第33話 不服グラフィティ
「検索条件は『大洪水』を扱った神話で『旧約聖書以前に作成されたモノ』だ。その中で差し止め判の押された一番古いものを探してくれ」
「ふむ……よくわかりませんが、そこに今回の鍵を解く答えがあるわけですね」
コーハイは本棚の前に立ち、意識を集中させる。
「蔵書検索ならお手の物ですよ」
右手を掲げ、デキる女風に佇む。
彼女はこの書斎ではデータベース的な役割を果たしており、本棚から特定の作品を取り出す際は彼女の力が大いに発揮される。伊達にこの書斎に引きこもっているだけのことはある。
「センパイが格好いいッス」
「まあ、せっかくの見せ場だからな」
「ふふふ、もっと褒めても良いんですよ」
「世界一かわいいッス!」
「あ」
「え?」
「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した――――」
「センパイが壊れたッス」
「屈指のトラウマシーンは止めろ、マジで」
「さて冗談は程々に、そろそろ本気を出しますか」
「このまま声優ネタを続けようと思ったけど面倒臭くなったパターンッスね」
「それは言っちゃダメ」
笑って許して。にぱー☆
「はああぁぁぁ……!」
大振りで両手をかざし、腰を落とし姿勢を低くする。カンフー映画とかでよく見るポーズだ。気を高めるように両腕を回し輪を作り、意識を集中させている。
「ほあたぁ……」
「なんか間抜けな掛け声ッス」
「太極拳みたいな動きだけど、見つけたら一気に動くからね」
今はカーソルがグルグル回って検索中……みたいなイメージなのだろう。
「! きたっ! はぁっ!」
ダウナー系とは思えないような掛け声とともにコーハイは覚醒した。
「検索完了!」
伊達メガネをギラリと輝かせ、マッドサイエンティストよろしくテンションはハイになっている。コーハイは大きく口を開き、よだれを滴り落としながら蛇のような長細い舌をチロチロと出し入れする。まるでリザードマンのようだ。
「ちょっと、地の文で思いっきり嘘を言わないでください! パイセンがやると洒落にならないんですから」
「いや、マナちゃんにはあんまりこういう馬鹿な真似できないし」
「馬鹿な真似って言いましたね!? そういう罵倒は大歓迎です!」
「よだれを垂らすな。舌を伸ばすな。思いっきり有言実行してるじゃないか」
「やらなきゃ失礼かなって」
「絵面が汚らしいから程々にしろ。いいから見つかったんなら早く取り出せよ」
「はいはい。いっきますよ~……かにみそっ!」
掛け声とともに本棚に手を突っ込み、本を一冊取り出す。
「やきぶたぁー!」
また一冊取り出す。
「おもちっ!」
また一冊。
「イワシ! チョコレート!! どら焼きっ!!! 今夜はパスタ!!!!」
もはや北斗百裂拳の勢いで次々と本が出てくる。
「お腹が空いてるッスか」
「生憎ここにあるのはなぜか冷やし中華くらいしか」
「冷やし中華など食い物ではないッ!」
いや、食べ物だよ。
「後はかんだガムくらいッス。もしもカラー表示が許されるなら金色に輝く文字で書かれているッス」
「これでレアリティゼロなら激アツ!」
「いや、装備できないから意味はない」
なんだこの会話。
「んー、後一冊あるんですが、どうも貸出中になってますね」
「貸出中?」
「つまり、すでにこの部屋の中に存在してるってことです」
「トーダイモトクラシーッスね」
「そんな言い方されると凄く格好良く聞こえる! 不思議」
「しかもその一冊こそが大洪水を扱った物語の中で差し止め判の押された最も古い書物みたいです。最古の大洪水に関する記録は『ニップルの粘土板』になりますが、この物語には差し止め判は押されていません。よって、次に書かれた書物こそが差し止め判の元凶でしょう」
「その中に『ティンカー』の正体が潜んでいるわけだな」
「ええ。大量の差し止め判が押された物語達の原点にして頂点に立つ物語です」
なんだか格好いい会話だ。
凄く主人公サイドっぽい流れ。
「その物語のタイトルって何スか?」
「何だったかな……魚とかの呼吸器官に、サッカーの上手い人、それに女の子みたいな言い回しを組み合わせたタイトルだったはず……」
「急に暗号っぽい謎解き要素が出てきたッス」
「多分ここまで読んでくれた人に今更そんな変わった要素取り入れたところで、誰も望んでないぞ」
「あれ、なんかシショーがメタ発言してないッスか!? マナちゃんのお役御免ッスか」
「やってみると案外楽しいなこれって思った」
「マナちゃんのアイデンティティが奪われたッス! 奪うのは唇だけにしてほしいッス!」
「えっなに、ノアの方舟神話でそんな事件が……」
「いや、無かったからね! 勝手に改ざんしないで!」
「…………ぷいっ」
あっ、ヤバイ。顔を背かれた。
これはかなり怒っているポーズ。
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