■13.グレス視点1

※魔物との戦闘シーンがあるため、暴力的、残虐的な表現があります。苦手な方はご注意ください。


2019/2/2 誤字修正しました。一部にルビを追加しました。

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アルベスク王国騎士団、暁隊中隊長 グレス・コンツ・クライデン、28歳。

伯爵家の次男であり、次期当主である兄は親の決めた相手と結婚し、既にこどもが三人いる。

男児も二人いるため、我が伯爵家は安泰となった。

そのため、次男の自分は悠々自適にしたいことをして過ごさせてもらっている。

その結果、気がついたら暁隊の中隊長という少し面倒くさい地位にいたわけだが…それも今では納得して任務に励んで日々を過ごしている。


ある日、暁隊隊長に呼ばれ執務室に行くと、そこには同じく暁隊中隊長のベルナルド・ウォレ・サンパリヒがいた。

ベルナルドは侯爵家の四男だが、機転がきき剣の太刀筋も良い。

安心して背中を預けられる数少ない優秀な仲間のうちの一人だ。

奴も俺と似たようなもので、好きなことをやっていたら今の地位にいた、と話していた。

そのベルナルドと共に呼ばれるのは珍しい。

何事かと思うと、どうやら昇級試験会場の下見に行ってこい、とのことだった。

そうか、もうそんな時期なのか。


暁隊の昇級試験は野外で行われる。

小隊長以下、つまり一般兵の給料にダイレクトに関係してくるので全員必死だ。

その試験会場の下見もまた、色々と条件があり難しいのだ。

テストは個人科目と団体科目とがある。

どちらも点数方式。

個人科目は、決められた時間内にどれだけ多く魔物を倒せるか。

大きさなどの個体差によって点数が増減する。

どこに魔物がいるかを感じ取る能力もここで試験されているが、それは公表されていない。

団体科目も似たようなものだが役割分担が与えられ、個人のときより少し強めの魔物が出る地域で行われる。

協調性の有無も試験され、場合によっては減点されることもある。

試験についてざっくり言えばこんな感じだ。

もちろん他にも事細かに決まり事があるのだが、それはここでは省かせてもらおう。


つまり、その試験会場の下見…見極めに行ってこいという命令だ。

大体の場所は決めてあるが、常に魔物が一定の場所にいるわけでもなく、個体数が決まっているわけでもない。

魔物が強すぎてはいけない。弱すぎてもいけない。

また数が少なすぎてもいけない。多すぎてもいけない。

はっきり言って面倒くさいが仕方ない。


自分たちのほかには小隊長のサムル・ナスカールとアルゼン・ナポスティを連れて行くことになった。

アルゼンは小隊長に昇級して一年目で、まだ少し頼りない。

自分たちと行動することが彼の自信に繋がるだろう、という隊長の判断だ。

つまり経験を積むために連れて行け、ということだ。

後輩育成も仕事のうちだ。しっかり頑張ってもらおう。

といっても、下見は殆どすることが無いのだが。


無いはずなのだが、いざ出発してみると、森の入口で見掛けるはずのない人物が一人馬に乗って悠々と散歩をしていた。

管轄である黎明れいめい隊の連中は何をしているのだ、と憤怒しながらも、仕方がないので王太子、レドナンド・アーチェ・ド・アルベスク殿下と共に行動することにした。

このあたりは魔物も弱く、自分たちがいれば問題ないと判断したからだ。

無理やり帰城させて再び1人で森に突入されるよりは数段マシであろう。


しかし、その判断が間違えていた。

個人科目の会場予定地を決定し、次の団体科目会場の場所に移動している途中だった。

何か強く凶悪な気配をベルナルドが最初に捉えた。

警戒しながら気配を探っていると、この辺りでは目撃報告に上がったことのない、ランクBとされる魔物が現れた。

黒魔犬こくまけん

身体全体が黒い短毛に覆われ、犬に似た魔物だが赤く血に濡れたようなギラギラとした目が額にもついている。また、成体ともなればその図体は軍馬ほどでかい。

通常ランクBとされている魔物は、最低でも小隊2チーム…およそ10人がかりで倒す。

しかし、今戦力は四人しかおらず、更には王太子殿下までいらっしゃる。

戦闘となれば殿下を守りつつ四人で倒さねばならない。

見つかる前にうまく退避出来ればいいのだが…。

(余談だが、小隊はおよそ25人で1小隊。その中で4~5チームに分かれており、各チームにはそれぞれ班長が1人ずつ存在する。それをまとめているのが小隊長となる)


