第123話 異世界異文化交流編⑥〜交流特区の設立と貴族位の叙勲ってホント?

 * * *



「改めて自己紹介しよう。我が名はエアスト=リアス。地球では成華・エンペドクレス・エアリスと名乗っている。単純にエアリスとだけ呼んでくれ。それから――」


「アウ、ラ」


「我が娘のアウラだ。よろしく頼む」


 俺たちをソファーのある応接ルームまで案内してくれた女性――エアスト=リアスさんと、そして彼女の首に掴まり、背中に負ぶさっているツインテールの幼子が自己紹介をする。


 何故だろう。

 このふたりに既視感を抱いてしまうのは。

 雰囲気がセーレスさんとセレスティアちゃんに似ているからだろうか。


 俺たちが大きなテーブルに着席すると、エアリスさんは全員の前にティーソーサーを置き、予め淹れておいたお茶をポットから注いでくれる。


「あ、あの、手伝います」


「わ、私も」


 アリスとメリアが立ち上がりかけるのを、エアリスさんは首を僅かに傾ける動きだけで押し止めた。その口元は小さな笑みが形作られていて、とても洒落たカッコいい仕草だった。


「茶を淹れている最中には口を開けなくてな。目線だけですまない」


「い、いえ……」


 最初の一杯を注ぎ終えたエアリスさんはアリスとメリアに謝罪すると「失礼する」と言って商店会長の後ろから手を伸ばし、そっとカップを置いた。


「あ、こりゃどうも」


 そのまま隣の会長の奥さんの後ろに周り、再びカップに茶を注ぎソーサーの上に置く。次は茶屋の婆さん、署長の奥さん、そして栗林先生と、流れるような所作でお茶が置かれていく。


 なんというか実に角が立たない順番というか。

 こういう席ではお茶を淹れる順番にも気を使うものだと思う。

 年功序列だったり、男女だったり、細かい礼儀は数えだしたらキリがない。


 でもエアリスさんは優先すべき順番を顔ぶれをひと目見ただけで看破しているように見える。この場で一番偉い……のは間違いなくレイリィ女王だが、俺達の代表は間違いなく商店会長とその奥さんである。


 そしてそれぞれ商店会の重鎮たちにも年齢が上の順から実に丁寧にお茶を淹れて回っている。


「失礼する」


「あ、ありがとうございます」


 重鎮たちの次は俺と異世界嫁たちの番だった。

 ティーカップを置いたエアリスさんに礼を言うと、彼女は俺の顔を覗き込んでくる。


「なるほど」


「え?」


「いや、なんでもない」


 そして彼女はティア、アリス、芽依、リオ、メリアにもお茶を淹れていく。この辺は別け隔てなくと言うか、特に順番などは気にしていないようだ。お歴々のときとは違い、座った順番にお茶を淹れている。


「さあ、カップと睨めっこしていても仕方がないぞ客人方。冷めない内に飲んでくれ」


「ああ、それじゃあ……」


 そう言って会長さんが一口紅茶を啜る。


「う。こりゃあ……」


「ああ、美味いねえ」


 そう言ったのは茶屋の婆さんだ。

 深く刻まれた目の周りのシワを震わせながらホッと息をついている。

 彼女は当然和洋中に関わらずお茶の味にもうるさいヒトだ。それが太鼓判を押すのだから事実極上の一杯なのだろう。


「ホント、美味しいわ」


「紅茶がこんなに美味しいと思ったのは初めてね」


「若いのに大したもんだ」


 栗林先生と会長の奥さん、署長の奥さんも称賛を惜しまない。

 うーん、コレは確かにすごいぞ。無糖の紅茶がこんなにフルーティで美味しいなんて初めてだ。茶葉もいいのだろうが、何か独自の工夫がこの味には隠れているような気がする。


「エアリスーエアリスー、もう大分綺麗になったと思うのだけれどシャンデリア……」


 俺たちの頭上では空中浮遊したままのレイリィ女王が、豪奢なシャンデリアの造形を丁寧に磨き続けていたが、いい加減泣きが入ってきたようだった。


「仕方がないな」


 ――パチンッ、とエアリスさんが指を弾くと、レイリィ女王がふわりと降りてくる。ドレスのスカートが一瞬浮きかけるが、それを手で抑えながら彼女は、見事つま先から着地を決める。そして――


