第47話 親指の使い方

 突然の問題。俺にとってミーナは何か。それはもちろん──。


「…………幼馴染?」


 これだろう。最もしっくりくる関係性だ。


「それはそうだけど。学校で、だよ」


 学校で? それだと話しは変わってくる。同僚? 先輩後輩? 上司部下というほどでは──。


「あ……、教育係だな」


 そこで思い出す。目の前の幼馴染は俺の教育係であるということに。


「正解。悩んでることあったんでしょ? 解決したの?」


「……いや、まだだな」


「それは私にも相談できないこと?」


「……いや、そういうわけではない」


 別に隠したいわけではない。何でも頼りっぱなしというのが嫌なだけだ。そう思うがそれは隠したいということに他ならないため、歯切れが悪くなる。


「私の教育係はスカーレットさんだったの」


「?」


 そこで突然話しの流れが変わり、何事かと思うがひとまず続きを待つ。


「初めて会った時、すごく怖くて厳しい先輩なんだろうなって思ったの。それで困ったことがあっても相談できずに一人で悩んで、一人で決めて……。で、案の定失敗しちゃったの。でもそれを報告したらスカーレットさんに怒られるって思って隠そうとした。フフ、それがバレた時のスカーレットさんは今思い出しても本当に怖かったな」


「…………」


 ようやくミーナが何を言いたいか悟る。


「その時はもう色んな感情が極まっちゃって大泣きしちゃったんだ。で、それからは一人でどうにもできないことはスカーレットさんに相談するようにしたの。もちろん怒られることも何度もあったけど、初めて褒められたときはすごく嬉しかったのを覚えている」


 俺は魔法局時代みんなから嫌がらせや無視をされ続けた。仕事内容で褒めてくれるのはダーヴィッツさんだけだった。そんなダーヴィッツさんに認められたくて、褒められたくて、助けになりたくてがむしゃらに頑張っていたことを思い出す。


「ねぇ、ジェイド? 私はおっちょこちょいだし、スカーレットさんほど頼りがいがあるとは思えないけど、ジェイドの味方だよ?」


 そしてミーナは笑顔でそう言ってのけた。


(まったく、俺の幼馴染は怒ってても笑ってても敵わないな)


「降参だ。ミーナは頼れる先輩教師だよ。実はな──」


 俺はミコのこと、王立魔法所への来訪のこと、そして学長に言われたことを順序だてて説明した。その間、ミーナは責めることも疑問を挟むこともなく黙って聞いてくれた。


「──というわけだ。後から考えたら分かることなのに、どうして俺は何も考えずに先走ってしまったんだろうな、ハハ」


 そして恥ずかしさを誤魔化すために自嘲気味に話しを終える。なんとも情けないものだ。だがミーナは──。


「フフ、ジェイド。それは恥ずかしいことでもなんでもなくて、みんな通る道だよ。生徒のことを考えすぎて周りが見えなくなっちゃうんだよね。私も周りの都合とかよく分かってないのに生徒のためになることをしようって暴走して泣きながら先輩に楯突いたこともあったな……って、私泣いてばっかだね」


 優しく微笑んで肯定してくれた。一つミスをすれば延々とつつかれ、嫌味を言われ続けた魔法局時代の同僚とは大違いだ。ここでは平民のジェイドではなく、いち人間としてのジェイドとして見てくれる。ミーナもスカーレットさんもベント伯もだ。


「え? ジェイド?」


 ミーナが慌てた表情をする。なんだろうか。


「ん? どうした?」


「いや……うん、ちょっと動かないで」


「お、おう」


 ミーナはそう言うとテーブル越しに上半身を乗り出し、右手を伸ばしてくる。ひとまず言われた通り動かないでおくと、その親指が俺の頬を一度だけなぞった。


「何かついてたか?」


「……うん、ちょっとね。さて、じゃあどうするか一緒に考えないとね」


「あぁ、すまないな。ありがとう」


「うん。じゃあまずは──」


 こうしてミーナは随分遅くまで俺の相談に乗ってくれた。そして気付いた時には──。



 

「ジェイド? 朝だよ」


「ん? あれ、なんでミーナ?」


 朝日が眩しい。目の前にはパジャマ姿のミーナ。寝ぼけた頭では状況が把握しきれず、昨夜の記憶を手繰り寄せる。


「……俺、ここで寝ちゃった?」


「フフ、うん。起こそうかなって思ったけど、眠りが深そうだったから」


 俺の顔を見て笑うミーナ。ずっとテーブルに突っ伏して寝ていたからどこかしらに跡がついているのだろう。


「あぁーすまない。こんなに深く眠ることはないんだがな。あと、これありがとう。んーー」


 俺は寝てしまったことを不思議に思いながら、背中にかかっていた毛布を返し、礼を言う。そして大きく伸びをした。


「多分、色々疲れてたんだよ。ジェイド、自分の心配とかしてなさそうだし」


「んー、そうかな? 記憶にある限り体を壊したことはないんだけどな」


「心の、だよ。さてっ、支度するから帰った、帰った」


「こらっ、押すな押すな。そんな追い出さないでもすぐに出てくって」


「乙女の寝起き姿はそんなに安くないの。はい、振り向かない」


 どうやらミーナも起きたばかりのようだ。まぁ俺がいつ起きるかも分からない中、朝の支度もできないか。


「あと、これ朝食。自分で温めてね?」


「……おう、ありがと」


 だが、朝食の準備はしておいてくれたみたいだ。幼馴染様様である。そしてパタンと扉が閉められ、俺は朝食の乗ったおぼんと目の前の扉を交互に眺め、片手で一度頭を掻いたあと、自分の部屋に帰るのであった。

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