第9話 血塗シュプレヒコール




「これで……全部か?」


 ゴブリンの死体が散らばるその中心で彼は呟いた。


「……そうみたいだな」


 シメオンが答える。

 先程の二体の寡兵との戦闘で気付かれたのか、その後合計六体のゴブリンと戦闘になった。フョードル達は圧倒的なパワーでゴブリン達を葬った。

 燻煙の上がるものに、四肢が分散されたもの。心臓だけが貫かれたもの。ゴブリンの死因は多種多様だった。フョードルは彼自身が殺めたゴブリンのもとに歩み寄り、その死体を漁った。

 ゴブリンの血は人間と同じく赤かった。

 同じ生き物だから当然か。……いや、当然なのか? 分かんねぇ。死体を漁っていると一瞬のうちに両手は血塗ちみどろになった。


「勇者の所業とは思えんな」


 フョードルがゴブリンの懐に手を忍ばせて、戦利品を手に取ると、ジークが苦笑いした。


「しょうがねぇだろ。生きるってこういうことだ」


「分かってるさ。冗談だ」


 ジークはハッ、と笑い飛ばして俺と同じようにゴブリンの死体を漁った。ジークも最初の頃と比べたら大分柔軟になってきた。まだカタブツなとこはあんま治ってねーけどな。


 俺らは、力は十分だ。


 しかし、知識と技術が足りない。地理が分からなければどこに向かえばいいのか分からない。〈神技スキル〉の使い方も大雑把だ。もっと丁寧に使わないと、この静謐な森の中では騒ぎを聞きつけて他の魔物が現れてしまう。

 いくら強力な〈神技スキル〉を持った勇者であるフョードルたちでも大勢に狙われたら、命を落とす可能性がある。

 知識を得るには、こいつらのことをもっと知る必要がある。

 そして、ゴブリンの腰についた小さい麻袋から出てきたのは────


「……カネか?」


「…銅貨、かな」


「いやでもやけにばっちぃわね」


 レティシアが言う通りその3センチ大の金属質の円盤はめちゃくちゃに汚かった。泥まみれで、表面がどうなってるか全く分からないレベルだが、形や質感から辛うじて銅貨っぽいということは分かった。


「こっちもあったぞ」


 ジークが他のゴブリンからフョードルが手にするものと同じような銅貨を見つけ、手に取る。


「ジーク、ちょっとそれ貸してくれ。洗うから」


 シメオンがジークの手から銅貨を受け取り、〈水〉の勇者の神技スキルでばしゃん、とそれを洗浄する。


「銅貨っぽいが……表面には何も刻まれていないな」


 錆びているため、つるぴかとは言い難いがそのコインの表面には何も描かれていなかった。ただの円い銅板だ。


「ま、とりあえず貰っとくか。ほっといても意味ねェしよ」


 フョードルは漁り尽くしたゴブリンの死体全てに《王命クエスト》で「土を掘って埋まれ」と命令した。

 ゴブリンの死体は生きてないにも関わらず、ひとりでに動いて手で地面を掘り出した。


「……なに引いてんだよ」


「いやフョードル、これはさすがに引くわよ……」


 レティシアは眉を顰めて、自らを埋めようとするゴブリンの死体の様子を眺めた。


「死体が散らばってたら不自然だろうが。他の魔物にも気付かれたら面倒だしな」


「それは、分かってるけど……」


「とりあえず、ずらかろうぜ。ここにずっと居るのもまずい」


 フョードルの言葉を最後に彼らはその場を去った。


 向かうは西だ。西。

 森の中は非常に方角を見失いやすい。間違えて来た道を戻ったりなんかしたら最悪だ。行く宛のない俺らは西に向かうしかない、フョードルはそう考えている。

 方位磁針を片手に道なき道を進む。ここはゴブリンの縄張りなのか、気を抜いているとすぐ奴らに見つかる。というか現に見つかってしまった。


「ウギャア!!」


「……くっそまたか!!」


 上から矢が降ってくる。進行方向じゃなく、後ろから来ていた。

 やはり、騒動を聞き付けて追ってきたのだ。どこに奴らの住処があるのか。皆目見当もつかない。フョードルが咄嗟に《王命クエスト》を使う。


「守れ!!」


 すると、地面が盛り上がり、矢を守るようにして、壁が出来た。


「もういい」というフョードルの言葉で地面が元に戻る。ジークが手を前に突き出し、《黎明の光ブレイザブリク》で狙い撃つ。木々の隙間を縫って、光の線が一直線に伸びていく。しかし──


「くっ、外したか」


 ジークの《黎明の光ブレイザブリク》はゴブリンのいる横を通り過ぎていく。


「身を守りながら距離を詰めるぞ! 離れてたらこっちが不利だ!! ……貫けっ!!」


 指示の合間に拾った石に《王命クエスト》を発動させる。5センチ大の石が一直線に飛んで行き、


「ウギャギャアアア゛アァァ!!!」


 ゴブリンを一匹仕留める。


「おらッ!!」


 前方を走るシメオンが水を展開して矢を守る。フョードルが石に命令し続け、ゴブリンを次々と殺す。

 がさっ、という草木の揺れる音のあとにゴブリンが棍棒を掲げてこちらに向かってきた。


「ウギャアギャアァアア!!」


「うるっさいのよ!!」


 レティシアがゴブリンに業火を浴びせて、一瞬で焼き殺す。肉の焼ける臭いが辺りに漂う。正直かなり臭い。もしかしてこの臭いがゴブリンを引き付けてたりするのかもしれない。