「アリスちゃ――」


 ……などと突撃仕掛けたのをエアリスさんに首根っこ掴まれていた。


「いい加減にせんか馬鹿者め。貴様のせいでアリスの服が汚れてしまったぞ」


「それに関してはもちろん弁償いたしますわ。あ、アリスちゃん、代わりのお洋服が隣のウォークインクローゼットに用意してあるから着替えましょう、そうしましょう、ね? ね?」


「さては貴様、わざとアリスの服を汚したな?」


「ほほ、何のことかしら?」


 今のレイリィ女王はファンデが剥げて唇のグロスも顎にまで広がっている有様だ。アリスはせっかくのセミカジュアルの胸元がベッタリと汚れて酷いことになっている。


「はあ……しょうのないやつめ。来い、貴様は化粧直しだ。楓、アリスの服を見繕ってやってくれ」


「はーい。かしこまりました」


「カエデ! いいですか、アリスちゃんに用意した服を着せるのですよっ! 絶対ですからね!」


「え、えーと……」


 席を立ちかけた秋月さんが困った顔でエアリスさんを見る。

 エアリスさんは唾を飛ばすレイリィ女王に「はあ……」とため息をこぼした。


「カエデ! あとで特別な便宜を図ってあげるから! 後生です!」


「……言うとおりにしてやってくれ」


「あはは。わかりました。アリスさん、本当に申し訳ありません、向こうでお召し替えをしましょう?」


「あ、あの、どんな服を着させられるのかとっても不安なんですけど」


「大丈夫、悪いようにはしませんよー。おとなしくついてきてくださいねーぐへへ」


「うう、伊織様ぁ」


 俺の方に手を伸ばしながらもアリスは秋月さんに連れられていってしまう。レイリィ女王も同じくエアリスさんの手で引きずられていった。


 こうして俺たちには茶を啜る音と、そしてテーブルの上にフワフワと滞空する褐色の肌の幼子だけが残された。


 会長さんたちは穴が空くほどその幼子を凝視しているが、当の本人はまるで気にした様子もなく、宙を泳ぎ続けている。と――


「あ、あの、アウラ様、メリアです。覚えていますか?」


「アウラ様、ティアですー、お久しぶりですぅ」


「ふん。相変わらず眠たそうな顔だなアウラ」


 メリアとティアに続き、リオもまた幼子に話しかけている。

 やっぱり異世界嫁たちと知己なのか。ということはエアリスさんは龍神様の……?


「覚えて、る」


 そう言った幼子――アウラちゃんは、またしてもフワ〜っと宙を行き、メリアの胸にスポッと収まった。


「わあ、ありがとうございます。うーん、アウラ様ってばお日様の匂いがしますー」


 たまらずメリアはアウラちゃんを抱きしめ、アウラちゃんはナデナデとメリアの頭を撫でていた。これではどちらが年上なのかわからないな。


「メリアばっかズルいなあ。アウラ様、うちにも抱っこさせてくださいな」


「ティア……」


 フワっと浮かび上がったアウラちゃんは、今度は隣のティアへと抱きつく。


「おほ。ちょっと重なったんと違います? 成長してますなー」


「ホント……?」


「ホントホント」


「んふー」


 大きくなったと言われて嬉しいのか、アウラちゃんは満足そうに鼻息を吹き出していた。その隣ではリオが「大きくなるわけないだろコイツが」と悪態をついていた。


「なにか、言った……?」


「いや、言ってないぞ。言うわけがない」


 慌てて否定するリオ。

 その顔は青ざめて、かなり余裕がない感じだ。


「んんー……?」


 ティアの腕を離れたアウラちゃんはそのままリオの頭上へと周り、リオの頭をペチペチと叩き始めた。叩く、というより強めに撫でている、という感じだろうか。リオも煩わしさを感じているようだ。


