第64話 アマネってほんとバカ

「え? うん、どうでしょう? キューちゃんせんせーに抱っこしてもらっ──」


「キュー!」


「え、あ、うん……。せんせー、その」


「あぁ、いやいい。通訳しないでもそれくらいは分かる」


 ものすごく嫌そうな顔をされた。俺の目からハイライトが消えたのが自分でも分かる。


「センセー、ドンマイ。大体こういう生き物は清くて穢れのない少女にしか懐かないもの。さぁ、キューべぇ、私が契約して魔法少女になってあげる。だから私の胸に飛び込んできて。それが私の願い。叶えてよ、インキュ──」


「キュー!」


 アマネは腕を目一杯伸ばし、俺の肩をぽんっと叩いた後、カッコつけて振り返る。そしてわけのわからないことを叫びながら両手を広げた。だがキューちゃんは完全に怯えており、アマネを睨みながら何事か呟いているようだ。


「あっ、えっ、アマネちゃんもダメなの? ……ごめん、アマネちゃん。キューちゃん、アマネの言ってることわけがわからないよ、って」


(それはそうだろうな。ていうかキューべぇってまた可愛くない呼び方をしたもんだ……)


 俺はジト目でアマネを見る。


「…………あたしって、ほんとバカ」


 アマネの目からもハイライトが消えていた。俺は先ほど同じ状況で掛けてもらった言葉──ドンマイをお返しする。ちなみに意味は分かっていない。そして、そんな俺に向かってアマネは薄ら笑いで鼻を一つ鳴らすだけだ。どうやらやさぐれてしまったらしい。


「ミーナ先生は触ってみないのか?」


 なので、ソウルジェムがーとかわけからないことを言っているアマネのことは放っておき、さっきからそわそわしているミーナに話を振ってみる。


「……その、断られるのが怖いので」


 どうやら俺とアマネが連続失敗しているのを見てビビっているようだ。そこで俺は幼馴染として余計なお節介をすることにした。


「おーい、ミコ。ミーナ先生はおっけーかどうか聞いてみてくれ」

 

「え、あ、はい。キューちゃんミーナ先生はどう?」


「あ、ちょっと。ジェイド先生……もう」


「キュ~……」


 そして俺とミーナはキューちゃんを注視する。その表情を見れば、なんとなく考えていることが分かって面白い。どうやらキューちゃんは悩んでいるようだ。ミーナが清くて穢れのない少女かどうかを。いや少女ではないだろう。


(っと、危ない危ない。余計なことを考えるとミーナに怒られるからな)


 すぐに何を考えているか見抜いてくる幼馴染に注意して、表情を引き締める。コメカミがピクピクしているのがバレませんように。


「うん、うん、わ、ありがと。ミーナ先生ならいいよって」


「え? ホント? 嬉しい!」


 良かった。これで標的が変わっただろう。チラリとミーナの顔を覗けば、パッと顔が輝いているではないか。この王都来訪中ずっと被っていたネコをニャーンと放り捨てて、素で喜びながらキューちゃんへと駆け寄っていった。


(確かに、ありゃ清らかだわ)


 そんな少女チックな一面を見て妙に納得する。そして恐る恐るキューちゃんに手を伸ばして微笑むミーナ。その瞬間は年齢より幼くみえ、可愛ら──。


(って、俺は何を考えてるんだ。まったく……)


 いつもより可愛らしく見えてしまった幼馴染をしばし眺めている。すると──。


「キュ、キューちゃん?」


「キュー?」


 キューちゃんが不意にミコの手から飛び出し、ミーナの胸にダイブしたのだ。見上げてくるつぶらな瞳。見下ろすミーナの瞳もうるうるしてしまい──。


「きゃわわ~、あの、私はミーナって言うの。よろしくねキューちゃん」


「キュー!」


「ね、ミコちゃん、キューちゃんはなんて?」


 遂にはモフモフバーサーカーになってしまうのであった。


(いや、まぁキューちゃんはモフモフはしてないけど。どちらかというとモキュモキュか?)


「えと、その……、ミーナはいい匂いがして好きだ、と言ってます」


(いい匂い……。確かに)


 俺も思っていたことだが、ミーナはいつもいい匂いがするのだ。やはりドラゴンも嗅覚が良いのだろう。だが、いい匂いと言われた本人はやや恥ずかしそうだ。


 それから暫くキューちゃんを抱いて愛でていたミーナだが、ある程度のところでミコのところへ返す。そしてホクホク顔でこちらへ戻ってきた。


「ミーナ先生、良かったな。どうだった?」


「えへへ、すっごく可愛かった。ジェイド触れないの残念だね」


 ミーナはキューちゃんの可愛さに頭をやられてしまったようで、レオが隣にいるというのに普段のミーナに戻ってしまっていた。なので珍しく俺がフォローし、話を変える。


「あ、あぁ。残念だな……。それでレオ、お前はどうなんだ?」


「え? ……いや、別にいいし」


 だが、幸いレオは俺とミーナのやり取りなど聞いていなかったみたいだ。それはそうだろう。今もその視線は──。


「嘘つけ。ずっとキューちゃんのこと見てるじゃないか。触りたいんだろ? 聞くだけ聞いてみればいいじゃないか」


「……俺、女じゃねぇし」


「いや、あれはアマネが勝手に言い出したことだ。キューちゃんだってもしかしたら……。おーい、ミコ。レオは触っていいか聞いてみてくれ」


「あ、おい、おっさん勝手なことすんなよ! 俺は頼んでなんか──」


「はーい。キューちゃん、あの赤髪の男の子。レオ君って言うんだけどね、うん、うん──」


 レオはお節介をされたことに腹が立ったのかブスッとむくれてしまう。だが、それ以上は文句を言わない。やはりなんだかんだ言って、キューちゃんに触ってみたいのだろう。そっぽを向きながらもチラチラと、ミコとキューちゃんのやり取りを気にしているみたいだ。


「うん。キューちゃんありがと! レオ君、優しく撫でるなら少しだけ触っていいって! よかったね!」


「……フン」


 レオはそれ以上何も言わない。が、笑ってしまうくらい早足でキューちゃんに近づいていった。それからできるだけ、ゆっくり手を伸ばし、優しく頭を撫でた。


「キュ~」


「うわっ」


「フフ、キューちゃんが可愛い坊やね、だって」


「……俺のが年上だし」


 なんだか微笑ましいワンシーンだ。


「それで、エメリアは?」


「私はやめておこう。今、触れたら知的好奇心が抑えられそうにない」


「なるほど、賢明なこって」


 そして俺とアゼルは通常運転のエメリアを見て、苦笑するのであった。

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