〕の氏族と近い言葉らしく通訳を通さなくても話が通じるそうです。そのためこの手の集まりに出てくる族長は最低要件として〔大ハン〕と同じ言葉が使える必要があると言う話です。
それはともかく族長がまだ話し足りない様なので自慢話の代わりに別の話題を振ることにしました。
「相続の掟とはどういうものでしょうか?」
「我らがデレスの民にとって富と言うのは羊をどれだけ飼っているかにつきるのじゃ。それで上手く羊を飼っていけば数がどんどん増えていくのじゃ。大きくまるまる肥えた羊は美しいものでの……まぁそれはともかくじゃ息子が大きくなって成人すると羊や他の家畜を分け与えて独立するのじゃ。これが相続じゃな。もっとも息子の数も羊と一緒でどんどん増えるものだから沢山分け与えられるものでないな。だといって少ししか分け与えぬようでは息子同士で分け与える羊の数が異なり不公平になるじゃろ。なのでここで相続の掟が必要になるわけじゃな。この辺りは氏族によっていろいろ異なるが、まぁ代々末っ子が残ったものを全部相続するのはあまり変わらんかの」
「それでは末っ子の総取りになるのでは……?」
「いやそうでもないぞ。一番上の息子と一番末の息子の年の差など20以上離れているのが普通じゃし、そうなるとその間に増やせる羊の数が違う。それに残ったものには母親たちの面倒も含まれるからのぉ……」
「母親たちですか?」
「妻の4人や5人娶るのは普通じゃろ?」
まぁそう言う文化が有ることは知っていますけど、多すぎるのでは?
「わしもつい最近新しい若い嫁を娶ったばかりじゃ、ほっほっほ」
「そうすると末っ子が母親より年上と言うこともあるのですか?」
「まぁあるじゃろうな……それはそれでよかろうて。年下の母親とか良いじゃろ?それも12歳前後ともなれば最高ではなかろうか。実はわしの知り合いの末っ子で20で家を相続した若者がいるのじゃがその父親が最後に娶った嫁は11歳だったかの……その息子は血のつながらない母親にママと言いながら大変懐いておったのぉ……血がつながっておらぬのに仲良くてうらやましかったものぞ……わしもそれぐらいの母親がほしいものじゃ」
さりげなくとんでもない事を言っている様な気もしますがここは本人の名誉の為に聞き流しておきます。
「ところで相続の掟の話を聞きたいのですが?」
「おっと少し脱線してしまったわい。では続きを話すぞい」
族長は上機嫌で話を続けます。テンションが異常に高いのですがお酒飲んでいるのかと思いましたが酒精の気配は近くからは感じません。
「我が氏族では成人した子どもは何匹の羊と従者を分け与えられ家を出るわけじゃ。そして自力で生活せねばならぬ。無論上手くやれ本家よりも豊かになるし失敗すれば野垂れ死ぬだろうな。まぁそれが我らの掟じゃがそれを認めぬものも多いわけじゃ。それ故厳しく掟を行使せねばならぬ」
長老は語気を強めて言います。
「普通はこれだけでいいのだが族長だけは別だな」
「と言いますと?」
「わしが死んだらまだ十にもならぬ息子が跡を継ぐことになるがそれでは氏族はまとめられぬ。それゆえ母親の後見が重要になるのだがそれでも掟を守らせるには十分ではないな」
「それはそうですね……」
年端のいかぬ子どもが自力で生活できるとは思えません。
「それゆえ族長は一般的には兄から弟へと引き継がれていく弟が居ない時だけ息子に継がせるわけじゃ……無論氏族の同意が必須じゃがな」
「同意ですか?」
「そうじゃ、ふさわしくないものが族長になっても誰も着いては来ぬ。弱い族長は氏族絶滅に直結する。それゆえ氏族を強くできるものでなければ氏族のモノ達が族長になることを許さぬわけだ」
「同意できないと?」
「追放か死刑じゃな」
「随分ぶっそうですね……」
「生活がかかっているからな。一人の族長のわがままで百人の命が失われるのじゃ。それなら族長一人の命で済めばよいじゃろ」
「確かにそうですけど……」
族長は言い切りましたが私は何か腑に落ちません。それだけデレスの土地の生活は厳しいのでしょうか?
「それだけ厳しいのでしょうか?」
「厳しいと言うよりそれが氏族の掟だからだ。今でも豊かと言いがたいがそれでもデレスの地は北の砂漠ほどは厳しくないぞ……まぁ伝承によればじゃがな」
そう言われると余計に腑に落ちないのですがそう言う暮らし方をしている人達にわざわざケチをつけても仕方が無いので黙って話を聞くことにします。
「まぁ今の〔大ハン〕になってからそのようなことも無いがな」
「そういえば〔大ハン〕とは一体何なのでしょうか?」
「〔大ハン〕を説明すると長くなるぞそれでもいいか?」
「良いですけど……」
「それではな……デレスの祖先に当たる北の砂漠において沢山の氏族が一致して推戴した君主を〔ハン〕と言うのじゃ〔ハン〕に求められている役目は率いる氏族に利益を与えること、争いを調停すること、そして農耕民に対抗することじゃ」
「農耕民がですか?」
「ああ、奴らは油断すると我々の牧草を勝手に畑にしてしまう……そうするとそこには動物が生きられなくなる。動物が生きられなくなれば我らが放牧している羊が、馬が、牛が、山羊が死んでしまう……。草食いどもはとても凶暴で陰険なやつらなのじゃ……我ら遊牧民の命などつゆほど考えておらぬ。それでは我々が死んでしまう。それゆえ奴らから食糧やお宝を頂戴し生き延びねばならなくなるわけじゃだ。それを率いるのが〔ハン〕と言うわけじゃ」
少し極端な気がしますが一理はある気がします。確かに畑ばかりの風景は退屈ですし色々な草を見ていたいモノですから。でも小麦は美味しいですよね……美味しいから沢山作りたいのではないのでしょうか?もしかして違うのでしょうか?よく分かりません。この族長は、エルフについてはどのように思っているのでしょうか?聞きたいところですが飲み込んで族長の話を傾聴することにします。
「〔ハン〕はなんとなく分かった気がしますが〔大ハン〕とは?」
「〔ハン〕の中でも特に偉大なものが氏族会議で〔大ハン〕に推戴されるのじゃ……まぁそう言う事になっている」
「そう言う事になっているとは?」
「何代も〔大ハン〕が続いた時代があってだな今では実績が無くても〔大ハン〕に推戴されてしまうのじゃ……まぁ今の〔大ハン〕はホントに偉大だがな」
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