「あ、あのな、何をしてるんだお前は?」


「リオ、悪い子。躾け」


「やめんか!」


 リオに邪険にされたアウラちゃんは「プクー」とほっぺを膨らませ、今度は俺と芽依の方へとやってきた。


「誰……?」


「あ、えっと……俺は衣笠伊織っていうんだけど。こっちは夷隅川芽依って言って――芽依?」


 芽依は顔面蒼白になっていた。

 ガタガタと震え、俺のスーツの裾を千切れるくらい強く握っている。というかホントに千切れるからやめれ。


「おい芽依、お前どうしたんだよ?」


「こ、こここ、この子、セレスティアちゃんと同じだ……!」


 ろれつが回らない感じで芽依が絞り出す。

 え? セレスティアちゃんと同じということはまさかこの子――


「アウラちゃんって精霊様なの?」


「う、ん……」


「へえ。セレスティアちゃんは水の精霊様だったけどキミは……?」


「私、は……」


「いや、待って、当ててみせるから」


 俺は渋面を作り、腕を組むと「うーん、うーん」とわざと大げさに悩んで見せる。チラっと瞼を開くと存外期待の眼差しをしたアウラちゃんが顔を輝かせていた。


「土……いや、違う。炎……違うなあ。もしかして……風じゃない?」


「あた、り」


「ホント? 当たった?」


「う、ん」


「そっかそっか。風の精霊様かー、すごいねー」


「う、ん……」


 おお、なんかアウラちゃんが照れてるぞ。

 精霊様とはいえやっぱりセレスティアちゃんと同じく子供なんだなあ。


 子供はリアクションがすべてだ。こっちが付き合ってやる……というのは傲慢だが、子供に合わせて全身でリアクションを取れば必ず心を開いてくれるものだ。


「なま、え」


「うん?」


「きぬ、が……?」


「伊織。いーおーり、だよ」


「いお、り……いおり」


「うん、よろしくね」


「う、ん」


 笑顔を浮かべながら手を差し出すと、紅葉の手が俺の人差し指と中指をキュッと握りしめた。ああ可愛いなあ。顔立ちもよく見るとエアリスさんにそっくりだし、褐色の肌から推測するに彼女も魔人族であるようだ。


 つまりティアとの間に子供ができたらこんな感じの子が生まれてくるのだろうか。いいな……アウラちゃんみたいな子供が自分の子だったらかなり自慢じゃない?


「あ、あんたちょっと凄すぎない?」


 隣では芽依が唖然とした様子で俺とアウラちゃんのやり取りを見ている。


「ふ……昔のお前に比べればアウラちゃんは超いい子だぞ」


 幼い頃の芽依ちゃんはちっちゃくて可愛くて、そんでもって強いのなんのって。あの頃の芽依はブレーキが壊れたダンプカーか金棒持った鬼だったものマジで。そんなキミをとりなしているうちに得られたスキルなのさ。


 芽依は「ぐっ――何も言い返せない。悔しい……!」と苦い顔をしていた。


 いや、芽依だけではない、メリアもティアも息を殺すように俺を凝視していた。


「なんなんだおまえは……! 女と見れば精霊でも何でもお構いなしかッ!?」


 リオは己の肩を抱きながら、わななく唇でそんなことを叫んだ。


 いやいや、神様と同義である精霊だっていうのはわかってるけど、それより以前に子供だし、人前ならまだしもこういう限定された集まりの中でも特別扱いするのって可哀想じゃないか――


 などということを口にすると、リオは軽く両手を上げた。降参ということらしい。メリアとティアも脱帽、みたいな様子で「そんな風に精霊様に接することができるのは旦那様だけです……」「うちらのご主人はどえらい大物え……」と首を振っていた。


 芽依は先程よりはマシだが、アウラちゃんの一挙手一投足にいちいちビクビクしている。このビビリンめ。この子もセレスティアちゃんみたいに、芽依には猛獣に見えているんだろうか……?


