第75話 沖縄旅行三日目、勝負を仕掛ける嫁たち〜ワンデイ・ハーレムパーティー①

 * * *



 ――とぼけなさんなよ。ハーレムだよハーレム。みんなキミのこと大好きなんだからさ、がっつりエッチなことしちゃっていいんだぜ?


「眠れねえ」


 爽子先輩と洲崎さんが東京へと帰ったその日の夜。

 俺はひとり悶々とした夜を過ごしていた。

 理由は明白であり――――ぶっちゃけ興奮して眠れないのだ。


「せ、先輩があんなこと言うから……」


 *


 夕方、先輩と気まずそうな洲崎さん、そして百理さんが乗った車を見送った俺たち。その日の夕飯は予定していたバーベキューを行うことになり、せっかくだからとプライベートビーチの方にコンロを持ち込んでワイワイがやがやと飲み食いをした。


 やはり獣人種、生のお肉が網の上でジュージュー言いながら焼き上がっていく様を、メリアは爛々とした瞳で見守っていた。ティアはもうすでにお酒が入り、爽子センセの分まで飲んだるーとピッチを上げていた。


 リオは程よくバランスよくお酒とお肉、野菜も交互に食べていた。大分焼けてきたところで芽依が合流し、鉄板の上で大量に焼かれていたソース焼きそばをガフガフと食べ始めた。


「あ、伊織様、よろしいですのに」


「そんなこと言って、焼いてばかりで全然食べてないだろ。ほら、俺が代わるからアリスも食べな」


「…………はい」


 アリスがチョイスしたのはおっきなフランクフルトだった。

 それをすっかり上手になったお箸で器用に持ち上げ、先端にまるでキスをするように齧りつく。


「んん、大きい……」


「アリス、今の、もう一度言ってくれる?」


「え、あの……すごく大きいです」


「ありがとう」


「? どういたしまして」


「何やらせてんのよあんたは」


 五人前はあった焼きそばを一人で完食した芽依がアリスのフランクフルトを奪う。そして俺に見せつけるようにカッティングばさみを使って真ん中から大胆に切断した。


「こんなものはね、細かくしちゃえばなんてことはないのよ」


 バチン、バチン、バチン。


「ありがとうございます芽依さん。うん、美味しいですね」


「旦那様はどうして前かがみなんですか?」


「いや、大丈夫。なんでもないよ」


 不思議そうに聞いてくるメリアの口端には焼き肉のソースらしきものがついていた。俺はそれを指先でちょいっと拭い自分でペロッと舐める。メリアは恥ずかしそうにはにかんでいた。


「ご主人、爽子センセ帰ってもうたから飲み友がいないんよ、ほらほら乾杯〜」


「おう、カンパーイ」


 ティアから受け取った缶ビールをプシュっと空け、二人して同時に痛飲する。ゴッゴッゴッとティアの細くしなやかな喉が鳴り続ける。俺も負けじと一気し続ける。ゴッゴッゴッ――まだ? ゴッゴッゴッ――うう、限界……!


「ぷはっ、っか〜、美味いっ!」


 ティアはトール缶を一本飲みきってしまった。

 俺は半分くらいでギブアップだった。


「爽子センセや洲崎さんがいないんは残念やけど、問題は解決したんやろ。なあご主人?」


「ああ、そのはずだ。百理さんや秋月さんの上司ってヒトが上手く処理をしてくれるらしい。何の心配もいらないはずだ。みんなも、昨日は本当にありがとうな」


「ふん、まあお前にしては上出来だったんじゃないか」


 そう言って俺を労ってくれたのはリオだ。クピピっとこちらは炭酸ジュースの缶を傾けながら、肉ばかり山盛りにしているメリアの取り皿の上にピーマンとかぼちゃ、ベビーコーンにアスパラなどを容赦なく乗せている。


「リオさん、こんなに多すぎです〜」


「野菜もしっかり食べろ。大きくなれないぞ」


 基本的に出されたものはなんでも食べるメリアだが、最近では少しずつ好き嫌いが出てきたようだ。それは彼女の境遇からすれば喜ぶべきことであり、つまりは衣食足りてようやく人並みのワガママも言えるようになってきたということだ。最初の頃は三食食べられるだけで感動して泣いてたくらいだからな。


