第103話 入学祝いだよ! みんなでパーティしよう!〜伊織・異世界嫁たちを守る意味を考える

 *


「ふーん、そうですか。てっきり真面目に身体を鍛えているのかと思いきや、芽依さんとはお外でチュッチュしていたのですね」


 スタスタと早口で言いながら商店街のアーケードを歩いていくアリス。

 俺は野菜と肉が入った袋を両手に持ちながらそれを追いかける。


 つかず離れず、今の彼女は俺が近づくことも許さないが、離れすぎることも許さない。微妙に距離をおいたまま「自分は不機嫌なんだぞ」とアピールしていた。


 いつもからすればかなり早いペースで歩くアリスに、商店街の通行人たちはギョッとして道を開けていく。


 俺は後頭部しか見えないが、多分今彼女は「私とっても面白くありません」という顔をしているのだろう。それを目撃したヒトたちが驚き、思わずササッと道を譲ってしまっているのだ。


「伊織様」


「は、はい」


 突然ピタッと立ち止まった彼女に、俺も足を止める。

 六人分の野菜と肉が入った袋はかなり重く、持った手がしびれ始めているが、今は我慢するしかない。


「私がどうして怒っているかわかっていますか」


 振り返ったアリスは、眉間にシワを寄せ、プクーっとふくれっ面になった。

 いつもは淑女然としている彼女がそんな表情をすると急に幼く見えてしまう。俺は笑い出しそうになるのを懸命に堪えた。


「それは――俺が芽依とキスしてたからであって……」


「はあ……やっぱり全然わかってませんね」


 アリスは「ちょっとこちらにいらしてください」と俺の裾を引いた。

 今俺の両手は塞がれていて、その仕草はまるで小さな子が「こっち来て、いいから来てよ!」と我がままを言っているみたいだ。アリスの子供の頃……さぞ可愛かったろうなあ。


 人通りの多かったアーケードを外れ、併設する小道へと誘導される。

 そこでアリスは閉店した店舗のシャッターに俺を押し付け、先程のふくれっ面のままキッと見上げてくる。


「私は伊織様が芽依さんとキスをしたから怒っているのではありません」


「え、そうなの?」


「はあ……当たり前ではないですか。今更キスくらいで」


 おお、アリスにしては珍しい「やれやれ」顔だ。

 呆れたようなトロンとした半眼がSっぽくて、ドMな俺はゾクッとしてしまう。


「そ、それよりもっとすごいことを私やティアさんにもしているわけですし、むしろ春まで受験のために我慢をしている芽依さんをきちんと気遣っているのか心配していたほどです」


 我が家で最もすごいことをしているナンバー1がティアで、ナンバー2がアリスである。彼女たちは常にある程度の情報共有をしながら、あの子にしたことを自分にもしてくれとまま要求してくる。


 それは自分だけが俺を独占したいがためではなく、平等に愛して欲しいという欲求から来ているようだ。


 俺は個々人それぞれの心情、年齢、経験値、条例や法律を鑑みて、それぞれでできることとできないことを見極めながら、清く正しく堂々と異世界嫁たちとイチャついている。もちろん、本人が望まない無茶はしないよう心がけている。当然だ。


 それはアリスも理解しているが故に、キスをすることを咎めているのではないという。では一体何に対して彼女はお冠なんだろうか……。


「先程、伊織様は私の要求を無視して頭を撫でてくださいました」


「え?」


「私はてっきりご褒美としてキスしてもらえると思ったのに、多分お肉屋の大将の目を憚って頭を撫でる程度にしたのでしょう。芽依さんとは往来の場所でキスしたくせに……!」