「いおり。いおーり」


「はいはい、なんですか?」


「なんでもない……」


 アウラちゃんは俺の名前を呼んだきり、俺の肩の上に乗っかり、耳を触ったり髪を引っ張ったり、剃ったばかりの顎髭をジョリジョリしてくる。いやそれにしても軽いなあ。まるで大きくて暖かい綿毛でも乗っかってるみたいだ。


「あ、あのなあ伊織よう」


「はい?」


 声をかけてきたのは会長さんだ。

 その顔にはありありと驚愕と戸惑いが見て取れる。


 いや、会長さんだけではない、他のお歴々も俺の肩に座るアウラちゃんに注目したままひたすら瞬きを繰り返している。


「ちょーっと私達、いろいろなことについていけてないの」


「ここは若いもんに教えを請いたいね」


 栗林先生と茶屋の婆さんも追従する。


「さっきの、お茶を淹れてくれたヒト……あのヒトが女王様を浮かせていたのが魔法、なのかい?」


 署長の奥さんがズバリ聞いてくる。。

 俺は「ええ――」と肯定しかけてリオの方を見た。


「ああ、そのとおりだ。エアスト=リアスは風の精霊魔法使いと呼ばれる魔法世界マクマティカでも一二を争うほど凄腕の魔法使いだ」


 年齢を明かしたことでリオは、お歴々に対してもまったく遠慮なくタメ口を叩いている。いや、もともとこの子は誰にでもこんな感じだ。セーレスさん以外には……。


「やっぱりそうなのね。手品とかイリュージョンではないのね」


 会長の奥さんが疑うのも仕方がない。

 この部屋の天井からピアノ線で吊っているとか、そんなチャチなものでは断じて無いのだとようやく実感できたらしい。


「俺にはさっぱり、ちんぷんかんぷんだが、一体どんな理屈であんな風にヒトを一人浮かび上がらせることができるんだ?」


「えーっと、まず四大魔素って言うのがあってですね――」


 俺は炎、水、風、土という4つの魔素がこの地球上には溢れており、魔力という生命エネルギーにと意志力によって魔素を操り、様々な現象を起こすことができるのだと、秋月さんからレクチャーされていた魔法の原理を説明する。


 その際、特にリオやメリアたちからもツッコミが入らなかったので概ね間違ってはいないようだ。


「魔法か…………なんか異世界のことは連日テレビでやってはいるが、どこか現実感がなかったな。でも今ようやく実感できたぞ」


「まったくだねえ……」


 会長の呟きに頷くのは茶屋の婆さんだ。

 お歴々の中では最年長に当たるヒトだ。


「まあ私にとっちゃ今の世の中、スマホやらなにやらで、もう半分魔法みたいな世界だからねえ。特に驚きやしないよ。おっきなロボットだってあるくらいだしね」


 署長の奥さんの言葉に会長さんたちは「そうだな」と同意しているが、実はそのスマホのコアチップやロボット――歩兵拡張装甲の技術にも異世界由来の技術が必要不可欠だったりする。なんのことはない、俺達はとっくの昔に異世界と切っても切れない深い関係になっているのだ。


「――おまたせをいたしました」


 その声に振り向いた瞬間、俺は息をするのも忘れた。


「あ、あの伊織様、いかがでしょうか?」


 ――プリンセス・アリス。

 本当におとぎ話の中のお姫様が着ているような純白のドレス姿に、頭にはティアラまで頂いたアリスが俺たちの前に現れた。


 そのあまりのらしさ・・・に、俺はもちろんお歴々と異世界嫁たちですらフリーズしてしまう。


「も、もしかしてどこかおかしいでしょうか、こういう召し物はずいぶん久し振りに袖を通したものですから……」


 アリスのすぐ後ろ、秋月さんが俺に向けてジェスチャーをしている。『ハヤクイエ・カンネンシロ』みたいなことを口パクしている。……おほん。


「綺麗だよアリス。うん、綺麗すぎてビックリした」


「あ、あああ、ありがとう、ございます……!」


 アリスの白いかんばせが見る見るうちに真っ赤になっていく。

 メリアは「アリスさん素敵です」と褒め、ティアとリオは「アリスばっかズルいー」と唇を尖らせていた。


 芽依は俺の肩に乗ったままのアウラちゃんに『つんつん』とされて、そのたびに「いや、ホント勘弁してください」と小さくなっていた。


「アリスちゃん……私が褒めたときはそんな顔を見せてくれなかったのに! そんなにその男がいいのっ!?」


 後からやってきたレイリィ女王は、もじもじと赤くなっているプリンセス・アリスに猛然と抗議をした。メイクを直して服の乱れも整えた彼女はさすがの風格を帯びているだけに実に残念な発言だった。