「うー……もうすでに一部はリオさんより大きいですよ私」


 ――ビシッ、とリオが凍りついた。

 メリアはそんなリオに気づかないまま「最近ブラがキツイんです……」ととどめを刺した。メリア、その辺にしておいてやってくれ。


「せやせや、昨日のご主人には痺れたなあ……」


「ええ、本当に。伊織様、男らしくてかっこよかったです」


「いやあ、照れるな。ははは……」


 ティアとアリスから熱視線が注がれる。

 濡れた瞳、とでも言うのだろうか。

 ティアはお酒が入ってるのも手伝って頬は真っ赤になっている。

 アリスは酔ってもいないのに顔がポーッと火照っているようだ。

 そしてふたりとも瞳がうるうるしている。


「おほん。でも昨日は堂平先輩と洲崎ってヒトのためだったからしょうがなかったけど、普段はあんな連中に関わっちゃダメよ。私達がいたからよかったようなものの……」


 芽依が締めるべきところキチンと締めてくれる。

 言外に無茶しないようにと俺を嗜めてくれているのだ。

 なので俺は軽く冗談なんぞを飛ばしてみる。


「ああ、まったくそのとおりだな。こりゃあみんなには俺のこと一生守ってもらわないとな。なーんて……」


 しーん、となった。

 ティアは俺を肴にしているのか、ジーッと見つめたまま缶ビールを傾けている。アリスは熱っぽい瞳のままチラチラっと俺をのぞき見している。芽依は腕を組んでずーっと明後日の方を見ているが、首筋が真っ赤だった。


 メリアにより、心に手ひどい傷を負わされたリオは、砂浜で四つん這いになったまま俺を真剣な表情で見上げていた。メリアは口いっぱいに頬張った肉をものすごい勢いでモグモグしている。ゴクン、とそれを飲み込んだ。


「そんなの当然です。旦那様と私達はずっとずっと一緒ですよ!」


 なんの含みもない綺麗な言葉。

 それはその場にいる全員の心を代弁したもの。

 気恥ずかしさを感じつつもとても居心地のいい言葉だった。


「あー、ほらほら、そろそろ花火しようか」


 俺まで照れててもしょうがない。ここはひとつ話題を変えることにしよう。


「花火――ってお花みたいに空にバーってなるやつですか!?」


 好奇心の塊であるメリアが食いついてくる。


「残念。それは打ち上げ花火だ。今回はこれ、超お得花火セットをやるぞ!」


 夏祭りのシーズンだからテレビなどで花火を見かけることは多いが、実際に見に行ったことはまだない。夏が終わるまでにどっか連れて行かないとな。


 それから俺たちは浜辺で花火を楽しんだ。

 ちなみに意外なことだが魔法世界マクマティカにも花火はあるそうだ。

 特に有名な貴族や王族なんかが、季節の節目などに河辺などで盛大に打ち上げ花火をするという。それに合わせて街では出店が軒を連ね、大変な賑わいになるという。


「なんだそれ、日本のお祭りみたいじゃないか」


「せやよ。なにせ花火を世界中に卸してるんは龍神様やもん」


「有名ですね、龍神様のお膝元で採れる希少石に四大魔素を付加した魔法花火です。お祭りも、確か龍神様の生まれ故郷の風習を参考にしたとか」


「すげえなあ龍神様は!」


 異世界の王様でチートキャラみたいに強くて、奥さんふたりもいて、さらに商売上手かよ。儲かってるんだろうなあ、羨ましい。まあ女の子の美人さではうちも負けてないけどな。