 アリスは肩を怒らせ、唇を尖らせながら俺に詰め寄った。

 なんというか、その姿が本当に愛らしくて、俺はこらえきれず吹き出してしまう。


「酷い、笑うなんてあんまりです!」


「ごめんごめん。アリスが怒ってる原因があんまりにも可愛かったからさ」


「じゃあどうするんですか? 幸い周りに人の目はありませんよ?」


「もちろんこうするさ」


 チュッと首だけを動かしてアリスに口づけする。

 本当に唇と唇を触れ合わせるだけのライトなキス。

 顔を離すとアリスは、目を見開いてキョトンとしていた。


「むー……不意打ちでした。なんだかそっけない感じで物足りないです」


「言っておくけど、芽依とキスしたときは早朝でそこまでヒトはいなかったし、一応商店街の知り合いに見られないように気は使っていたんだからね?」


 でも結局は誰かに目撃されていたらしく、恐らく今商店街ではその噂でもちきりなのだろう。参ったねこりゃあ――と。


「よいしょっと」


 噂のことを考えていたらアリスに胸を押された。

 背中をシャッター扉に、そして前をアリスに挟まれて身動きが取れなくなる。


「ちょ、ちょっと、アリス? 何するつもり!?」


「今伊織様は両手が塞がっているので、今度は私の方からキスをいたします。どうか動かないでくださいませ」


「いやいや、今はたまたま人通りがないだけで、いつ誰が来るか――」


 俺の胸に両手を置き、つま先立ちになったアリスが、そっと顔を近づけてくる。

 ああ、ダメだ。逆らえない。だってこんな奇跡みたいに綺麗な女の子が、ぷっくりとした魅惑の唇でキスをおねだりしてくるのだ。


 もう誰かに見られていても関係ない。俺は芽依とアリスに手を出したゲス男の誹りを覚悟して――


「はいはいはい、そこまでえ」


 その声に目を開ければ、ブチュっと俺は紙の本にキスをしていた。そして反対側では、アリスもまた本にキスをしていることだろう。っていうかこれ、俺が貸した高校の教科書じゃ――


「あんたらいい度胸やね。ついにそこまで見境なくなったん?」


 俺たちを邪魔――止めてくれたのはティアだった。

 褐色の肌にグレーのシャツをまとい、上からサマージャケット、下は茶系の七分丈パンツ、靴はサンダル履きだ。


「あら、ティアさんでしたか。ほほほ、どうも」


「どうもやあらへん。ふと窓の下に目をやったらドエライもんが見えてビックリしたえ」


「窓の下って、ティアは今どこにいたんだ?」


「あれあれ、あそこ」


 そう言ってティアが指さしたのは俺たちがキスしてたシャッターの真向かい。

 小さな雑居ビルがあり、一階は駐車スペースになっている。

 おや、奥の階段の脇に小さな看板が。


「二階が喫茶店になってるのかここ。知らなかったな」


「ふーん、ご主人も知らない店なん? それはちょっと優越感やね」


 ティアはニカっと歯を見せて笑った。


「ここの路地人通り少ないやろ。二階の喫茶店も知るヒトぞ知るって店みたいでな、たまに勉強してるんよ。店も静かで落ち着いとるし、老夫婦が儲けより余暇を楽しむためにやってる感じやね」


「へえ、そうなのか」


 年配のヒトは祖父さん伝いで知っているヒトが多い。

 もしかしたら顔見知りかもしれないな……。


「そんで? あんたらは何こんなところで盛っとるん。一度キスしたら満足するかと思ったのに、さらに盛り上がり始めたから慌てて止めに来たえ」


「そうですね、申し訳ありません。ちょっと芽依さんに対抗心を燃やしていたみたいです」


「ああ、うちも聞いた。なんや行く先々で聞かれてウンザリよ。『ふたりはどこまで行ってるのー』って。そりゃ行くとこまで行っとるちゅーの」


「おいおいティア、何肯定してくれちゃってるのおまえ!?」


 荘厳荘の住人であるティアがお墨付きを与えてしまっては、俺と芽依は完全に付き合っていることになってしまう。いや、実際は異世界嫁全員と付き合ってるのだが……。


「別にええやないの。うちかて地球に来てもう半年弱。色々世間の認識というか常識は知ってるえ」


「それはどういうことですか?」


 聞き返したのはアリスだ。

 ティアは丸めた教科書を肩に担ぎ、トントンと叩いている。


魔法世界マクマティカかて、ハーレムなんてもんは絶対的な権力者にしか許されへん。王政や貴族制度のない日本やったらなおさらや。せやから表向きご主人は芽依と付き合っとることにすればええやん」