やはりそう都合のいいようにはいかず、ベルナルドと目配せをし、少しずつ距離をとろうとしたが耳と鼻の利く犬野郎に見つかってしまった。

逃げる、という選択肢は魔物に見つかった時点で無くなる。

何故なら、魔物にとって自分たちは捕食される物でしかないのだ。

しかもこの魔物、黒魔犬は動きも素早い。逃げたところですぐに追いつかれる。

だからこそランクBなのだが。


仕方がないので腹をくくり戦闘態勢に入る。

運がいいのか悪いのか、この黒魔犬は標準よりもかなり小さい。まだ成体となっていないのか、その大きさは子どもが乗るポニーくらいの大きさだった。勝機は、ある。

自分が前衛、ベルナルドが後衛をしつつ殿下の護衛。サムルに遊撃、アルゼンを後衛に周らせる。

王太子殿下の守りは絶対だ。


まずは黒魔犬の標的を自分にしなければならない。

利き手では無い方の腕を軽く刃先で傷をつけ、血を滲ませる。

瞬間的に血の匂いを嗅ぎ取った黒魔犬はその匂いに興奮を隠しきれないといった様子で咆哮すると、ギラギラとした赤い三つの目の焦点を俺に合わせた。

ふん、魔物といえど所詮は獣。狙い通りの反応に鼻で笑ってしまう。

そう、お前の獲物は俺だ。余所見は許さない。


黒魔犬は涎の垂れる口を大きく開け、俺の腕をめがけて飛び掛かってきた。

すかさず身を躱したところでサムルが投げナイフを黒魔犬の後ろ足に突き刺した。

「ギャンッ」という可愛くもない鳴き声を一瞬あげたが、その程度で怯む魔物ではない。

こちらに向き直ると同時に鋭い牙で俺の左脛に噛み付いてきた。

しかしこちらとて、その程度で怯むことも無い。そもそも脛には固い魔鉄板の入った軍靴ぐんかを履いているのでこちらにダメージはほぼ無い。

噛み切れないと分かった黒魔犬は噛み付くのをやめ、一旦退避の姿勢を取るために牙を軍靴から外す。その瞬間を待っていた俺は黒魔犬の腹を剣で薙ぎ払う。


さすがBランクというべきか。宙を舞っている間に体勢を整え木にぶつかることなく見事に着地をし、再びこちらに向き合い威嚇の声をグルルルとあげている。

改めて黒魔犬をよく見てみれば、少し痩せているように感じる。

今薙ぎ払った際にも、見た目ほど重さを感じなかった。

どうやらかなり空腹の時を過ごしたらしい。やっと見つけた獲物が俺たちで運が悪かったな。

それにしても、この森には黒魔犬の餌になるような生き物がいない、ということか。

これは試験会場を改めなければならない。

そんなことを考えながら黒魔犬の攻撃を躱し、時にはその体に確実にダメージを与えていく。

ベルナルドも殿下を守るために風の保護幕を張りながらもこちらに補助魔法をかけてくれ、素早い黒魔犬の動きにもなんなくついていけた。

しかし俺も無傷ではいられず、腹に一発爪をくらってしまった。

ただの布の服ではなく、魔鎧を着こんでいるというのにこの威力。やはり油断は出来ない。


ようやく三つある目のうち、額にある目を潰すことに成功した。

「ギャイン」と鳴いて黒魔犬は一瞬怯んだ様子を見せた。

その瞬間を逃すはずもなく、剣に力を込めて黒魔犬の首を落とす。


ドスン、と地面にその巨体が横たわり、ほっと一息ついた。

サムルとアルゼンは倒した黒魔犬の体の処理をするためにこちらに来て「ずいぶん痩せてますね」と言っている。

ベルナルドは俺の傷を確認しに来た。

殿下もベルナルドの後ろで「あちゃ~、お腹やられちゃったね~」と暢気なセリフを言っている。


その時だった。

頭だけのそれが突然跳ね、殿下のいる方向に跳躍したのだ。

とっさの事だったので他に方法が思い浮かばなかった。ベルナルドごと殿下をはじき飛ばし、自分がその牙の餌食となる。

肩に焼けたような熱を感じた。


「くぅっ…」

「グレスっ!」


誰のものかわからない叫び声が聞こえた。

しかし、ただやられるわけではない。その顎の下から剣を貫き、今度こそその動きを封じた。

自分の左肩から血が溢れているのを感じる。


「くそっ…」

「グレス、すまない、私が傍にいながら」

「大事…ない。殿下は…ご無事か」

「ああ、私は傷一つないよ。他の者も」

「それは…よう、ございました…」


くそっ、視界がぼやけてきやがった。


「すまん、少し血が足りなくなってきたようだ」


ベルナルドが何やら術式を使っている声が聞こえた。


「ん?どうやらこの先に人の気配があります。家…のような空間がありますね。そちらで一休みさせてもらいましょう。家の中が無理でも軒先にキャンプを張らせてもらえれば大分違うでしょう」


