第三話 再始動


『劇団いぬのさんぽ』は先駆者にもかかわらず演劇ブームに乗り遅れている。


活動再会を急務とする彼らは方針について話し合うべく集合した。


脚本作業に専念中のイーリスはいないが、会議の場には当たり前のようにノロブの姿があった。


「で、なにから話すんだ?」


「もちろん、集客についてよ」


オーヴィルがとりあえずで口火を切ると、ニィハが議題を提示した。


キャスティング、衣装、美術など多くのことは脚本がなければ進まない、いまもっとも重要なのは集客問題だ。


これといった回答をもたないオーヴィルは議題を復唱する。


「港町から大勢この『鉄の国』に呼び込まなくちゃならないからな!」


直通の道が整備されているため道中で迷うことこそないが、老若男女を徒歩で往復させるには距離的な無理がある。


どうやって人を集めるか──。


ニィハが問題点を整理する。


「町では日に何本もの演劇が上演されていて観劇のために遠出をする必要がありません、観客の確保は困難と言わざるを得ない状況です」


近隣にある無数の選択肢を無視して遠方にある一本を優先させる、そのためには尋常ではない話題性が必要だろう。


集客における課題は二つ、宣伝と交通だ──。


「なるほど、難題だな!」


オーヴィルは眉間にしわを寄せながら腕を組んでうなずいた、打開案は無い。


「加えて劇団を存続させるためには集客を維持し続けることが不可欠ですわ」


公開から日数が経過することで集客は減少していく、立地的にリピーターの獲得も難しく収益の継続的な確保は不可能に思える。


小規模の劇団である『いぬのさんぽ』が相場以上のチケット代を取るわけにもいかない。


「やっばり馬車しかないよなぁ、でもそんな金がどこにあるんだって話ッスよね……」


ギュムベルトは自信なさげに提案を取り下げた。


これについては日頃から考えていたが決定的な名案はついぞ思い付かなかった。


ドワーフ族は洞窟暮らしであることや小柄な体格から馬に乗る習慣がない、運搬用に数頭世話をしているが運べる人数はたかが知れている。


連日大勢を往復させる必要があり、それだけの馬車を運用するとなれば莫大な費用がかかる。


「うむ、誰か名案はないのか?」


オーヴィルが周囲を見渡した、黙りこくるメンバーのなかにいてニィハの表情に悲壮感はない。


「移動手段と同様に重要な宣伝についてなのですが──」


「どうやって興味を引くかだな!」


ニィハは『鉄の国』を活動拠点に提案した責任を果たすべく意見を述べる。


「ただ演劇を呼び水にするのは無謀と思われますので、わたくしは『鉄の国』そのものに興味をもってもらえたらと考えています」


ニィハの意見に「ん、どういうことだ?」とオーヴィルが首を傾げた。


ノロブは合点が言った様子で確認する。


「なるほど、まずは『鉄の国』を港町の延長線上にある観光地と印象づけ、劇場に人を集める前段階とするわけですね」


劇場に人を呼ぶのではなく、国自体の出入りを増やすという方針だ。


「根本的な問題として、行き来するには遠すぎるって話じゃなかった?」


ギュムの投げかけた疑問にノロブが答える。


「いや、港町にはわざわざ買い物をしに遠方から大勢があつまって来る、海さえ渡ってくるバイタリティがあればこの程度の距離、問題にはならない」


港町は異邦人や旅行者であふれかえっている、遠くからの来訪であるほどその距離は誤差といえる。


「ん、おお、なるほどな!」


よく分からないが納得しておくかと言った様子でオーヴィルはうなづいた。


『鉄の国』を観光地にする──。


断崖都市の景色は壮観であり、異種族の文化は新鮮なはずだ。


商品はドワーフ製で品質に優れ、採掘した宝石をアクセサリーにでも加工すれば目玉になるかもしれない。


「すでに大まかな話はグンガ王に通してあります、『鉄の国』の事業として宿泊所や飲食店の収益で馬車の費用を賄えないか交渉中です」


商人ギルドと関係が切れた現在、新たな人間社会との繋がりを構築することは種族の存続に寄与するかもしれない。


ドワーフから人間の町に出向くことはあっても人間を招き入れるという発想がこれまではなかった。


ドワーフたちは粛々と製造し身内で共有する以外は商人ギルドに丸投げしてきたが、それを国内で直接販売する。


購入者の反応を肌で感じられることは彼らにとっても良い刺激になるだろう。