「おまえ、それ本気で言ってる?」


 ティアはもちろん、と頷いた。


「ご主人が言いたいことはわかるえ。ご主人はうちらを平等に愛してくれとるし、うちら女同士の仲もすこぶるええけど、そんなん世間からしたら関係ないもん」


 確かにティアの言うとおりだ。

 先程だって、アリスとは腕を組んで歩いていたけど、それだって外国人にありがちなちょっと過度なスキンシップくらいに思われてスルーされていた気がする。


 だがもし、アリスのリクエスト通り、大衆の面前でキスをしていたら、俺は完全に芽依とアリスに手を出した二股野郎と言われていただろう。


「でも俺は、そんなものは覚悟の上で――」


「もちろん、ご主人のその心意気は男としてあっぱれやけどね。でも、そしたら多分うちら荘厳荘あの家に住み続けるのは難しくなるえ」


 ティアの言葉は厳しいものだ。でも核心はついていると思う。

 俺たちの生活の中心である荘厳荘。そして十王寺商店街。

 覚悟があるだけでは全てを守ることは難しい。

 異世界嫁たちか住む場所か。もし選択を迫られれば、当然後者を切るしか無い――そんなときが来るかもしれない。


「うちは今の生活が大好きえ。できれば変えたくない。あの家も好きやし、この街も好き。そしてご主人とみんなのことはめっちゃ愛しとる。全部守るためにはちょい堪えんとあかんときもあると思うんよ」


「そう、ですね……全面的にティアさんのおっしゃる通りです。私も軽率でした。反省して、今後外では過度に伊織様にベタベタするのは控えます」


「うん、まあ手をつないだり、腕組むくらいはええと思うよ。なんかようわからんけど、外国人は大胆ちゅうのが日本人の認識らしいから」


「そうなのですか?」


「あんた今度ネットで外国の挨拶って調べてみい。人前で顔と顔くっつけたり、なんなら親しい友人くらいなら挨拶代わりにキスするえ」


「伊織様、今度練習しましょう!」


「はは……お手柔らかに」


 笑いながら俺は自分の甘さに臍を噛む思いだった。

 俺なんかよりティアの方がよっぽど考えてくれている。

 みんなだけでなく、住環境まで含めて守ろうとしているのだ。


 そうだ、メリアだってせっかく学校に通い始めたのに、もし荘厳荘にいられなくなってしまえば、早々に転校しなければならなくなる。友達とも別れなければならないし、そんな可哀想なことはさせられない。


 もっとしっかりしなければ。

 みんなを守ると覚悟さえあればいいのではない。

 そんなものは単なる度胸だめしと一緒だ。


 言動と行動が伴い、自らを律し、規律が保たれてこそすべてを守っていけるのだ。


 今日は図らずもそのことをティアに教えられた。

 決してやりすぎないこと、そして欲望に流されないこと。

 誰からも注目されるほど美しいアリスやティアたちだからこそ、世間のゴシップネタにはなってほしくない。


 それら醜聞や嘲笑からも、俺は彼女たちを守っていかなければ――!


「ほいじゃ、ご主人とアリス、ちょっと待っててな。行ってくるから」


 ティアは丸めていた教科書を広げて小脇に抱えると、俺達に対して背を向けた。行くってどこへだ?