 不意に、ピュウウウと高音の笛のような音が聴こえた。ゴブリンのいる、その向こう側から音がしている。


「……なんだ、あいつら」


 すると突然、ゴブリン達は急にこちらに背を向けて、走り去って行った。


「追うぞ! 巣穴があるのかもしれねえ!!」


 フョードルの声に皆が続く。追いながらもジーク達は総攻撃を仕掛けていた。光線で焼き、水の槍で穿つ。

 フョードルはゴブリンの死体に手を触れて、それをにした。


 ゴブリンの死体には「あいつらを殺せ」と命令している。ゴブリンの死体を用いてゴブリンを殺すなんて悪魔的所業は俺にしか出来ない、フョードルはそう思っている。

 ゴブリンは身体が基本小さく、身軽なのでフョードル達よりは機敏に、そして俊敏に動ける。身体能力は一般人かそれ以下のフョードル達にとって、俊敏なゴブリンに足で追いつくなど有り得るわけがなかった。せいぜい視界に捉えるので手一杯だ。


「ったく、あいつらどこ向かってんだよっ」


 フョードルの愚痴は息切れでほぼ聞き取れるものではなかった。

 しばらく逃げ続けるゴブリンを追っていると、視界にが映った。


「家……?」


レティシアが呟く。


「家ってより、砦じゃないか?」


 シメオンがそれを見ながら答えた。

 目の前にそびえ立っているのは切り石を積み立てて作り上げたような、砦としか言い様のないものだった。塔というには些か高くなさすぎる。外から見た限り、あっても一、二階くらいしかない。

 森の中にぽつんとそびえる石の砦。

 逃げ延びた、というより逃げさせたゴブリン数匹がその砦の中へと入っていく。


「罠、だろうな……」


 ジークがその様子を見ながら、口を強く結んだ。その言葉を聞いてシメオンが視線を砦に向けながら、


「あの砦に入った瞬間にトラップが発動するとかそんな類のやつだろ、これ……」


「ど、どうするの?」


 セルカが震えた声を絞り出す。


「そんなの、入るしかねぇだろ」


「火攻めにする?」


「ヴァーカ、んなことやったら中に入る意味なくなるだろ。あん中にある貯蓄やらなんやらを奪いにここまで来てんだよ」


「じゃあ水攻めにするか?」


「じゃあってなんだ、話聞いてたかお前」


「冗談だ」


 シメオンがフッと笑う。人の事はあまり言えないが、いまいち掴みどころがわからないやつだ。


「ま、取り敢えず様子見してみるか」


 フョードルはゴブリンの動く屍に命令した。


「あの中入って暴れて来い」


 ゴブリンの屍は頷くことも無く、生きているが如く動き、砦の方へ向かっていった。

 フョードルの《王命クエスト》は基本どんなことでも命令出来る。ただし、ざっくり過ぎる命令だとその内容を正しく遂行できない場合がある。

 例えば、石ころに「魔皇を殺せ」と命令してもそれを成し遂げることは出来ないだろう。この《王命クエスト》は命令したものが無生物であった場合、自分が知り得ることしか実行出来ない。魔皇の居場所も顔も何もかもが分からない。だからそこらに落ちている石ころにその命令は下せない。

 だが、死体の場合は別だ。まるでそいつが生き返ったかのように手取り足取り動いてくれる。

 砦の中からゴブリンの甲高い悲鳴が聞こえる。


「やってんな〜……」


 送り込んだゴブリンの屍二十体が砦の中で他のゴブリンたちを襲っているのだろう。砦にいた奴らにとっては意味不明なことが巻き起こっていると思わざるを得ないはずだ。

 勇者の〈神技スキル〉は強力だが、細かい技術に関する点には目を瞑らなければいけない。

 レティシアは火加減を調節することは未だ出来ていないし、シメオンやジークもその限りだ。

 その点、フョードルの《王命クエスト》は非常にテクニカルで応用力の利く能力だと言えるだろう。それこそ、思考を怠るならば使うことは許されないほどだ。


「そろそろ、乗り込むか」


「い、行くの……?」


「十分暴れてくれただろ。罠とかも大体は発動させられたんじゃねぇか? あとは残党を狩ってけばいい話だ」


「〈神技スキル〉の調節も兼ねて、いい練習になりそうだ」


「そうだぜ、シメオン。なるべく抑え目でな。レティとか、お前特に」


「分かってるって」


「よし。陣形は前からシメオン、レティ、俺、セルカ、ジークで行くぞ」


「了解」


 緩やかな勾配の斜面を下って砦の前に立つ。

 このパーティの〈神技スキル〉は火力、防御力、索敵力、応用力。全て申し分ない。

 だが、非常に強力な徒党であるフョードル達のパーティには大きな穴があった。この穴を突かれない限り、俺らのパーティはほぼ無敵だ、フョードルはそう思っている。

 意気軒昂とした気持ちで拳をぎゅっ、と握る。

 そして、肩を上下させて大きく深呼吸すると、砦の中へと足を踏み入れた。






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〈光〉の勇者


名前:ジークヴァルト・アルフォンス=ブライト=シュナイト

年齢:18歳

【〈神技スキル〉一覧】

黎明の光ブレイザブリク》:光の線を撃ち出す能力。

暁光に至るグリトニル》:光の速さで移動する能力。

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