どうやら風魔法を使って近くの空間を探索したようだった。


「ああ、すまない…後は…頼んだ」


そこから先暫くは途切れ途切れにしか記憶が無い。

サムルとアルゼンに助けられながら何とか馬に跨り、ゆっくり先導される。

森の中に突然、開けた場所があり、ここには不釣合いな立派な三階建ての家があった。

ベルナルドが先に玄関へ行き、中に人がいないか確かめているようだった。


俺は朦朧としたまま、サムルの手を借りて馬から降りる。

何やら会話をしているようだが全く頭に入らない。

階段が、という単語が聞こえた気がしたので、自力で登れるか聞いているのだろう。

つまり家に上げてくれるのか。ありがたい。


「あり、がたい。だ、いじょうぶ。案内、を、おねが、い、する」


声を出すのがこんなにしんどいのは久し振りだ。

肩の傷だけではなく、腹の傷もじくじくと痛んできていた。

ひとつ階を上がったところで狭い部屋へ案内された。

どうやら傷口を洗い流すらしい。

アルゼンに手伝ってもらい、傷口をきつく縛り、出血量に気をつけながら慎重に傷口を清めていく。

魔物は牙や爪に毒を持っていることもあり、出来るだけ早く綺麗な水で洗い流すのが常識だ。

ただし今回のように出血量が多い場合、出血死に気をつけなければならない。


傷口を清めた後はまた階段を上った気もするが、朦朧としているので確かではない。

ベッドに横にされ、安堵しそのまま意識を手放した。


*****


暖かい。眩しいほどの光、そして温かく心地よい風を感じる。

こんなに安心できるものに包まれたのは、母親に抱きしめられた幼い頃以来な気がする。

さきほどまでは、全身が熱く、痛く、苦しかった気がするが、そんなものは幻であったように感じる。

ああ、そうか、そろそろ起きなくては。

何となくそう思い、ゆっくりと目を開けてみた。


ぼんやりと周りが見えてくる。

まだ少し、夢現な気分だ。

すると、目の前に天使のような顔立ちの死神がこちらを覗きこんでいた。

黒い髪に黒い瞳。そして万人に愛されるために作られたかのような可愛らしい顔立ち。

悪魔が人を誑かす、というのは本当のことらしい。一目でその姿に釘付けになった。

自分にもついに、お迎えが来たのかと思った。

しかし、こんな可愛らしい死神が迎えに来てくれるのなら、死後の世界もそう悪いものではないのかもしれない。


その顔をもっと見ようと、ゆっくりと体を起こした。

可愛らしい死神は俺の背中に手を添えて、それを手伝う。

すると、何やら見慣れた奴が俺の体を確認している。…サムルか?サムルには死神が見えてるのか?見えていないのか?


「グレス、調子はどうですか?こちらのユカリが、治癒魔法が使えたので治してもらいましたよ」


治癒魔法?この死神だと思った娘は治癒師なのか?

だんだんと思考が戻ってくる。どうやらお迎えはまだらしい。


「あ、ああ、悪いところは無いようだが…」

「少しぼーっとしてますね。まぁ怪我のせいでは無さそうですからいいですが」


ベルナルドの冷ややかな視線を感じたが、そんなものは無視して死神だと思っていた娘を目で追う。

何故か部屋から出て行ってしまった。

もっと傍にいて欲しかったと素直に思った。


暫くすると、娘が食事を持って戻ってきた。

うまそうな匂いに思わず喉が鳴る。

差し出された食事を礼を言ってから少しずつ口にする。

あまりの美味さに、いっぺんに食べてしまうのは勿体無い気がして、ゆっくり食べることにした。

最後の一口を名残惜しく食べ終わると、シャワーを浴びるように勧められたので、素直に浴びることにした。

アルゼンに付き添われて使い方などを一通り聞いてから、ひとりでゆっくりと入浴を楽しんだ。


どうやら風呂の設備は王城にあるものと遜色ない作りのようだ。

彼女自身が名魔導技師なのか、それとも知り合いに名魔導技師がいるのか。それは分からないが、一般の魔術師でもここまでの設備を整えられる者は少ないだろう。

部屋を照らす明かり一つにしても、とても名品だということが分かる。


改めて、自分の身体を見回す。

黒魔犬にやられたはずの傷が何ひとつ残っていなかった。

肩の傷はもとより、腹の傷も痕が残るだろうと思っていたのに、だ。

治癒師は少ない。

ちょっとした遠征では治癒師は着いて来ないこともある。

基本的に大怪我でない限り、怪我は薬と自己回復力に頼るのみ。

治癒師に治してもらったとしても、ここまで綺麗に治してもらえることは、おそらく無い。


そしてふと気付く。

昔の古傷さえも無くなっている。

幼い頃、木登りをして遊んでいてうっかり落ち、大怪我をしたことがあった。

急遽治癒師が呼ばれ処置をしてもらったが、そのとき腕に出来た傷跡は消えず大人になっても残っていた。

痛くはないが、幼少期の苦い記憶として共に残っていたのだが…。

そんな傷、もともとありませんでしたよ、とでもいう風に綺麗さっぱり、跡形も無く消えていた。


我々は、とてつもない魔導力の治癒師を見つけたのかもしれない。

何故、こんな場所に隠れるように住んでいるのか気になった。

王都に戻ったら調べてみる必要があるかもしれない。

善意で治してくれた相手に気は進まないが…おそらくベルナルドも同意見だろう。

そして報告義務も出来てしまった。

彼女がまだ、他の国に魔術師として登録していないかも調べなければならない。


それにしても…なんとも可愛らしい娘だった。

(死神と間違えるほどに!)

彼女と出会えたことに喜びを感じつつ、部屋に戻り、再び眠りについた。

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