『古事記』 ヤマタノオロチ 篇

第01話 物語また(×2)はじめました

 世界中のありとあらゆる物語が集まる不思議な本棚がある。

 蔵書数は無限、いつでも取り出し可能、まさに夢のような本棚はとある異空間の書斎にある。

 部屋の中に一つだけある窓からは宇宙空間のような景色が広がり、時々ホログラムが浮かび上がっては様々な物語をダイジェストに映し出す。

 書斎には開けたらどこへ繋がっているのか誰も知らない扉が一つ。

 その横にはドアノブくらいの高さに小さな郵便受け。

 ……届くのか?

 いや、出すのか?

 きっと深く考えてはいけないのだ。

 それと本棚を背に構えるいかにも文豪が筆を執るような木製の作業机がどっしり構える。しかし執筆活動に使われることはなく、物置場として何冊もの本が乱雑に積まれている。

 荘厳にして宝の持ち腐れである机の向かいには応接間のような光景が広がっている。長方形のテーブルと長さの違うソファーが二つ、向い合せで置かれていて、長さの足りない方を補うように一人がけのソファーも隣に置かれている。

 床は一枚物の絨毯が敷かれており、ソファーの隅やテーブルの上などあちこちに本が積み上げられている。下から見上げれば巨大なビルの群れのようで、都会の喧騒を思い起こさせる……ということにしておきたい。

 たまには片付けよう、うん。


 こんな書斎で何が行われているのか。

 一言で言えば『物語の観測』である。ここは物語の観測所なのだ。

 プログラムがバグによってエラーを引き起こすように物語にもバグが存在する。そのバグによって物語は本来あるべき姿を失い、改変されてしまう。

 例えば。桃太郎のきびだんごを食べた犬猿雉が食中毒を起こし、単身鬼ヶ島に挑まなければならない桃太郎が生まれてしまうかもしれない。亀に乗った浦島太郎が龍宮城にたどり着けず、迷子のまま年をとってしまったりといった具合だ。

 プログラムにはバグを修正するデバッガーが存在するように、物語にもそういったバグを修正して物語を正しく再編成する『リオルガー』が存在する。

 わたしたちリオルガーは物語の観測者としての役割と、物語の再編者としての役割を果たしているのだ。

 そしてこのバグのことを『ティンカー』と呼んでいる。いたずら好きみたいな意味で物語をかき回す、まさしく物語のバグを言い表している。

 ティンカーにも様々な要因がある。登場人物が間違っていたり、起こるべき事件が起きなかったり、小道具が消滅していたり……どんなに小さな原因でも、物語の進行を妨げる事象はすべてティンカーだと言える。

 つまりティンカーを探し出して物語をあるべき姿に戻すことがリオルガーの使命だと言える。


 物語と一言でいっても、その範囲は多岐にわたる。

 小説や漫画はもちろんのこと、ドラマや映画、舞台などありとあらゆる作品には物語が存在する。それどころか、誰かの口から語られるもの全てが物語であるといっても過言ではない。

 ここではそれらの物語を書籍の形で取り扱っている。表紙があり、紙で綴られ、本棚に保管されている。物理的に存在しているわけではないので、実作業としてはパソコンの検索エンジンで本を探す感覚に近い。そして白紙の書籍に探してきた物語を書き写している、というべきか。今どきの表現をするなら記録媒体にデータを書き込む感じだ。

 そしてティンカーが発生して正しくない状態になった物語ははどうなるのか。それらの本には表紙に『差し止め』の判が押されている。これがいわゆる問題アリの証拠である。判といっても押印されたものではなく、シールがペタッと貼られているような状態だ。

 正しくない物語は世の中に出回ってはいけないだろう。ティンカーが発生した物語は、その中身を正すために『差し止め』判が押されてこの観測所まで届けられるのだ。わたし達は中身を精査し、バグなら取り除き修復作業を行い、差し止め判を消して再び世に送り出すまでが仕事になっている。


 さて、ここで改めて登場人物の紹介をしよう。

 ここにいるリオルガーは三人だ。わたし達には名前はなく、あくまでお互いを区別するために記号的な仮の名前で呼び合っている。

 いつも気怠げで被虐的傾向のある銀髪色白のダウナー系少女のコーハイ。リオルガーとして、わたしが先輩だから自分はコーハイだということでそう呼んでいる。

 わたしのことは先輩と呼ぶが、気分が高まるとなぜかパイセン呼びに変わってしまう。こうなると手がつけられないので早めに手を打つ必要がある。

 最近課金のやりすぎで目が死んで……いるのは元々か。

 そしてコーハイより一回り小ぶりな少女がマナちゃん。コーハイより後にリオルガーとしてここに来たので、この子を愛弟子として育てようと思い愛弟子のマナちゃんと名付けた。

 ちなみにわたしは「センパイの先輩だからシショー」ということらしい。

 黒髪のショートボブで、病的なまでに白いコーハイと比べると健康的な肌の色で、小動物のように大きな瞳なのもコーハイとは対照的だ。

 純朴で健気、頑張り屋で好奇心旺盛と理想的な弟子なのだが、時々メタ発言をしてしまう癖がある、コーハイとは違う意味で危ない子なのだ。

 趣味はコスプレ。四次元空間から衣装を出しては早着替え。その資金源については考えてはいけない。

 お金をかける趣味が全く異なる二人である。

 わたしについては……自己紹介するのも恥ずかしいので物語を読んでもらえればおいおいわかると思う。特徴のない、人畜無害な一般人である。


 では、物語の観測と修復を始めよう。

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