「落ち着け馬鹿者。いい加減話を進めないと明日から天井で生活してもらうぞ貴様」


「――ひッ!?」


 またしてもアリスに抱きつこうとする女王の肩をエアリスさんが押さえつけた。いや、それにしても天井で生活って……何気に怖いことを言うヒトだ。


「皆様、長々とお待たせしましたことをお詫び申し上げます。本日お呼びだてしたのは他でもありません」


 唐突にスイッチが入ったレイリィ女王はまさしくクイーン・レイリィへと変貌した。ソファにゆったりと身体を預けながら、超常的な雰囲気を漂わせるアルカイックスマイルを浮かべている。俺たちは一瞬にして飲まれてしまった。


「実は今私達は魔法世界マクマティカと交流事業を受け入れてくださる市町村を探しております。引いてはアリスちゃんたちが住む十王寺町の方々にその旨をお願いしたく本日はお越し願いました」


 ――はッ、と俺は正気に返る。

 今言われたことはとんでもないことだ。

 つまり十王寺町が――


「な、なんですかい、するってえと十王寺町と異世界が姉妹都市的な感じになれってことですかい?」


 いち早くその答えにたどり着いたのは商店会長さんだ。

 これはいよいよ大きな話になってきたとお歴々も表情を引き締めている。


「そうですね、そう考えていただいて構いません」


 会長の言葉を肯定したのはレイリィ女王の脇に控えていた秋月さんだ。


「具体的には異世界との交流特区に十王寺町を指定し、人材交流や異世界文化の発信を積極的にしてもらおうという試みです」


「い、いや、いきなりそんなこと言われても、俺達はまだあなた方のことはなんにも知らなくてだな」


「確かに。未だ魔法世界マクマティカの情報は世間に浸透してるとはいい難い状況ではありますが、ですがもうすでに十年以上前から、官民による交流、あるいは事業は続けられてきたという実績があります」


 秋月さんは語る。俺たちの日常生活の中にも異世界由来の技術を応用した必需品は数多くあると。それはレアアースやレアメタル的な資源だったり、あるいは魔法を応用した技術などがもうかなりの度合いで浸透してきているのだと説明する。


「今回大々的に発表がなされたのは、これ以上秘匿することに意味がなくなったからとお考えください。もう十分に、地球は異世界と交流する下地が完成していると判断されたのです」


「むう……、だがそれは、地球は異世界に依存してしまっているということなんじゃないのか……?」


 自分たち民間人の知らないところで、いくら官庁や企業が異世界由来の資源や技術で利益をあげようとも、俺たち一般人からすれば、それは静かな侵略に当たらないだろうか、と会長さんは言う。


「今のところ世間の評価は良くも悪くもあんた方をはかりかねている。この先世間の好感度がどっちに転ぶかわからない以上、現時点でおいそれと話を受けるのはちょっと怖いな」


 会長さんの物言いはとても鋭い指摘だと思う。

 非常に冷静で客観的な見方をしているとも言える。

 しかも異世界の代表者たる女王を前にしてそう言い切るのだから大したものである。


 実際会長の言葉を受けたレイリィ女王も小さく頷いて聞いていた。

 エアリスさんと秋月さんは変わらずレイリィ女王の傍らに静かに控えたままだ。

 おそらく、こんな風なことを言われるのも想定のうちなのだろう。


「そうですね、あなた様の仰ることはとても正しいです。私達に不足しているのは民間レベルでの相互理解です。ならばこその交流特区の設立であり、文化と人員の交流を加速させたいと考えています」


