第3話

 なに、この動画。璃子のいたずら?


 でもそれにしては、あの女性は確かにあの時交通事故で死んだOLだった。そんなのあり得るわけがない。背筋に寒気が走って、知らぬ間に私の呼吸は早くなっていた。


 スマホはベッドの上でひっくり返って背中を見せている。どうしよう、触りたくない。お父さんを呼んでこようか……でもなんて説明しよう。


 グループ部屋のみんなはどうしているだろう?

 っていうか、璃子は? 無事なの?


 もう動画は終わっただろうか。そんなに長いものではなかったように思う。恐る恐る手を伸ばしてみる。突然、スマホのスピーカーが雑音を放つ。「ひっ!」と、私は手を引き身を引いた。動画が続いている――?



『え。マジ。やばい』


 どこかで聞いたような、でも聞き覚えのない声――私の声? スマホはしばらく、人が歩いているかのような雑音を拾っている。


『私が見えますか! 大丈夫ですよ! すぐに救急車が来ます!!』


 あの時のサラリーマンの声だ。あの時、私が撮影した動画が流れているようだ。スマホを放った時に触れてしまったのだろうか――ともあれ、さっきの璃子の変な動画が流れているのではない事に私は少し安心した。スマホを手に取って、ディスプレイを確認する。血まみれのOLが道路に倒れていて、サラリーマンが懸命に彼女の命を救おうとしていた。


 動画の再生を止めて、グループ部屋に戻る。


「うおー」「すげー」「リーマン草」などのコメントが表示されている。


 あれ……。

 璃子からの動画は?


 私はトーク履歴を一番下までスワイプさせてみたけれど、部屋のコメントの最下層に移動しても璃子から送られた動画が見当たらない。


 璃子、さっき動画送ってなかった? と私は言葉を入れてみる。しばらく反応はなく、既読の数字だけが増えていく。本人からの返事はない。


「? 動画?」と、グループメンバーの一人が言う。「なにか送ってた?」


「いや、おれこの部屋にずっと貼り付いてたけどわからん」「私も。動画ってなにー?」

などなど、そんなコメントが続いた。


 いや……嘘でしょ。私は確かに璃子からの動画を再生したのに。最初は気味が悪いと思っていた。けれど、会話のやりとりはそれを感じさせない明るいものが続けられていて、段々と私も怖さが薄れてくる。誰かが新しく人が死ぬ動画を貼り付けて、今度はそれで盛り上がる。


 ちょっと、救われた。やっぱり友達って大事なんだなと思う。なんとか今晩は眠れるかもしれない。



 グループ部屋ではちらちらと寝落ち宣言をする人が現れ、会話の流れも徐々に落ち着いていく。私も、気分が悪くないうちにさっさと寝てしまおうと思って、みんなにおやすみの挨拶をして布団に潜り込んだ。


 電気を消す。

 自慢ではないが、私は寝ようと思えばいつでも寝ることができるという特技があった。スゥ……と、眠りにつく。早く学校に行って、みんなでわいわい笑って過ごしたかった。




『サーーーー……』


 どこか遠い世界から響くノイズの音。眠りかけていた所で目を開けてみると、部屋がほんのり明るかった。枕元に置いたスマホのディスプレイの光だった。つけっぱなしだった? 私はその光の明るさに目をしかめながら電源ボタンを探す。その時。



『え。マジ。やばい』



 手が止まる。息も吸ったまま身体が硬直してしまった。動画の中の、私の声だ。スマホを持ち上げて目の前に持ってくると、またさっきの動画が勝手に再生されている。……勝手に? いや。何かの拍子でなぜかまた再生されてしまっただけだと思いたい。


 女性が倒れている。

 サラリーマンが力強い声を掛ける。もう何度も見た場面だ。


 私は動画を停止させようとしたけれど、ディスプレイの眩しさに片目を瞑って操作していたので画面と指の距離感が掴めずに、間違って停止ボタン少し上の再生位置のシークバーに触れてしまう。ちょうど、女性が最後の瞬間にこのスマホを見つめた場面に移動した。血をはじいた白いメイク顔。ぱっちりとした仕事のできそうな瞳がこちらに向いている。サラリーマンも力なくこちらを向く。


