第29話 ヘン・トー

「父さん、今まで一体どこに!?」

「詳しい話は後だ。全てはセムの家に行けばわかる。そこで全て話そう」

「もしかして、昨晩何かあったのか」

「まあまあ、行けばわかるって言うんだからさっさと向かいましょ」

 フィークスが歩き出すように促すと、顔を見合わせながら仕方なしにセムの家に向かって歩き始める。わたし達もよくわからないままに着いていく。

 最後尾を歩くわたし達のところにノアがそっと近づいてくる。

「とりあえず、今の所危機は去った。大洪水は起こさず、人間たちを滅ぼさないようにしたという神託を受け取ったのだ」

「あの貧某神の神託なんて信じられるんスか」

「いや、そうじゃないよ。あの貧某神は物語を成立させるために仕組まれた存在というか、洪水を引き起こす神様を演じるために用意された役回りってところかな。だから本当に洪水を引き起こさなくても、こうやって物語の進行上登場したという事実さえ残ればいい、みたいな」

「それって『ティンカー』のもたらす影響ってことッスか? 予言そのものが消えちゃって、その結果洪水自体がなくなっちゃったわけッスね」

「おそらくね。だからこの物語はすでに正しい物語ではなくなってしまった。だから神様も本物が登場することなく、全く別の結末を迎えてしまうことになる。こんな間違った物語はあっちゃいけないんだ。物語は正しく、あるべき姿に戻さなくちゃいけない」

「う~ん……そうッスかねぇ……」

 珍しくマナちゃんが同意しかねている。

「おい」

「あ」

「お前達は部外者が居てもそんな訳のわからない会話を繰り広げているのか」

「い、いや、これはその」

「はぁ……。途中から察しはついたぞ。これでも人知を超えた力を持つ存在だ。お前達、この世界の住人ではないな」

「な、なにをおっしゃるウサギさん」

「さすが天才奇才の美少年ッスね」

 なんてことだ、ノアがただのギャグキャラになってしまう。いや、今更か。

「これは想像だが、お前達は間違ってしまったこの世界を正すためにやってきたんだろう?」

「全部全てまるっとお見通しされてるッス!」

「それならば、その原因を探るにはこの世界では遅すぎるのではないかと思う」

「――どういうことだ!?」

「お前達は『予言が失われた』と言っていたな。正確には予言――つまり神託だが、神託そのものが消えたわけではなく、その内容が失われたということだ」

「そうッスね」

「もしも何者かによって神様が殺され、神託など伝える状態ではなくなっていたら神託そのものがなかったことになるだろう。しかしだ。その予言の内容が突然消え失せてしまったとなれば、そんなことが可能なのは大いなる神の力でもなければ不可能だ」

「確かに、そうだな」

「しかし神様がそんな意味のないことを行うだろうか。意図しない結末になることは今日の結果を見ても明らかだ。それならば……」

「まさか」

「どうしたんスか?」

「物語が改変されたのは、この世界ではなくもっと昔の物語ということになるのか……?」

「え? え? どういうことッスか? マナちゃんは理解が追いついていないッス」

「詳しいことは後で説明するよ。つまりノア、お前が言いたいのはこの旧約聖書の世界ではなくて、この物語に影響を与えた源流そのものを調べろってことだな」

「旧約聖書……それがこの世界の名前なのか。まあ、そういうことだ」

「あ、なんかよくわかんないッスけど、メタ発言のオンパレードだったんじゃないッスか!? ノアちゃんにまで出番奪われたッス!」

「これでも偉大なる預言者だからな。えっへん」

「でも可愛いのは変わりないッスよ~」

「むぎゅっ!? だから抱きつくなとっ……」

 後方で繰り広げられる物語の核心に迫るトークはここで打ち切られ、ちょうどそれと同時にセムの家に到着した。

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