第18話 方舟レイヴンズ
次の日からわたし達は周辺を駆けずり回り、まだ捕まっていない動物集めに奔走する日々を送っていた。。
ウーウァの畑やカベルネ達の村が見渡せ、ノアの居た丘を見上げる形になるハム夫妻の家はいわば牧場だった。明るくなってから見ると周囲は柵で覆われ、到るところに動物が暮らしている。それらは逃げることなく、ここに居るのが当然と言わんばかりに闊歩している。
「彼らの言葉がわかるとまでは言いませんが、敵意がないことを伝えるくらいは出来ますからね。心を通わせるため、相手のことを理解しようとすることが大切です」
「おおっ、なんか聖人君子みたいッス」
「一応ノアとその息子って物語的には聖人だからね」
「そーそー。こいつらは大切な非常食なんだから大切にしないと」
フィークスの言葉に空気がざわつく。動物たちの間で流れる空気が澱み、皆怯え始め小さく縮こまる。彼女の歩み一歩一歩に敏感に反応し、三歩近づけば散り散りに逃げていく。
「あっ、ちょっとなんで逃げるのよ」
「うーん、その、みんな恥ずかしがり屋なんだよ」
「言い訳が無茶苦茶ッス」
「ヤダもー、それならしょうがないか。やけに茂みに隠れると思ったら、そーゆーこと」
「納得してる!?」
「さぁ、彼女の機嫌が良い内に出掛けましょう」
さすが妻の扱いに慣れている。
手分けして、ハムとは別の場所に動物を探しに行く。
動物を見つけては持ち帰るのだが
「そいつもう居るし」
と冷たくあしらわれる。
どうやら近場の動物は集めきったらしい。
「もっと遠くへ足を伸ばして、ウーウァの畑の方まで行くのも良いかもしれない」
「マイ・フェイバリット・エンジェルに会いに行くんスね!」
「ただ、ちょっと気になることがあるんだ」
「どうしたんスかシショー。この動物集めを始めて早十年も経ってしまったことへの焦りッスか?」
「はあっ!? 嘘だっ!」
「嘘ッス。せいぜい一月ッス」
「ええ……意味のない嘘はやめようよ、びっくりするから」
「次のフラグを立てるためにはそれくらいの歳月が必要ッスけど、面倒なので違う手段を取ることにしたッス」
「フラグとかバラしちゃダメ。ところで話の続き良いかな?」
「どうぞッス」
「なんかここ最近、何者かに見られている気がするんだ。フィークスにでも見張られているのかと思ったけどそうでもないし。獲物として動物にでも狙われているんだろうか……。どこに行っても視線を感じる」
「マナちゃんはいつもシショーに熱い視線を送ってるッスよ!」
「それはありがとう」
「軽く流されたッス……」
「いや、真剣に悩んでるんだよ」
「じゃあマナちゃんも真剣ッス」
ぐっと詰め寄り、お互いの体温を感じられるほど距離が近づく。
「えっ? い、いや、近いよ」
「じーーーー」
「ま、マナちゃん?」
一歩後ずさる。それにピッタリとくっつき、距離は縮まらない。
「じーーーー」
「ちょ、ちょっと……」
なんだこれ。
決して良い雰囲気でもないし、何かを期待するシチュエーションでもない。
だが彼女の瞳は全てを飲み込んでしまいそうなほどに大きく、真っ直ぐにこちらを見据えるその目はわたしなど簡単に吸い込まれてしまいそうだ。
沈黙が天蓋のように幕を張り、互いの吐息と鼓動だけが支配する空間の中で、永遠を切り取ったような瞬間が続く。
意識が薄れそうなほどの緊張感の中、彼女の唇がかすかに動く。
「――確かに感じるッス、視線」
「え?」
「もちろんシショーからの熱い抱擁のような視線とは別ッスよ! シショーにぴったりとくっついたら確かに感じたッス。何者かからの視線ってやつにッス!」
「あ、ああ。なんだ。そう、うん。わかってくれて嬉しいよ……」
あんまり熱い視線を送った覚えはないのだけれど。生ぬるく見守っていたつもりだけど。今はそんなことを言える雰囲気ではない。
「ズバリ、その正体は上空からッス!」
「上空?」
言われて空を見上げる。
薄い雲がまばらに流れる青空の下、一羽の黒い翼がゆっくりと旋回していた。
「あのワタリガラスね」
後ろから声がして振り返ると、フィークスが眩しそうに顔に手を当て立っていた。
「本当は鳥かごにでも入れたいんだけど、どうも嫌がるみたいでー。逃げるわけでもないし、まあいいかって感じ。もしどっか行っちゃったら連れ戻しといて」
それだけ言うと、家の中へと戻っていく。
「鳥は自由ッスね」
「フィークスも割と自由な気がするけど……飼い主に似るって言うし、ここの動物たちはみんな好き勝手やってるよな」
「ワタリガラスって名前からして素晴らしいッス。なんでも一晩でやってくれそうな雰囲気があるッス」
「それはジェバンニ……いいから早くウーウァのところに行こう」
あれは救世主が死んじゃう物語じゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます