第46話 目をつぶってパラチーナ、パラチーナ

「ミーナ? 俺だけどいるかー?」


 扉をノックした後、名を名乗る。いや名乗ってはいなかった。だが、まぁ分かるだろう。俺は改めて名乗るなんてことはせず、そのまま待つ。すぐに部屋の中からパタパタと駆けてくる音が聞こえる。


「よ。手紙を見てきたんだが?」


「ん。ご飯は食べた?」


「……いや、それがまだ食べてないんだ。けど、これには深い理由ワケがあるから聞いてくれ」


 夕飯を抜いたとなれば怒られる。俺は正直に食べていないことは告げ、すぐに弁明へと移った。


「いや、食べてないならそれはそれでいいんだけど? とにかくここじゃなんだから上がって?」


「え? いいのか?」


「もうクローゼットまで入っておいて今更だよ」


「…………お邪魔しまーす」


『え? いいのか?』は、夕飯を食べなくても怒られないのか、という意味であったが、恐らく言い直したら怒られるだろう。俺はその認識の齟齬そごを黙って飲み込み、そっと扉の内側に入って、鍵を閉めてから部屋へと上がる。


「でもジロジロ見ないでね?」


「……おう」


 この一言にギクリとさせられる。実は今にも左右を見渡そうとしていたからだ。昨日上がった時はスカーレットさんからのミッションを遂行しなければならなかったため、余計なことを考えている余裕などなかった。


 だが、今はどうだろうか。いくら幼馴染とは言え、女性の部屋だ。認めよう。俺は少しばかり緊張をしていると。そして落ち着かない時は、まず自分の周囲の環境を把握したくなるものなのだ。なので──コッソリ背を向けている隙に──。


「ジェイド、そこに座ってて? 今、ご飯持ってくるね。って、ジェイド?」


「……ふぁい!?」


 素早く左右を確認。危険物なし、クリア──なんてことをしていたら、ミーナの声に反応するのが少し遅れた。


「はぁ……。もう変に意識するのやめてよ?」


「……してないし。全っ然してないし」


「ならいいけど。じゃあ座っててね?」


「おう」


 そしてそんな俺の内心などミーナにはバレバレであった。だが、ここでそれを認めてしまえば、まるで俺がミーナを女性として見ているみたいではないか。いや、女性としては見ているが、いわゆる女性という意味ではない。生物学的には女性だ。うん女性。


 しかし、そこに愛だの恋だのを持ち出すのは違う。ミーナは俺を信用してそばで面倒を見てくれているんだ。ここでそれを持ち出せば裏切りになるだろう。


「何考えてるの?」


「…………魔法のことだ」


「ふーん、そう?」


「…………そうだ」


「ご飯にしても大丈夫?」


「おう」


 俺が考えことをしている間にテーブルの上には食事が並んでいた。色とりどりで料理名などは分からないが、どれも美味しそうに見えた。


「じゃあ食べよっか。いただきます」


「んむ。いただきます」


 ミーナと一緒に手を合わせ、礼をしてから箸を伸ばす。


「ん、この魚美味いな」


「フィゴードね」


「ほーん」


 知らん。そんな名前の魚は知らん。


「お、こっちの煮込んである肉も美味いな」


「エゾシックルのもも肉ね」


「ほーん。そいつは知ってる。山を駆け回ってるヤツな」


 トロトロに煮込まれた肉はとても柔らかく、ジューシーだ。味付けも濃い目で俺は好きだ。


「お、この葉っぱは──!? ……なんだ?」


 付け合せのサラダに入っている野菜を食べる。独特のクセがあるが、先ほどのエゾシックルの肉料理で濃い味となった口の中をサッパリさせてくれる。実に相性よし、だ。しかし目の前のミーナは固まっている。


「どうしたんだ? お腹痛いのか?」


「……いや嘘だよね? パラチーナまで知らないの?」


 どうやら俺の常識を疑っているようだ。失礼な。パラチーナくらいは俺も知っている。畑に生えている姿も想像がつくし、これがパラチーナだと言うならそうだろう。


「ハハ、冗談だ。さすがに俺でもパラチーナは知ってる。いやぁパラチーナは美味いなぁ」


「……それ、クルタムの葉だけどね」


「…………いやぁどれも美味い」


 どうやらカマを掛けられたようだ。だが、考えてもみてほしい。目をつぶってパラチーナ、パラチーナと思い込みながらクルタムを食べたらどうだろうか? パラチーナにもなるだろう。人間の五感というのは案外不確かで、思い込みによって簡単に変わってしまうものだ。確かエメリアあたりがそんなことを言っていた気がする。うん、美味い。


「……まぁ、いいけど。あと元気そうで安心したかな」


 すっかり食事に夢中になっていて、気付けばほとんど俺が食べてしまっていた。そしてそんな俺を眺めていたミーナが何かぼそりと呟く。そこでハタと思い出す。本来の用があったことを。手紙で呼び出された理由だ。


「あー、そう言えば何の用だったんだ?」


「半分は済んだよ?」


「え? もうか?」


 ご飯を食べただけだ。あとは食べている食材の名前を言っただけ。まさか、使われている食材を当てられるかゲームしたかっただけか? いや、そんなわけはないな。ではなんだったのだろう。考えてもやはり分からない。なら、もう半分を聞けば分かることだ。


「それでもう半分は?」


「その前に問題です。私はジェイドのなに?」

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