 誰でも最初の一歩を自らが踏み出すとなると躊躇するものだとレイリィ女王は言う。だがその一歩を勇気を持って先んじることで、多くの利益も得ることができるとも。


 俺は意外とレイリィ女王はロマンチストの類いではなく、利益を優先する企業人のようなリアリストなのかも、と密かに驚いていた。


「それに、そもそも地球は異世界に対して大きな恩義がある立場でもあるんですよ」


 そう言ったのは秋月さんだ。

 どういう意味なのだろうかと、会長さんたちお歴々は続きを促すよう黙した。


 秋月さんはエアリスさんの方をチラッと見、「クス」と僅かな笑みをこぼすと、おそらく会長さんたちにとっては衝撃の事実を披露した。


「十三年前に地球に起こった大災害。実はあの時に最前線で戦っていたのは地球人だけではなかったのです。異世界からやってきた龍神様と呼ばれる方々もまた、私達と手を取り戦ってくれたからこそ、今の平和な世界があるのです」


「な、なんだって……!?」


 十三年前の大災害。

 忘れもしない12月29日の木曜日。

 空に突如として現れた黒い太陽から侵略者が地球へとやってきた日。

 沿岸部から上陸した宇宙人たちにより、千葉、東京を中心に多くの人命が犠牲となった。


 太平洋に面したアメリカが最大の被害国であり、特にハワイ島は当時150万人の島民が全滅するという未曾有の大惨事となった。


 当時はようやく歩兵拡張装甲がアメリカ軍と自衛隊の一部に配備され始めたばかりであり、圧倒的な物量を持った宇宙人たちに抗しきれるものではなかった。


 軍隊、警察、消防、そして民間人と。愛するものを守るためにみんな戦ったが、それでも宇宙人たちに対する決定打を持ってはいなかった。


 結局ヤツらを撃退したのは特別な力を持った人外の者たちと、そして異世界からやってきた龍神様たちだったのだ。


「なんてこった……俺たちは知らずにあんたたちに救われていたということなのか」


 身を乗り出して秋月さんの話を聞いてた会長さんはドッとソファに背中を預け天井を仰いだ。


 当時俺は幼かったが、それでもヤツらの恐ろしさは未だに夢に見るほどだ。会長さんたち大人からすれば正に世界の終わり――とびっきりの悪夢だったに違いない。


「もともと、異世界と地球の交流とは、世界を救った者同士、地球と異世界の英雄同士の友情が始まりでした。何を隠そう、こちらにいるエアリスさんこそ、当時戦った英雄の一人なのです」


 秋月さんが目線を向けると、エアリスさんは「うむ」と静かに頷いた。


「私はその時、アメリカ大陸沿岸部の防衛に回っていた。日本ではまた別の仲間たちが戦っていたがな」


 エアリスさんがそう言うと、居住まいを正した会長が真摯な眼差しで口を開いた。


「いや、結局どこで戦おうとそれで世界が救われたことには違いない。とすれば、俺達はあんた方から受けた恩も知らず、世間体を気にして二の足を踏んでいる恥知らずということになる……」


「それは違う。そなたの言うことはごく当たり前のことだ。それに私達も過去のことを持ち出して恩に報いろ――などということが言いたいのではない。そなたたちには私達と共にこれからの、未来のことを考えて欲しいのだ」


「未来の……?」


 会長がエアリスさんを見る。

 そのエアリスさんは何故か俺と、そして異世界嫁たちとを順番に見た。


「双方の世界には、それぞれ優れた部分があり、そして足りないものが存在する。それは技術や資源にとどまらず、ヒト同士の交流も同じだ」


 エアリスさんは「衣笠伊織」と俺の名を呼んだ。

 続けて「メリア・メリオン」「ティア・ガンダレウス」「アリス・エル・エブロス」「リオ・ウルガータ」と一人ひとりの顔を見ながら名前を口にし、そして最後に声には出さず「夷隅川芽依」と確かに呟いたようだった。


「もうすでに知っていることと思う。彼女たちは全員魔法世界マクマティカ出身者である。だが、彼女たちはそれぞれの事情により、魔法世界マクマティカにいては幸せになれなかった者たちでもある」


 それは自分ではどうしようもない大きなものによって運命を左右されてしまったが故に。政治的なことだったり、内戦だったり、天災だったり、突発的な異世界転移だったりと事情は様々だ。