 動画はここで終わるはずだった。けれど、不意に女性が立ち上がった。


 ……え。

 立ち上がった女性はしばらくじっとこちらを見つめたあと、なにごともなかったかのように背を向けて歩きはじめた。


 画像はその背中を追った――私が撮影したハズの動画なのに、私の知らない映像が続く。女性は交差点を渡って、しばらくコツコツとヒールを鳴らして歩いた。動画の中の空が、早送りで夜になる。



 ……待って。

 ようやく、私は気付いた。


 そっちに行かないで。

 私はスマホを強く握りしめる。



 OLが歩く道は、いつもの私の通学路だ。事故のあった交差点は私の家の近所なのだ。彼女はその道を歩き、そして、足を止める――私の家の前で。女性は、二階にある私の部屋を見上げた。



 そんなわけない。

 そんなわけない。


 やらなければいいと思いながらも、私は恐る恐る、カーテンから外を覗いてみた。白い街灯に照らされた道路に、誰かいる。



 あのOLだった。

 

「キャア!!」


 声にならない叫びを発して、私は腰を抜かしてしまった。スマホが転がって、今度はディスプレイが上を向く。私の部屋をほんのり灯す。


 その動画の中で、女性は私の家の敷地に足を踏み入れて、玄関に手を掛ける。鍵は掛かっているハズと思ってみたが、扉がなんてことなさそうに開いてしまう。OLが家の中に入る。


「イヤ……」


 お父さん、お母さん、助けて――


 けれどうまく身体を動かせなくて、声が出ない。


 女性が階段を昇る。その動画の中の音と、私が実際に部屋で聞く音がシンクロしはじめた。ギィギィ、コツコツと足音が近づく。部屋の外の階段から、誰かが昇ってくる。


「イヤ……。イヤ、イヤ、イヤ……」


 部屋の前で足音が止まる。ノブが動き、ドアが開く。


「イヤ……」


 開いた扉の先に、血まみれになった女性の姿があった。


 イヤアアアア――――



 耳を塞いで身体を丸める。

 光を感じてバッと目を開けると、気付けば私はベッドに横になっていて世界は朝になっていた。


 一歩遅れて目覚ましがなる。



 なんだ……よかった。

 夢だった。


 私は汗びっしょりで、天井に向かって手を伸ばしていた。



 ドキドキがまだ残っている。でも呼吸を整えて、いつもどおりの朝だと自分に言い聞かせるために、いつもどおり歯磨きやメイクをして、いつもどおり制服に着替えて、いつもどおりご飯を食べて家を出る。途中、スマホの通知が複数回鳴った。グループ部屋に何件かの書き込みがあったのだ。


遥香ハルカ、大丈夫?」「その動画なに?」「めっちゃこわい」「生きてるよね?」


 そんな風に、なぜか私の事を気遣うコメントで溢れていた。



 え、なにが? と思い、コメントの内容を遡ってみる。すると、私が一つの動画を送信している履歴が残っていた。昨日の私が寝た後の時間帯だ。でも、そんな覚えはない……私はそれを再生させてみた。



 深夜の閑静な住宅街。その道を女性が歩いている。間違いない、事故死して私が撮影した、あのOLだ。私は食い入るようにそれを見つめた。あの夢と一致している動画だったのだ。女性は私の家の前で足を止め、玄関から家の中に入り、階段を昇って私の部屋に入る。うずくまって泣き叫ぶ私がそこにいる。



 嘘でしょ――


 肩に誰かがぶつかってきた。でも、動画から目を離すことができない。夢の続きがこの動画にはあった。この先の私がどうなるのか――あの夢は夢ではなかったのか――



 動画の中の女性が、動画の中の私を見下ろしている。そして私と視線を合わせるようにしゃがみこんで、そして囁いた。



「ほら。……赤信号」



 え。

 私は顔を上げる。私は横断歩道の上にいた。世界が止まっているかのようだ。歩行者信号が赤く光っている。右方向から何かが迫ってきている。私はゆっくりと、そちらを向いてみた。




 世界が転がって、めちゃくちゃになる。身体が動かせない。たくさんの人が集まってきている様子が分かった。その内の一人と目が合う――なんだかうれしそうな顔をしたOLが、私にスマホを向けている。


「マジやば。グロ……」


 誰かが私に駆け寄って、その野次馬たちに叫び声をあげる。


「お前らスマホ向けてんじゃねーよ! 最低かよ!」



 そうだよな……と。

 この時ようやく、私はそれを思った。





死体に動画を向けたから。

END

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死体の動画を撮ったから。 丸山弌 @hasyme

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