「旦那様、この紐みたいなのはなんですか?」


「それは線香花火だ。静かだけど綺麗だぞ。火種が落ちると消えちゃうから動かないようにな」


 俺はメリアが持つ線香花火の先端に着火装置で火をつける。

 ジジジっとくすぶったあと、パチ、パチパチっと火花が散り始める。


「わっ、わわわっ……あっ」


 残念。動いてしまったために火種を落としてしまった。

 メリアはしゅーんと肩を落としている。

 と、その隣では――


「おお、リオ、上手いじゃないか」


 パチパチ、パチチ――っと大きな火花が咲いている。

 しゃがみこんだリオは自分の膝の上に片腕を伸ばし、首を傾けながら、線香花火をうっとりと見つめ続けていた。


「私はそっちの派手な花火よりこっちの方が好きだな……」


 儚く散っていく火花は、一瞬一瞬がとても美しい。

 もはや永遠の命などなくなってしまったリオは、刹那の輝きに魅了されていた。


「さて、たくさん食べたし、花火もしたし。そろそろお開きにしよっか」


 芽依に促され、宴もたけなわとなった。

 俺はバーベキューコンロを片付けし、アリスは食器などをまとめている。

 ティアは空き缶をゴミ袋に詰め、リオとメリアは花火の後始末だ。リオが水魔法を念入りにバケツの中の花火くずにかけていた。


「遅れてきたから全部持つわよ」


「受験生なんだからこれくらい甘えろ。どうせ今夜も勉強するんだろ?」


「え、うん。今夜はしないかな勉強は……」


 芽依は虚を突かれた顔になったあと、気まずそうに目を泳がせた。

 なんだ、今夜は休むのか。まあ昨日の今日だしそれもいいだろう。


 ――などと思ったのだが、何やら様子が違った。

 芽依が目を逸した先にはアリスがいて、アリスもプイッとティアの方を向くや否や、ティアはわざとらしく首を傾げた。メリアが何やらアワアワしていて、「おい、狼狽えるな。行くぞ」とリオが促す。


 ははあ。これはもしや……。


「ご主人、これ片付け終わったらうちらはもう休ませてもらうえ」


「ええ、伊織様、少し早いですがお休みなさいませ」


「旦那様、お休みなさいですー」


「伊織、あんたも今日は早めに寝た方がいいわよ」


「おい、みんなわかってるな……?」


 ティア、アリス、メリアはいいとして、何故か俺にさっさと休むように促す芽依。そしてリオが早口で呟いた言葉。なるほど、それだけで俺はすべてを察した。


 今夜はこれから女子会というやつだな?

 誰かの部屋に集まって、みんなで一晩中語り合いでもするのだろう。

 これぞお泊りの醍醐味。普段の荘厳荘ではなかなかできないイベントだ。


「あ、ああ、わかった。みんなもほどほどにな」


 俺はバーベキューコンロを中庭の水場で洗うため、みんなの輪から早足で離れる。五人はその場に留まり、俺の背中を無言で見送っているようだった。


 まあいいけどさ。でもなんかのけ者にされた気がしておもしろくない。


「ちくしょう、みんなめ。いーよいーよ。俺はひとりでのんびりするからさ」


 その後、部屋に戻った俺は悶々とした気持ちのままベッドに横になった。

 しばらく眠れなくて、一人でベランダブールに入ったり、沖縄のテレビを眺めたり、再びちょっとお酒を飲んでみたりしたが全然眠れなかった。


 原因はわかっている。

 部屋で一人っきりになると、爽子先輩が別れ際に言った言葉が、俺の中でリフレインするのからだ。


『ハーレムだよハーレム』


『エッチなことしちゃっていいんだぜ?』


『みんなキミのこと大好きなんだから』


 ――そんなこと言ったら……。


「俺の方が好きだっつーの」


 ぐあああ。劣情が。エロい気持ちが溢れてきて止まらない。

 でも男性特有の特殊技法を使って発散する気には全然ならない。


 せっかくの旅行なのに、みんながいるのに、そんなことしてしまうのはもったいないというか、みんなに対して不誠実という気がして心理的ストッパーがかかってしまうのだ。


 ――ダメだ、今日はもう寝る。寝るったら寝るんだ!

 そうして、頭からシーツをひっかぶってしまえば、存外眠気は早くにやってきた。


 その夜、俺は夢も見ず、ぐっすりと眠りについた。


 *


「旦那様、旦那様……起きてください」


 微睡みの淵から呼び声がする。

 これは毎朝の儀式だ。

 俺を優しく甘やかに起こしてくれる女の子。

 そう、彼女の名前はアリス・エル・エブロス。


 秋空に薄く伸ばした青空のような髪と蒼い瞳。

 肌は透き通るように白くなめらか。

 そして何より体中のどこを触ってもモッチモチでプルプル。


「旦那様――あっ」


 抱き寄せれば柔らかくて暖かくていい匂いがして。

 その胸に顔を寄せれば天にも昇るような――あれ?