「だがどうだ、衣笠伊織の元、今の彼女たちは順風満帆な日々を送っていると聞く。そればかりではなく、地球人である衣笠伊織とそこにいる彼女たち全員が紛れもない愛情を育んでいるそうだ。それは例え異なる世界の者同士であっても、手を取り共に歩んでいけるという証左に他ならない」


 エアリスさんが「愛情」と口にした途端、会長たちは俺とメリアたちをギョッとした顔で見る。だがすぐさま「ははあ……」なんてため息をつき、生暖かい目を向けてきた。会長などは「こいつめ」みたいな顔で苦笑している。


「逆に、私の友人のひとりに、地球でのしがらみから抜け出すために、魔法世界マクマティカに移り住んだものもいる。そのものは今獣人種の魔法学校で教鞭を取り、優れた知識を子どもたちに伝え、獣人種の世界に革命をもたらしている」


 それは初耳だった。

 もしもそんなヒトがいたとすれば、同郷のものとしてとても誇らしい気持ちになる。メリアは「ほへー、そんな方が……」と小さく呟いているので、彼女は知らないようだが。


「エアリスの言うとおりです。私達は必ず手を取り合うことができます。そして良き隣人として愛し合うことができる。それを体現している者たちが住む場所だからこそ、十王寺町の方々と共に若い世代のために未来を作っていきたいと考えているのです」


 最後はレイリィ女王が締めた。

 会長さん、会長の奥さん、栗林先生、茶屋の婆さん、署長の奥さんと。


 五人はそれぞれ、先程まであった不安げな表情が消え、今は何事かを決心した強い意思を瞳に宿していた。


「なるほど、お話はわかりました。ただひとつだけ言っておきたいことが」


「はい、なんでしょう」


 レイリィ女王は優しげな笑みを浮かべ、会長さんに続きを促す。


「失礼ですが女王様のお国と違って、日本国は民主主義を大原則にしております。例え俺たちだけが賛成してもそれを周りに押し付けることはできない。あくまでみんなとよく話し合ってから決めたいと思います」


「もちろんです。ですがきっと良い結果が得られると確信しております」


 レイリィ女王が自信を持って言う通り、先程までとは会長たちの雰囲気が全く異なっている。地球を救ってくれた異世界の英雄の存在、そして民間レベルですでに人材交流がなされている事実などなど……好意的な条件がいくつも揃っているのだ。これは大いに期待が持てそうである。


「ちなみに……必要なことですので言わせてもらうとですね、ええ、嫌らしい話などではなく、あくまで大切なこととしてなのですが」


 秋月さんが揉み手をしながら会長さんの後ろに回り、懐から取り出したスマホの画面を見せている。


「異世界交流特区になりますと、人材派遣や文化の積極的な発信を行う義務が発生しますが、詳しいことは後ほどお話するとして、それ以外にも政府の方から補助金が出ますはい」


「ほ、補助金?」


 会長とお歴々がガダン、ガタガタと椅子を動かして肩を寄せ合う。秋月さんは全員に見えるようにスマホの画面を操作した。


「名目は『第七特殊地域交流推進事業補助金』ということになるのですが、ちょいちょい、パパパのちゅうちゅうタコかいな、とはい――こんな感じの金額になります」


「――んがッ!?」


 会長さんは顎が外れんばかりの大口を開けた。

 栗林先生は「ヒッ!?」と小さな悲鳴を上げている。

 会長の奥さんはテーブルに突っ伏しそうになるのを必死に堪え、署長の奥さんは口から泡を吹き、茶屋の婆さんは召されたように白目を剥いていた。


「そういえば十王寺町の児童公園の遊具、かなりガタが来ているんじゃないですか? 日頃のメンテナンスを頑張っているようですが、いい加減限界ですよね。十王寺幼稚園は子供の声がうるさいとご近所から苦情がきているとか。防音が効いた屋内グラウンドを作ったら、子どもたち喜ぶでしょうねえ……?」


「あ、あんた、そんなことまで調べてるのか……!?」


 おいおい、と俺は舌を巻いた。

 秋月さんのやり方はまるっきり財務官僚が地方の政治家を抱き込む時の手法じゃないか。彼らは「どこどこの小学校の体育館老朽化が激しいそうですね」としか言わない。補修費用を出すとは絶対に言わないが、それを匂わせて議員を従わせようとするらしい。


「ま、前向きに検討させていただくよ」


「はい、ぜひお願いしますね」


 秋月楓……恐ろしい子っ!