「うち、スマホも勉強道具も全部喫茶店に置きっぱなしえ。お会計もまだやし、すぐ戻らんと」


「あ、ああ、そうか。俺たちは帰るか?」


「そうですね。でもせっかくだからティアさんを待って三人で帰りましょうか」


「そうだな、そうするか」


「おっけー。じゃあ荷物取ってくるえ」


 そう言うとティアは小走りに走り出し――喫茶店へ続く階段前でくるっとターン。再び小走りで俺の元へとやってくる。


「右見て左見て、上も下も確認して、うん問題なし」


「ティア? 何を――」


 突然襟首を掴まれたかと思いきや、そのままキスされた。

 ちなみにアーケードがある方角には教科書を掲げて接触部分を隠してのキスである。今更隠しても全然意味ないけど。


「んんー、……ぷは。ごちそうさま」


「ティ、ティティティ、ティアさん……!?」


 アリスが赤くなったり青くなったり顔色をコロコロ変えて忙しい。

 うーん、完全にディープだったな。直前まで飲んでいたコーヒーの味までわかる濃ゆいキスだった。


「今のは誰にも見られてないえ。わかるアリス? やるんやったら絶対バレへんように。それが周りに対する礼儀ってもんよ」


「伊織様ッ、私も――」


「ダメー。一回は一回やろ。今この場でやるんはさっきの誓いに反するえ」


「くッ、そんな……!」


「我慢やアリス。家に帰ったらなんぼでもチュッチュしたらええ。でも今は我慢するんや」


「往来で舌まで入れてキスしたヒトが何を――!」


「ほらほら、向こうからヒトが来たえ。そないな大きい声出さないの。それじゃお会計してるくわぁ」


 ティアは口元を教科書で隠しながら「ほほほ」と階段を登っていった。

 アリスはティアが消えた階段と、そして俺――正確には俺の唇を交互に見やりながら「きーっ!」と地団駄を踏んだ。通りがかった主婦が「何事? 痴話喧嘩?」みたいな目を向けながら通り過ぎていく。


「ふうう、ふううううっ、伊織様ぁ……!」


「は、はい、何でしょうアリスさん?」


「家に帰ったら、とってもすごくて激しいのを要求しますっ!」


「ゆ、夕飯の用意に支障が出ないレベルのものをお願いします」


「善処しますが今の私はものすごく伊織様とキスがしたくてたまりません……!」


 ひえええ。

 こりゃあしっかり満足させないと晩飯が遅くなっちゃいそうだ。

 今から気合い入れておかないと。


 ――それにしても異世界嫁たちは日々成長してるなあ。

 家計のことを考えて日々ご飯を作ってくれているアリスもそうだし、ティアも俺たちの関係と世間の見方をクールに分析している。


 俺も自分にできることをひとつひとつ頑張っていこう。

 とりあえずは明日の放課後、総研の活動開始だ。


「お待たせー、それじゃ帰ろかあ」


 そう言うとティアは俺の左腕を抱いてスタスタと歩き始めた。

 振り返ればアリスの顔色は紫っぽくなっていた。


「この、あんな偉そうなこと言っておいてあなたというヒトは――!」


「今は往来がないからええもーん」


「私だってっ!」


 追いついたアリスが俺の右腕を取る。

 はは、こりゃあすごい。今朝のメリアと芽依に続き両手に花だ。

 しかも二の腕にはGとJの感触が押し付けられている。

 男としてはこのまま召されてもいいくらいの満足感だ……!


「私、正直頭の良さではティアさんには勝てませんけど、それでも荘厳荘住人の胃袋を握っているのはお忘れなきようお願いしますねっ!」


「ちょ、なにあんたその言い方っ! 脅してるつもりなん!? まさか兵糧攻めにする気!?」


「いいえ、そんなことはしません。ですがあからさまに差をつけてやります。ティアさんだけおかずが一品少なかったり、極端に量が減ったりしますが悪しからずっ!」


「そんな! あかん、それはあかんえ!」


「今更遅いですっ! 私完全に怒ってるんですからっ!」


「うわー、こりゃ参ったぁ! こうなったらご主人にアリスの機嫌を治してもらわんと。ご主人、アリスが怒ってたこと忘れるくらいメロメロの骨抜きにしたってー!」


「いいけど、そんなことデカイ声で言うなよっ!」


 あ、結構人通りのある道に出ちゃった。

 そしてすっごい視線を感じるぞ。

 巨乳の異世界美少女二人に腕組まれながら歩いてる俺ってすげー。

 また噂になっちゃうかも……。


 そんな感じでごくごく短い時間だったが、俺達はギャイギャイ騒ぎながら家路を急ぐのだった。


 *


「えー、それではアリスと、そして差し入れを作ってくれた則夫さんに感謝して――いただきます!」


 ――いただきます!


