第2章幕間1 『少年は』

 ──鉄の匂い、手には生暖かく血肉を裂いだ後の感触がまだ残っている。また、人を殺めたのだ。

 小さな村は火の海になり子供から大人皆、鉄の輪で繋がれる。逃げようとする者、泣き叫ぶ者、苦痛のむちで打たれ倒れる者。


 少年は逆らう者を瞬時に殺し、他の者に見せつける。逆らったら終わりなんだと。

 償いきれない程の罪、少年の瞳は光を失い闇を見ている。この呪縛は誰にも解くことのできない鎖で固く閉ざされてしまっている。身分も自由も感情さえもがその鎖に閉ざされてしまっているのだ。

 少年の心には何もない、空なのだ。罪のない人を殺めてしまっても全くの無関心なほどに。

 重くびたかせを引きずりながら牢へと戻る。そこは、悲嘆の叫びとすすり泣く声が空間に充満している。──また、新たな奴隷が入荷されたのだ。


 この牢にいる者達は二つの部類の奴隷に分けられる。

 一つは傷がなく病に侵されない様な丈夫で若い者、人身売買用の奴隷だ。

 もう一つは名武家や人並外れた力を持つ者、戦闘用の奴隷だ。この部類に満たない老人や貧弱ひんじゃく、病弱な者達は直ぐに焼かれ存在を皆無にされる。それが此処の鉄則だ。

 今まで生きてきたこの世から存在を跡形もなく消される。この光景を此処にきて何度も見てきた。小さな村や街を襲っては人を攫い、金品を奪い、用のない者は殺す。その繰り返しだ。

 戦闘奴隷は、滅多に現れない。この数年、戦闘奴隷の扱いが激しくなり始めているからだ。戦闘奴隷を猛獣又は戦闘奴隷同士を殺し合わせる『円形闘技場コロシアム』などと見物にされるという形で制定されたからだ。強い者だけを選抜し、より良い殺し合いを求める事から戦闘奴隷は高値で取引され、死ぬまで殺しをさせられる。


「戻っていたのか」


「はい、主」


 少年が主と呼ぶ中年の男、右手は戦乱で無くしたという。いつも崩れる事のない不敵な笑みを浮かべ選別せんべつを眺める主。


「今日は、良い物を見つけたんだ。お前と同じくらいの子でな鬼魔族きばぞくの生き残りなんだ」


「きば……族?」


 少年は聞いたことのない族に首を傾げる。主は確信の笑みを浮かべていた。恐らくその子は戦闘奴隷に部類されたのだろう。


「ああ、強く強靭きょうじんな肉体を持ち、回復力に優れる。傷みにくい体を持つ奴隷だ。お前と同じ戦闘奴隷に部類させたよ」


 やはり、と少年は思う。その子も戦闘奴隷として死ぬまで殺しをやらされるのだろう。


「さぁ、行くぞ。お前はこんな所に居るべき奴隷ではない」


「はい」


 重く錆びた枷を引きずりながら主についていく。外へ出て中庭を歩む。此処ここへきて五年、見慣れた風景だ。

 中庭には小さな屋根のついた長椅子があり、休憩場となっている。この中庭は戦闘奴隷の練習場と言って良い程、戦闘奴隷以外は使わない。かと言って戦闘奴隷も人数が少なく、使う者もあまりいない。


「明日はコロシアムだ。良い試合を期待しているぞ」


「はい」


 少年を中庭に残し、主は去っていった。

 コロシアムは、命のやり取りだ。負けたら死、勝ったら生、それが大きな鉄則の試合だ。

 中庭は穏やかで地に生える草は風に揺られ、木々の青葉は生い茂り、夏を感じさせる。少年は小さな長椅子へと腰を下ろし休む。

 瞼を閉じると今日の惨劇が脳裏に浮かぶ。自分が生きる為に、他人を犠牲にしてのし上がった自分の姿がはっきりと見える。そんなことを考えていると腕や肩に何かが乗ったのが分かる。

 ゆっくりと瞼を開けると、そこに居たのは綺麗な音色を奏でる鳥達だった。少年にとって唯一と言って良い程の楽しみだ。


「鳥が好きなの?」


 不意に背後から声をかけられ、瞬時に跳び上がり、後ろへ構える。そこに居たのは同じぐらいの背丈の少女だった。長い黒髪は右目を隠しており、左瞳は少しくすんだ紫根しこんの双眸をしている。


「君、名前は?」


「……緋影ヒカゲ


 おもむろに話しかけてくる少女に先程、主と話していた時とは全く違う話し方だ。無愛想でぶっきら棒に言い放つ少年、ヒカゲ。


「私はアカツキ! 戦闘奴隷なの……」


 主の言っていた戦闘奴隷とはこの子の事なんだと確信したヒカゲと不安そうに俯く少女、アカツキ。二人は戦闘奴隷として死ぬまで殺しをする。時期にアカツキにも感情が無くなるはずだ。


 ──拒否権などなく、生きるのを諦めたら死が待っているだけの世界を歩む事になるのだから

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