 そしてレイリィ女王、今口の端っこをクイッと持ち上げて笑ったの、俺気づいてますからね。エアリスさんは「やれやれ」と首を振っているが止めないあたり貴方も同罪です。


「さて、交流特区と合わせてもう一つお話があります」


「もうこの際なんでも言ってくれ。全部持ち帰って検討させてもらうから」


 会長さんは精神的疲労から半分投げやりになっている。

 それはレイリィ女王と秋月さんたちにとって都合のよい状態だとわかってるのかな?


「十王寺町が交流特区になった場合、ここにいる彼女たち全員を交流大使に任命したいのです」


「ははあ、まあ話の流れからは自然ですな」


 レイリィ女王の提案どおり、異世界代表としてもうすでに地域で抜群の知名度を誇るメリアたちが大使に任命されるのは理にかなっている。


「それに際しまして……私は本意ではないのですが、本当に本当に本意ではないのですが、とある重要人物からの強い推薦がありまして、仕方なくお話をしなければならないことがありまして……」


 レイリィ女王はアリスたちから視線を外し、胡乱げな表情で俺を見てきた。心の底から「なんであんたみたいな凡人が」という冷たい視線だった。おふ、俺のM心が刺激されちゃいそう。


「えー、実は衣笠なにがしくんには、魔法世界マクマティカを代表する彼女たち――メリア・メリオン、ティア・ガンダレウス、リオ・ウルガータ、そして業腹ながら我がバウムガルデン家の血を引くアリス・エル・エブロスたちの生活と心を支え、魔法世界マクマティカに多大なる貢献をもたらしたとして勲章が贈られることになります――ちッ」


「はい……?」


 最後の舌打ちにも気にならないくらい俺はポカンとした。

 それは異世界嫁たちとお歴々も同じだった。全員が自分の耳を疑っていた。


「勲章に際して衣笠伊織には獣人種列強氏族、雷狼族長ラエル・ティオスより名誉氏族の称号が。我が夫タケル・エンペドクレス、並びに鬼戒族の元王アズズ・ダキキからは感謝状と魔族種領ヒルベルト大陸の永住権と特別通行証が送られる。そして――」


「プリンキピア大陸の王都・ラザフォードからは男爵位を叙勲します。よかったですわね、あなた交流特区内に限っては王都の貴族を名乗れますよ」


 エアリスさんの補足を継いで不貞腐れた様子のレイリィ女王が俺に向けて手をひらひらとさせる。


 いや、貴族って。そんなこと急に言われても喜んでいいのかよくわからないのだが。まあ俺みたいなのでも大変な名誉だということは理解できるけど……。


「よかったですね伊織さん、今までみなさんと絆を深めてきたかいがありましたねっ!」


 秋月さんはバイザーから溢れた涙を拭いながら、俺の手を取って握手を求めてくる。いや、ホントどういうことなのかな。わかりやすく教えて欲しいんだけど……。


「まだわからないんですかっ!? 交流特区内では人材交流と保護の観点から一部魔法世界マクマティカの法律が適用されることになるんです。当然貴族の権利と義務も発生しますが――何より、王都の貴族なら一夫多妻が認められるんですよっ!」


「は――――はあああああああああああああああああああああああああああッ!?」


「えええッ!?」


「嘘やんっ!?」


「なんだとッ!?」


「やった……!」


「そんなことって……!」


 俺は椅子を倒して立ち上がり絶叫していた。

 叫んだのは俺だけではない。メリアもティアもリオもアリスも芽依も叫んでいた。


「俺が貴族……みんなと同時に結婚できるの?」


 口をついて出たその呟きは俺の肩に止まったままのアウラちゃんにより肯定されることとなる。


「いおり、よかった、ね……?」


 つんつん、と頬を突っつかれながら、これはどエライことになったぞ……と俺は内心で冷や汗を流すのだった。


 続く。

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