 夜19時、荘厳荘。

 全員揃っての食事である。


 俺の周りには、テーブルを囲んで時計周りにメリア、リオ、芽依、アリス、ティアが座っている。


 そして目の前にはアリスが宣言した通り、大皿に花びらのように盛り付けられたローストビーフ、サクサクの衣に包まれた牛カツが並べられていた。


 さらに夷隅川食堂からメリアの入学祝いとして、則夫さん特製のちらし寿司が届けられた。全員の前にそれぞれ置かれた桶には色とりどりの刺し身が配置され、肉と魚のダブルパンチで目が眩みそうだった。


「す、すごいごちそうです……! こんなにたくさん……嬉しくて泣いちゃいそうです……ぐすっ」


 というかメリアは既に感激しすぎて涙目になってしまっている。

 今日の主役はキミなんだから、遠慮せずにいっぱい食べるといい。


「はあ、はああ、よかった! お腹空いてたけどさっき食べなくてホントよかったあああああ〜!」


 メリアの隣でよだれを零しているのはうちのダメダメエルフ娘である。俺たち三人が帰宅した途端、両手にハムエッグとパンケーキの皿を乗せたリオが、「アリスぅ! 明日食べるから、明日の朝ごはんにするから、私にもごちそう食べさせてくれえええ!」などと土下座してきてビックリした。


「もうリオさん、夏場はごはんも痛みやすいですから、ちょっとでも変な匂いがしたら食べなくて大丈夫ですからね。ふふふ」


 アリスの機嫌は治っていた。というか治るどころか上機嫌に針が振り切れるまである。俺、超頑張ったよ……。


 帰って早々のアリスは大変虫の居所が悪く、ジャンピング土下座したリオのことをめちゃくちゃ蔑んだ目で見下ろしていた。そして「一体いつまで寝ていたんですかこのダメエルフは……!」と絶対零度の暴言を吐いた。俺はゾクゾクした。


 晩飯の全ては俺のキステクニックにかかっているとのことで、リオとティアから全力で送り出され、5号室に籠もること10分あまり。アリスは「もう、伊織様のけ・だ・も・の♡♡♡」となった。よかったよかった。何故かおあつらえ向きに布団が敷かれていたのでそれもちょうどよかった。ふいー、男の仕事をやり遂げたぜ。


「ふんまいっっっ!! 舌の上で魚の上品な脂がとろけりゅううっっ!」


 米粒を飛ばしたのはリオだ。

 大トロの乗った酢飯にかぶりつくやいなやの絶叫である。

 粗食はどうした。豆腐は相変わらず好物みたいだが、怠惰の味を覚えてカロリーが半端ないなダメエルフめ。


「衣サックサクやねえ。甘辛いタレも最高え」


 ティアが食べているのは牛カツだ。

 衣はカリフワ、そして中の牛肉はしっとりと柔らかい。

 ふたつの絶妙なハーモニーが口の中で渾然一体となって炸裂する。

 アリスはん、あんたなんてことをしてくれたんや!


「メリア……? あんた大丈夫!?」


 メリアは口いっぱいにローストビーフを入れたまま咽び泣いていた。

 もっち……もっちもっちもっち、と口を動かし、ごくんと細い喉を鳴らす。

 そして再びダーっととめどなく涙を溢れさせる。


「私幸せです。学校に通えるだけじゃなく、こんな風にみなさんに祝ってもらえるなんて」


「こらこら、入学くらいでそんなに感激してたら身がもたないぞ。これからクリスマスもあるし正月だってある。あとみんなの誕生日も祝っていくからごちそうを食べる機会はまだまだあるぞ」


「そんな……、私また泣いちゃいますっ!」


 これから季節ごとに祝い事はたくさんあるし、みんなの誕生日――日本に来る際に用意された誕生日は、だいたい魔法世界マクマティカの暦に合わせて設定されている。ただそれが秋から冬に集中していて、今まで誕生会を開く機会がなかったのである。確か最初は10月のアリスか。なにかプレゼントを用意しないとな。


「そんな、プレゼントなんて……私は伊織様のお胤さえいただければ――」


「あんたさすがに振り切れすぎえ。あと食事中やし」


「むぐ。失礼。とにかく私のプレゼントは一日伊織様を好きにする権利をくださいまし」


 やだ俺何されちゃうの? 生きて帰れるかな……?


