第115話 したたかな淑女は木の上から微笑む

「コホンッ。キュ──」


「フフ、エル頑張って良かったわね? それであなたたちは三人だけで来たのかしら? ってジェイくんどうしたの? 何か言いかけた?」


「いえ、なんでもないです。どうぞ」


 だが、タイミングが悪かった。まるっきりフローネさんの声と重なってしまった。なんとなく気まずくなってしまったため、ここは引き下がる。


「そう? それであなたたちどうなの?」


「三人だけ」


「です」


「ん!」


 三人三様でそう返事をする。どうやらアマネたちは三人だけで来たようだ。


「そ、じゃあ心配だから私とヴァルもついていくわ。というわけでジェイくん、ここからは二人きりでデート頑張ってね? さぁ、こっちはこっちで楽しみましょー!」


「おー」


「はい!」


「わーい! ママとパパとデート」


「え?」


 一瞬で決まった。フローネさんの柔らかく優しいのに有無を言わさないこの迫力はなんなのだろうか。ヴァルに肩をぽんっと叩かれる。振り返ればまるで諦めろと言ってるかのような表情だ。つまり、そういうことなのだろう。


「じゃあ、ジェイくんまたねー?」


「センセイ、ちゃんとデートするんだよ?」


「せんせー頑張って下さい!」


「せんせ頑張れー!」


「クク、まぁ精々楽しめ」


 そして五人は去っていった。後に残ったのは俺とミーナだけ。


「はぁ……。フローネさん強烈だなぁ。あー、ミーナ? まぁ折角だし、二人で回ろうか」


「はぁ……。もう、フローネさんってば強引なんだから……。ん、そうだね」


 俺とミーナはお互いを見合わせ、ため息を一つつき、苦笑いを浮かべた後、どちらともなく手を繋ぎ歩きはじめたのであった。



 ◇



 そして別行動をとった五人。その中に不敵に笑う淑女が一人いた。


「フフフフ、計画通り! ミコちゃん、アマネちゃんありがとね?」


「ううん、ミーナ先生があまりにもいたたまれないから」


「うん……。ちょっとせんせーは鈍感すぎるよね……」


 そう、偶然ミーナちゃんとアマネちゃんとエルがここにいたわけではない。私が協力を仰いだのだ。その結果がこれである。


「なんのことー?」


「あー、エルは気にしないでいいぞー。肩車するかー?」


「するー!」


「よーし」


 エルに計画を話すとうっかりボロが出てしまうかもと考え、実の娘にだけは内緒にしていた。仲間ハズレにされたことは本能的に分かるようで不機嫌になりかけるが、そこはヴァルが上手くフォローしてくれた。うんうん、ヴァルもいい夫でいいお父さんになれたんだからジェイくんだってきっと大丈夫。


「さて、ジェイくんミーナちゃんの恋人のフリ計画第二フェイズへと進みます。というわけで一旦私は消えまーす」


 私はここで計画通り、次の段階へと進めるべく次元魔法を使う。もちろん、気配を遮断し、他の人の意識には捉えられないようにしてだ。向かった先は──。


「うん、成功ね」


 そう、ミーナちゃんをストーキングしている先生の家だ。事前に家は調べており、自室の場所も分かっている。窓を覗けば、いた。


「こういうときは矢文やぶみよね……」


 私は木の上に身を潜ませ、拾った枝を魔力で精錬し、弓と矢にする。そこに用意しておいた手紙を縛り付け──。


「私にかかれば、あの隙間だって……、んっ」


 放つ。まっすぐ一直線に僅かな窓の隙間を通し、ストーキング先生の目の前へ突き刺す。ふふ、腰を抜かしてしまったみたい。今までミーナちゃんが迷惑してた分これくらいはいいわよね。


 そしてストーキング先生はキョロキョロあたりを見渡すけども、残念私の姿は見つけられないみたい。諦めたのか、ようやく手紙が読まれる。訝しげな様子だったのが、徐々に真剣な表情となり、そして顔をが真っ赤になったところで、手紙をぐしゃりと握りつぶした。そして狙い通り準備を始め、すぐに屋敷から駆け出していく。


 私はそれを見送ると、再度次元魔法を使い、魔獣パークへと戻った。



「ただいまー」


 私が戻ると口々にみんながおかえりと言ってくれる。あら嬉しい。家族はもちろんだけど、アマネちゃんもミコちゃんも可愛いんだもん。


「さて、ここからどうなるかはそっと見守りましょ?」


「……まったく、女ってのは恐ろしいな」


「あら、何千年も生きてきてそんなことも知らなかったの?」


 最後にヴァルがなんだか失礼なことを言ってきたけど、そう返したらだんまりするばかり。フフ、ジェイくん? ミーナちゃん? 頑張ってね?


 ◇


 そしてこれから何が起こるかを露とも知らないジェイドはと言えば──。


「おぉー、レファンドパオーヌかっこいいな。すごい迫力だ。あの図体で野菜しか食べないとかすごいよなー」


「そうだね。私はあっちのパンパンのが好きだけども」


「パンパン? まぁ確かにパンパンはでかいのに可愛げがあるよなー。笹ずっとハムハムしてるし」


「フフ、見てみて。赤ちゃんパンパンもいるよ?」


「だなー。親子揃って笹食ってら」


 パンパンの親子を眺めてしばし癒やされる。不思議だ。派手な動きなどせず、ムシャムシャ笹を食べたり、木の上によじ登ったり、ゴロゴロしているだけのパンパンを眺めているだけで心が満たされる。


「飼ってみようかなぁ……」


「絶対やめて?」


 ミーナも同じ気持ちかと思いきや、全然違ったようだ。


「まったくなんなら飼っていい──ん?」


 そして、そんな会話をしているときだ。妙な気配を感じた。一直線にこちらに誰かが駆けてくる。のんびりとした空気の魔獣パークにそぐわない気配だ。一体そんな不躾な輩はどんな顔だ。俺はそちらを振り向く──。

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