第66話 相容れない存在
「……ハハ、可愛らしいじゃないか」
大気が震える。ヒビ割れた空間から現れたのは一匹のドラゴン。体長は果たして何メートルなのか、二十メートルという感覚が分からない、ただただ圧倒的なまでの巨体だ。そして大きく広げた翼を一度、二度扇ぐ度に、砂埃が盛大に舞い上がり、それだけで体が持っていかれそうになる。
その強靭な四肢、人の身長程ある爪、なぎ払えば一帯が更地になるであろう尾。そして噛まれれば人間には為すすべもないと分かる牙と、身じろぎ一つ取れなくなりそうな鋭い眼光。
鱗の色が白という以外キューちゃんとは似ても似つかない──されど親子だと分かる存在がゆっくりと地面に降り立った。
『……また人間か。愚か、実に愚かな生き物だ。なぜ学習しない』
キューちゃんのパパの声が脳内に響いてくる。アゼルに視線を向けると、同じタイミングで目配せをしてきた。ということは、アゼルにも聞こえているということだろう。そしてパパの声は落胆の色に染まっていた。
『さて、人間ども。まずはエルを返してもらうぞ。……む? ほう、我の次元魔法を弾く、か。人間にしては中々やるではないか。この結界魔法を作ったのは貴様か?』
キューちゃんを指さし、何やら魔法を使ったようだ。だが、
「いや、俺だ」
なので俺は最大限警戒し、震え上がらないよう腹に力を入れて一歩前へ出る。
『ほぅ。貴様か。見た目は冴えないが魔法の腕はそこそこのようだ。それにその杖……
最後の一言で空気が変わった。これは殺気だ。全身が粟立つ。人間とドラゴン、種族として明確に上か下かが分かってしまった。
「キュー!!」
俺は一瞬フリーズしてしまった。その間にキューちゃんが結界の中から叫ぶ。
『ふむ。いい人、か……。エル、お前はまだ子供だから分からないと思うが、人間はみな善人の皮を被って近づき、平気で裏切っていく』
「キューキュー!!」
『あぁ、もしかしたらお前を腕に抱く少女は善人やも知れぬ。だが、この世界の全員が善人なわけがなかろう? エル、見るのだ。この施設は明らかに我々や他の地に住まう者を無理やり呼び寄せるための施設だ。人間とは自分の欲求のために平気で他の生物の意思を踏みにじる生き物なのだ。そんな者のそばにお前を置いておくわけにはいかない』
パパはキューちゃんと喋る時だけは殺気を鎮め、優しい声で諭している。残念ながらパパの言ってることはドラゴン側からしたら何も間違ってはいないし、人間として反論できることはない。
「あの……。ごめんなさいっ!! ミコがキューちゃんを呼びました!! キューちゃんもゴメンね。知らないとこに一人で来て、怖かったよね……。せんせー、エメリア様、結界を解いて下さい。キューちゃんをお父さんのところへ返して下さい」
だがそんな中、ミコは怖いだろうに巨大なドラゴンから視線を逸らすことなく、まっすぐに謝った。強い子だ。そして、キューちゃんを返すために魔法陣を解けと言う。だがそれは──。
「エメリア解くなよ。ミコすまない。それはできない」
「せんせー!? なんでっ!?」
ミコは断られると思っていなかったのだろう。自分の選択が正しいと思っていたのだろう。だが、そんな選択肢が許されるわけがない。
「なぜかって? 俺には生徒の命を守る責任がある。今、結界を解いてキューちゃんがパパのところへ戻ったとして、その後パパはじゃあ今後は気をつけてくれ、ハハハと笑って帰ってくれるだろうか?」
「え?」
どうやら、本当にそう思っていたみたいだ。だが、そんなことは決してありえない。なぜなら──。
「おい、パパさん? うちの生徒たちを虫けらを見るような目で見てんじゃねぇぞ?」
『……ハンッ、現に虫ケラだろう? 我の大切な子を攫おうとした害虫だ。我が次元を自由に行き来できる竜でなかったらどうなっていたと思う? 貴様らが悪気はありませんでしたと言ったところで我の元へエルは二度と帰ってこなかっただろう。今回は運が良かった。だが、次はどうだ? もしまたお前らの世界がエルを召喚したら? その瞬間にエルが殺されたら?』
「あぁ、これは最早ごめんなさいで済む問題じゃないわけだ。当然キューちゃんは返す。そして俺たちはお前を殺さないし、殺されてもやらない」
結果論だ、可能性だ、と反論することはできるだろう。だが、それが何だ。そんな話の段階はとうに過ぎている。パパの目を見れば分かる。あれは断固たる意思を持って俺たちを排除しようとしている目だ。だから俺は話し合いを諦めた。力を持って退けるまでだ。
その言葉に巨大なドラゴンは一瞬、目を丸くする。そして、ニタァと口の形を変えた。
『……クク、カカカ、アーハッハッハ!! 齢数千年を越えると、人間如きはひと睨みで戦意を失ってしまってな、啖呵を切ってくる人間に出会うことも減った。実に数百年ぶりだ、我に喧嘩を売るバカは。おい人間、名を覚えておいてやろう。名乗れ』
「ジェイドだ……」
『ふむ、ジェイド。良き名だ。我はカルナヴァレル。我が万が一負けることがあれば、この世界には手を出さないでやろう』
「……ありがたい。けどちょっぴりズルするぞ? こっちは二人だ」
アゼルに目配せをする。既に闘気は極限まで練りこまれていた。
『構わん。だが、貴様らが死ねば、我はこの世界を滅ぼす。エルを呼び寄せる危険性を持ってしまったこの世界を、な。覚悟してかかってこい』
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