第48話 百戦錬磨の為政者

「それで?」


 俺は朝一番で学長室を目指した。幸いにもベント伯は在室しており、今の質問に繋がる。それで、とは一日頭を冷やして考えてきた結果を聞いているということだろう。


「はい。まず次の休みの王立魔法研究所への来訪は中止します。この件は生徒にきちんと事情を説明し、謝罪します。その上で学院から正式に来訪の打診をしていただきたく思います。私は努力クラスの生徒をみな進級させたい。そのためにはエメリアに会う必要があると考えています」


「……続けたまえ」


「ですが、私は王都追放の処遇を取り下げられてはいません。なので同行はミーナ先生に頼んでいます」


「……それでミーナ先生は? と、聞くまでもないか」


「えぇ、了承は頂いています。また生徒たちの親御さんに関しては同意書を作成し、署名をいただこうと考えています」


「なるほど……。それが君が一日かけて考えてきた答えか」


「……はい」


 淡々と喋るベント伯の顔色からは感情を窺うことができない。果たしてこの答えは正解なのか、不正解なのか。ベント伯の期待を上回るものか、下回るものか……。心臓のあたりに微かに痛みを感じる。


「ふむ……。実に優等生な回答だ。もっとも正解に近いだろう。だが──」


(だが……?)


「少しばかりお利口さんが過ぎやしないかね? 本当にジェイド先生は同行をしないでいいのか? そこまでして所長に会わせたいんだ。それをきちんと見届けなくていいのかね?」


 それはその通りだ。召喚魔法は専門外ではあるが、同行していれば何か助けになれることがあるかも知れない。そのほんの少しの助けが世界初の召喚魔法を成功させ、ミコが魔法師としての人生を歩めるきっかけになるかも知れない。


「……当然、ついていけるものならついていきたいです……。ですが、これ以上学院に迷惑をかけることは──」


「ジェイド先生、それは違う。君が言うべきはそうじゃない。私を説得してみせるんだ。私は貴族だよ? それも一つの都市、地方を預かる辺境伯だ。中央に対しての影響力はゼロではない」


 そこでベント伯はニヤリと笑う。これはつまり──。


「……では、ベント伯。私の王都来訪許可を交渉していただきたい。報酬は世界初の召喚魔法師の誕生です」


 俺がそう言うと、ベント伯はそれが正解だと言わんばかりに鷹揚に頷き、一通の封筒を差し出してくる。


「フフ、いいだろう。ほら、許可だ。次の休みに行ってきなさい。生徒たちの親御さんにも了承は得ている」


(許可が取れている? 昨日の今日なのに、か?) 


 俺はあまりの出来事に口をポカンと開けてしまった。そして慌てて封筒を開け、中の書状に目を通す。そこには確かに期間限定での王都来訪と王立魔法研究所見学の許可と生徒三人分の親御さんの署名が記されてあった。


「これは……」


「フフ、ジェイド先生。生徒たちの時間は限られているんだ。一日一日が分岐点だと思いたまえ。だとしたら我々は最善を尽くし、最大速度で教育にあたるべきだ。そう思わんかね?」


「……はい、仰る通りだと」


「フフ、というわけで休み明けの報告を楽しみに待っているよ。大見得を切ったんだ。何の成果も得られませんでした、では済まないぞ?」


「……肝に銘じます」


「あぁ、ちなみに生徒たちとジェイド先生たちの旅費は学院で持とう。これは正式な学校行事だからね」


「……たち?」


 確かに生徒は三名だから『たち』だ。しかし、同行する教師は──。


「ん? ミーナ先生も行くのだろう?」


「え?」


 ミーナは確かに俺の代わりに同行をしてくれるとは言ってたが、俺が行けるならわざわざ休みを使って帯同してもらうこともない。それに──。


「あ、いえ、しかし、次の休みに来訪する予定ではなかったため、ミーナ先生には──」


「確認と許可はとってあるよ。実は君より先に学長室に顔を出したのは彼女だったからね。というわけでしっかり頑張ってきたまえ。期待してるよジェイド先生」


「あ、はぁ……」


 どうやら最初から最後までベント伯の手のひらで踊り続けていただけだったようだ。百戦錬磨の為政者の前で情けない声が出てしまう。そして話しはこれで終わりだとばかりにベント伯は背を向けてしまう。


「……ありがとうございます。失礼します」


 そして、なんとなく負けたような気持ちになった俺は背を向けるベント伯に深々と頭を下げ、退室するのであった。




 俺はそのまま職員室へと向かい、自分の席へつく。隣にはミーナが既に座っており、マグカップを傾けていた。


「ミーナ先生?」


「ん、ジェイド先生おはよう。どうしたの?」


「いや、その、ありがとう」


「あぁ同行の件? フフ、教育係だからね。初の課外授業が成功するように監視してなきゃ」


「監視て……」


 と、言いながらも世話になりっぱなしの現状を考えると確かに監視という言葉で合っているのかも知れない。


「なんだい? それはデートの隠語か何かかな?」


 そこまで話していたところでスカーレット先生が目の前のデスクからにょきっと顔を出す。


「おはようございます。いや、違いますよ。そのままの意味です。生徒たちを同行しての課外授業です。と、スカーレット先生昨日はありがとうございました」


 喉もと過ぎれば、と言うが昨日あれだけ凹んでいた時に叱咤激励してくれたスカーレットさんに礼の言葉を言い忘れるところであった。我ながら実に不義理だ。


「ん? あぁ、どうやらきちんと美味いものを食べて、よく寝れたようだな。いい顔になっている」


「えぇ、おかげさまで」


 ミーナの料理を食べて、ミーナの家で寝たので、とは口が裂けても言えないが。


「おや? おかしいな。夕飯は食べないで帰るようにと言ったはずだが、まさか言いつけを破って外食を? それとも家で作ったのかな?」


「うへ? えぇーと……、いや……」


 と、そこまでは頭が回ったが、これは完全に失念していた。あまりに自然な問いかけだったため、素で答えてしまったのだ。そして動揺している間もスカーレットさんの眼光は鋭い。なんだか全てバレている気がした。


「はい、スカーレット先生そこまでです。朝のミーティングがそろそろですので私語はそこまでにして準備して下さい」


 だが幼馴染がわざとらしく、教科書を机の上でトントンし、話しを遮ってくれる。流石は二年近くスカーレットさんと接し続けてきただけある。


「おや、ミーナから注意されるとは、立派に成長してくれて私は嬉しいよ」


「せ・ん・せ・い」


「はいはい、ミーナ先生はおっかないな。ジェイド先生もそう思うだろう?」


 やめて欲しい。ここで余計なフリをかましてくるスカーレットさんに俺は引き攣った笑顔で曖昧に──。


「え、いや、まぁ……ヒッ」


 頷こうとしたが、隣の幼馴染からの笑顔で固まる。昨日の優しかった笑顔が嘘のようだ。同じ笑顔の筈なのに、今の笑顔からは寒気しかしない。


「ククク、ジェイド先生すまない。ついいじめすぎたようだ」


 そして、そんな俺たちのやりとりを見て、笑うスカーレットさんをやはり俺は憎めないのであった。

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