「はあ、全く。帰ってきて早々アリスと部屋に籠もってイチャついちゃってさあ。あー、ヤダヤダ」


「芽依さんにだけは言われたくないですっ!」


「あんたにそんなこと言う資格ないえ! 交差点で朝っぱらからチューしとったくせに!」


 ぶはっ、と芽依がオレンジジュースを吹き出す。


「な、なんでそれを知ってるのよ――まさかあんた!?」


 喋ったの、と芽依が睨んでくる。

 だが俺は両手を上げてフルフルと首を振った。


「商店街中の噂になってるえ」


「八百屋の女将さんと肉屋の大将は知ってるみたいでした。あのふたりが知ってるなら、もう十王寺商店会に情報共有されているはずです」


「あああああああっ、そんな、明日からどんな顔してみんなに会えばいいのよっ!」


 芽依は頭を抱えてテーブルに突伏する。

 でもキスしようって言ってきたのはお前だからな。

 お兄ちゃんも流されちゃったけど、自業自得だよ?


「メリア、学校はどうだった? 友達はできたか?」


「はい、もちろんです! あのですね、エリカさんとよしえさんと一子さんと夏夜さん、それから富士宮くんと椿くんとお友達に――」


「ちょっと待て、後半二人は男か?」


「はい、そうですが、それが何か?」


「メリア、男女七歳にして席を同じうせずと言ってだな、みだりに近づくことは――」


「ほえ? 旦那様は何をおっしゃってるんです?」


「馬鹿……むぐむぐ。お前今伊織に嫉妬されてるんだ……もぐもぐ。素直に喜んでおけ……ごくん」


 桶のちらし寿司を半分ほども平らげたリオが指摘する。

 悪いか。男の純情ってやつだ。メリアは可愛いんだから、絶対好きになる男子とかいるはずだぞ。


「そうなんですか!? うわあ、うわあ〜、旦那様可愛いですぅ……!」


「同感です。伊織様は超お可愛いです」


「ご主人は前々から素敵に可愛いえ」


「まあ多少はね……」


「キスしてるときが特に可愛いぞ」


 メリア、アリス、ティア、芽依、リオの順番だ。

 なんだよ可愛いって。そんなこと言われても嬉しくないぞ俺は――


「どうも〜、デザートのケーキはいかがですか〜? この度はメリアさんのご入学おめでとうございます〜?」


「ついにインターホンすら押さなくなったなこのバイザー女」


 大きなホールケーキの包みを持って現れたのは口元に笑みを貼り付けた秋月さんだった。もうニコニコですねあんた。


「うわ、すごいごちそう! 美味しそうですね〜!」


「秋月さんもどうぞ、摘んでいってください」


「いいんですかっ! 実はお腹ペコペコだったんです!」


 おいおい、絶対最初から集る気満々だっただろうあんた。


「秋月はんも飲む? 車で来たん?」


「全然平気です! あとで運転するものを呼びますから!」


「ほいじゃかんぱーい」


「乾杯ですっ! あああ、美味しいです! 今日は第七特殊事業の大きな達成日!

旦那にもよくやったって褒められたし、格別に酒が美味いですぅぅ!」


 なるほど、メリアの入学は彼女たちコーディネーターにとっても重要な懸案だったと。じゃあ仕方ない、飲み食いすることを許そうか。


「許そうかってなんですか伊織さん、もう亭主関白ですか? ぷぷぷ、似合いませんよー」


「そんなんじゃないですよッ! っていうか牛カツ食い過ぎ!」


「いいじゃないですかー、美味しいんですもんこれー」


「あの、まだありますので……」


「あー、食い足りないな。ハムエッグ食べるか」


「ご主人飲んでる〜? いえーい!」


「ちょっとあんたら、もう少し静かに食べなさいよ!」


 ……本当に賑やかな食事会だった。

 酔っ払ったティアと秋月さんが飲み比べをして、アリスが忙しく料理を追加し、食べたり無いとリオがハムエッグとパンケーキまで食べ始めて、それらを芽依が叱りつける。


 右隣にいるメリアはそんなみんなを眺めながら、俺に聞こえるか聞こえないかの声でポツリと呟いた。


「お父さん、お母さん、私今とっても幸せです……!」


 そんな噛みしめるようなセリフを口にしたメリアは、俺の視線にハッと気づくと「えへへ」と笑った。俺も自然と笑顔になった。


 こうしてニャンコ娘の入学初日の夜は更けていくのだった。


 続く。

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