 なんか薄い。

 いつもと違う。

 暖かくて柔らかくていい匂いはするが、いつものようにこう、跳ね返ってくる弾力が乏しいというか。どうしたというんだろう、えい、こいつめ、俺のバインバインを返せこのやろう、とりゃー。


「ひっ、あっ、だんな、様、うっ、んんっ!」


 むむむ。なんだ、いつもより反応がぎこちないというか。初々しいというか。仮にも春頃から4か月あまり、ずっとイタズラし続けてきたアリスはもっとこう反応の懐が深いというか、この程度の愛撫は挨拶がわりみたいなものなのに。もしかして刺激が足りないというのか。もっと激しいのをしてくれと催促してるのか。よし、いいだろう。ちょうど俺の頬にあたっているこの『ポッチ』を責めてくれる。


「ダメ、ダメです旦那様、メリアのそこは食べ物では――あッ!」


 いつもとは違う味わい。

 いつもとは違う舌触り。

 いつもとは違う反応。

 いつもとは違う声。

 ――えッ、あれ、この子違う!?


「メ、メリア!?」


「はあはあはあ、お、おはようございます、旦那様……」


 腕の中にはすっかりクタクタに煮込まれたメリアがいた。

 荘厳荘じたくから持ってきた可愛らしい猫柄のパジャマの前がほつれ、小さいながらも胸の谷間が顕になってしまっている。俺はすっ転ぶような勢いでメリアから離れるとベッドの下に土下座した。


「す、すまん、申し訳ない!」


「どうして謝るんですか旦那様?」


 パジャマを肩に引っ掛けただけのなんとも淫靡な格好のまま、ベッドの上からメリアが見下ろしてくる。俺はまだ寝ぼけ眼のままうっかり口を滑らせる。


「俺はてっきりアリスのやつかと――」


「え」


 メリアの顔が凍りついた。

 あ、不味い。これは言ってはいけないやつだ。


「――ではなく、メリアだってことはすぐに気づいたよ。気づいてたさー。今日はメリアが起こしに来てくれたんだって思ったさー」


 アリスとだなんて勘違いしてないさー、沖縄だけにさー。

 まさか自分は勘違いされていたのかと、メリアはショックを受けて涙目になっていた。俺は慌ててベッドの上に戻ると、メリアを胸に抱きしめてコテンと横になる。そして誤魔化すように頭をナデナデした。


「ふわ……」


 抱っこされた途端、メリアが「ゴロゴロ」と喉を鳴らし始める。更には体を左右にゆらゆらさせてやると、トローンと目が虚ろになる。効果は抜群だった。


「……それならよかったです。やっぱり、旦那様に愛してもらうときは、ちゃんと自分だけを見て欲しいですから……」


 あ、愛してって。

 先程のペロペロもぐもぐのことを言っているのだろう。

 かなり恥ずかしいが、実際自分でやっていたのだから受け入れるしかない。


 そうしてしばらくの間、抱き心地がよくて体温が高いメリアをゆらゆら抱えていると、「はッ」と息を飲む声がして、「ダメです旦那様!」と胸を押された。


 ベッドの上でメリアは慌てて居住まいを正し、服と髪の乱れを急速に整えた。そしてコホンとわざとらしい咳払いをひとつしてから俺へと向き直った。


「改めましておはようございます、旦那様」


「ああ、おはようメリア」


 何を始めるつもりか知らないがまあ付き合ってやろう。

 朝、いつも起こしに来てくれるアリスやティアがおらず、メリアひとりだけというのも何か意図があってのことだろうから。


「本日は楽しかった旅行も最後の一日となり、明日には東京へ戻らなければなりません」


「そうだな。あっという間だったよな」


 まあプライベートビーチで泳いだのは初日の午後だけだった。その日の夜にすぐ、爽子先輩と洲崎さんがチャラ男に攫われ、俺はみんなの協力もあってふたりを取り戻すことができた。