「買い物目当ての旅行者が演劇に興味を持ってくれるっスかね?」


それで『鉄の国』が潤うことはギュムにも分かる、しかしその旅行者たちが演劇の客層と合致するかは疑問だった。


ニィハへの質問をノロブが横からすくいあげる。


「遠出した以上ここでしか見れないものは見ておこうと、劇場にも人が集まるってことだ」


次はいつ来られるか分からない、せっかくだからと普段は観劇をしない層も取り込めるかもしれない。


「──なるほど、思った以上に勝算はありそうだ」


ニィハの構想を聞いたノロブは次第に乗り気になってきたようで拳を握りしめ立ち上がった。


『鉄の国』に居座るため団員同様の雑務を仕方なしに務めてきたが、やっと出番がまわってきたという感触を得た。


ギュムは唇をへの字に結ぶ。


「…………」


新入りが出しゃばることに必要以上の不快感を抱かずにいられない。


今日まで信頼を築いてきた仲間たちのなかに異物が紛れていることの違和感を拭えない。


──仲間ヅラしやがって。


命を狙われ居場所がないのは確かなのだろう。


だからといって心を許せる人物だとは到底思えないし、いつかは大切な仲間たちを危険にさらす気がしてならない。


「馬車を確保したいならあてがあります、『鉄の国』との流通のためにサランドロが利用していた馬屋がそっくり残ってますからね」


関係がきっぱり切れたことで大量の馬車を持てあましている業者があるとノロブは言った。


「本当ですか!」


搬送用の馬車をどれだけ用意できるかがこの事業の要とも言える、有力な情報を得たニィハは喜んだ。


もともと『鉄の国』を行き来してきた馬車ならば安全面も担保される。


「ええ、馬たちを処分するかどうかで悩んでいましたからね、いまならまだ格安で雇えると思いますよ」


「よぉし、急いで契約に向かうぞ!」


オーヴィルも拳を握りしめて立ち上がった。


一足違いで廃業されてはかなわない、思い切った初期投資になるが馬車の確保は最優先だ。


「必要な物があればなんでも言ってください、ワタシが直接やり取りできなくて申し訳ないのですが、ほとんど原価に近い金額で譲ってくれる業者を紹介します」


伊達に商人ギルド幹部の補佐役を務めていた訳ではない、現時点でノロブの情報の確度は高い。


「いやあ、有意義な会議だったな!」


方針が決まり満足気なオーヴィルにリーンエレが指摘する。


「あなたは声が大きいだけで建設的な意見はなにひとつ言えてなかったわね」


「おまえは一言もしゃべってなかったじゃねえか!」


エルフ姉さんが方針に黙って従うだけなのはいつものことだ。


しかし、会議に貢献できなかったのはギュムも同じ。


──くそっ、なんにも思いつかなかった。


劇場を獲得し、移動手段のめどが立ち、公演再会の先行きは明るくなってきた。


それをありがたいとは感じるが、ノロブが活躍していることはどうにも面白くない。


「町へはおれが行きます、体を動かすくらいしかできないんで!」


ギュムはお使い役を申し出た。


アイデアが出ないのだから体を動かすことで貢献するしかない。


ニィハは言わずもがな、イーリスは脚本作業が忙しい。


馬屋を紹介したノロブは身を隠しており、その監視にはオーヴィルがふさわしい。


お使いは港町で育ったギュムが適任だろう。


「では、ギュムベルトさんに願いします」


「はい、任せてください!」


活動再開にむけて貢献できるのならばなんだってやりたい。


暇でいることは多忙であるよりも苦痛だった。


「リーンエレ、彼に付き添ってくださるかしら?」


ニィハは三魔姫の末妹に少年の護衛を頼んだ。


「たいした危険はないと思いますけどね」


遠慮するギュムをリーンが諭す。


「絶対安全とも言いきれないはずよ」


劇場と脚本が完成するまで舞台監督を務める彼女に仕事はない、護衛としても確かだ。


ただ馬屋が子供とエルフの二人組を相手にまともに耳を貸してくれるかは怪しい。


「港町に着いたら協力者がいますので彼を頼ってください」


「ああ、あいつか」


ニィハが口にした協力者の存在にオーヴィルは心当たりがあるようだった。


なにはともあれ、やることが明確なのは清々しい。


ギュムは馬屋と契約するため、お使いついでの里帰りをすることになった。

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