第40話 続・本物語
「――でも、そもそも差し止め判が押された根本の原因って何だったんでしょうかね」
コーハイはゆっくりと体を起こし、わたしに問いかける。
「さあな。例えば同じ聖書でも、言語によって微妙に内容が違ってくる。翻訳するときにちょっとしたニュアンスの違いや単語の訳し間違い、それに誤植なんかによってもティンカーは起こりうる」
「ええ、そんな物理的要因ッスか!?」
思わずマナちゃんが声を荒げる。
「一応そういうことが原因でもあり得るってだけさ。それにしても、本当に何だったんだろうな。こうやってギルガメッシュ叙事詩を読んでみたって、そんなことが起こっているようにも見えないし――あ」
「え?」
「どうしたんスか?」
「いや、これ……」
わたしはギルガメッシュ叙事詩のとあるページを思いっきり見開きのように広げる。
「あ」
「あちゃー、コーヒーのシミで登場人物の名前が見えなくなっちゃってるッスね」
「もしかして、これが原因……?」
「ウトなんちゃらが消えて、ノアちゃんが予言を忘れてしまうきっかけとなったティンカーの正体がこれッスか」
まさかの犯人は自分達だった。
そんなオチで良いのかこれ。
このめくるめく物語を描くために自分達でティンカーを生み出しておいて、それを退治するリオルガーとして行動していたのだ。
とんだマッチポンプじゃないか。
「自演乙ッス!」
マナちゃんの心ないボケが思いの外胸を抉る。
「でも、まだまだ差し止め判の押された作品はありますからね」
「あれで終わったわけじゃないのか。それもそうか」
「じゃあこんなのはどうです。『高瀬舟』とか」
「森鴎外の作品だな」
「どんな内容ッスか?」
「えっと……流刑にされた罪人の喜助と、それを送り届ける役人の庄兵衛の間で繰り広げられる会話劇って感じかな」
「また誰かが居なくなってるんスかねぇ」
「もう嫌だよ誰かを演じるのは。どっちを演じるにしてもかなり重苦しい内容なんだから」
「もしくは船頭さんが下手くそでいつまで経っても舟が進まないとか」
「それ落語の話じゃん。船徳かよ。船頭一人雇えって」
「ま、何にせよ準備ができたら声をかけてください」
やれやれ。次はどんな物語が待ち受けているのやら。
本を開けば物語が始まる。
最後まで読み終えてしまった物語ならば、栞を引き抜いて。
その栞が、次の物語で必要になるかもしれないから。
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