 二日目は事後処理に奔走していた。

 綺麗な顔に傷を負ってしまった先輩と、ぐったりとした様子の洲崎さんを見ていると、とてもではないが遊ぶ雰囲気にはなれなかった。


 戦闘面では芽依やリオ、ティアに助けてもらったが、二日目はメリアとアリスに特に助けられた。二人の食事の世話をアリスが、身の回りの世話をメリアが積極的に行ってくれ、先輩も洲崎さんも少しは和んでくれたのではないだろうか。


 というわけで本日は三日目。

 自由に行動ができる最終日である。

 時刻は午前九時半。

 まだまだ時間はたっぷりとある。

 さて、今日はみんなと遊ぶぞー、と思っていたのだが……。


「私達全員――私も含めたアリスさん、ティアさん、芽依さん、リオさんから旦那様に対して提案があります。今日一日、旦那様の時間を私達にください」


「んん?」


 何だって、俺の時間?


「昨晩、私達は芽依さんのお部屋に集まり、緊急会合を開きました。記念すべき旅行の最後の日に、旦那様とふたりだけの時間を過ごしたいと」


「いや、ふたりだけって、キミたちは――」


「はい、私達は全部で五人。なので、時間を分割してそれぞれの方が待つ場所に、旦那様には順番に赴いてもらいます」


 なるほど。一日を数時間ごとに分けて、その間はひとりの子と二人っきりで過ごすというわけか。


 いや、それにしても昨夜はみんなだけで女子会でもしてるのかと思ってふてくされていた自分が恥ずかしい。


「わかったよ。言われたとおりにする。それで、最初はメリアでいいのか?」


「違います。私は旦那様をみなさんのところにご案内する役目です。なので最後になります」


「へえ、じゃあ最初は誰なのかな?」


「アリスさんです。アリスさんはキッチンでお待ちです。10時から開始になりますので、あと30分したらキッチンに向かってください」


「了解」


 ふむ。たまにはこういうのもいいものだな、と俺は思う。

 今までは俺がみんなに何かをしてあげなければ――といろいろ考えていたが、逆にみんなが計画を立ててくれるとは。こうして乗せられてみるのも愉快なものである。


「ふたりだけになっている間は絶対に他の方たちは指定された場所には近づきません。各々の部屋で待機をしています。私だけ終了時間の15分前にお呼びかけのためお邪魔しますので、それだけは覚えておいてくださいね」


「ああ、それはわかったけど……それだとさっき俺がメリアにイタズラしちゃったのはカウントされるのかな?」


「え、あっ……。あ、あれはのーかんです、のーかん!」


 ノーカウントね。了解しました。


「あと30分もあるのか。じゃあその間はメリアに相手しもらおうかなー?」


 ちっちっち、おいでおいで、と手招きする。

 メリアは一瞬足が進みかけるのを、胸の前で手を組み、ギュッと抱きしめることでこらえる。


「ダ、ダメです、私は案内役だけするんです。私の時間はちゃんと夜にあるんです。だから誘惑しないでください……!」


 メッ、と叱られてしまった。

 俺が「ごめんなさーい」というと、メリアは「むー」と唇を尖らせてから背を向ける。


「10時にキッチンですよ、遅刻したらアリスさん泣いちゃいますからね」


「はーい」


 俺は素直に頷いておくことにした。

 いや、なかなか楽しみだな。


 荘厳荘ではなんだかんだとふたりきりになることは少ない。

 部屋が狭いこともあるし、みんな必然的に一番広い食堂室に集まるからだ。

 他の子たちも寝る時以外はほとんど食堂室にいるし、最近では勉強机のある俺の部屋を芽依が占領して受験勉強し、追い出された俺が食堂にずっといる、みたいなことも多々ある。


 ああ、そういえばメリア。いつも食堂室で勉強してるから、部屋に机を買ってやろうと思ってたんだ。各自の部屋に折りたたみのテーブルはあるのだが、やっぱり机と椅子があったほうが勉強しやすいだろう。


「それでは旦那様、本日はお楽しみくださいませ」


 メリアはそう言って軽やかに退室していく。

 10時まであと20分か。

 俺は再び悶々としながら時間がくるのを待つのだった。


 続く。

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