全員の賛成など得られない

 織り姫コスチュームと聞いて、工藤さんと名取さんと花梨さんの女子三人はもちろんのこと、問題集を机に立てて突っ伏していた鈴木先輩まで跳び起きた。


「だが、夢見沢。織り姫コスチュームなんて本当に着れるのか?」


 普段は口数の少ないことで有名な沢渡副会長の黒縁メガネがキラリと光る。


「確かにここ数日は比較的過ごしやすい気温が続いているが、七夕の当日もそうであるとは限らないぞ? まあ、コスプレ用の衣装とはいえ、30度を超えた日に、織り姫の格好などできるのか?」


 沢渡副会長は七三分けの髪の先を触れていた指を、ピッと姉に向けた。

 全員の視線が姉に向けられる。


「任せて! 私はどんなに暑くても織り姫になりきってみせるから! 皆のためなら真夏の炎天下に十二単じゅうにひとえを着るくらいの覚悟はあるんだから!」


 姉はきっぱりと言い切ったけれど、さすがに真夏に十二単を着ることはないと思う。

 

「そうか。夢見沢にそれほどの覚悟があるなら俺は何も言わない。まあ、七夕祭りのメインイベントは夜だから、さすがに気温も下がっているだろう。いや、水を差すようなことを言ってすまなかった……」

「ううん、いいのよ。いつも冷静にアドバイスをしてくれて助かっているよ、沢渡くん!」


 姉に笑顔を向けられると、沢渡先輩はさっと視線を下げ、慌ただしくダンボール箱を折りたたみ始めた。「あ、俺も手伝うっす」と鈴木先輩がそれに加わっていく。


「う~ん! カエデが織り姫をやるのなら、もちろん私は彦星になるから!」

「何言ってるの。ミキさんも私と一緒に織り姫をやるのよ!」

「ええー!?」


 工藤さんはがっくりとうな垂れてしまった。

 そんなやり取りが続く中、花梨さんはボクの隣で先ほどから、

「すごい、すごい、かいちょーの織り姫姿、すごい……」と一人で勝手に盛り上がっていた。


 なんか、嫌な予感がする――



 ▽


 翌日のSHRショートホームルームがやってきた。

 いよいよ決戦の時だ。


 え? それは少し大袈裟だって?

 違うんだよなー、それが。

 だってあの後、花梨さんは生徒会のメンバー全員の前で、こう宣言をしてしまったんだ。


 ――クラス全員の賛成票を勝ち取ってみせるんだからッ!――


 って……。


 いやいやいや、そんなの絶対に無理でしょう!


「はあー」

「どうした、ショタ君? ため息なんかついて」

「その原因を作ったのが自分という自覚がないのが恐ろしいよ」

「はあー? なにそれ? ショタ君わけわかんなーい」


 花梨さんはケタケタ笑っている。尊敬するよ、その精神の図太さ。

 ボクらがそんなやり取りを小声でしている間にも、SHRはいつもの内容でどんどん進行していって、いよいよ星埜守先生が教卓に手を付いた。


「さて、これからすぐにでも家へ帰って期末テスト対策に取り組みたい気分でしょうけれど、今日はこれから『七夕イベント』などというくだらないイベントにF組が参加するかどうかという投票を行わなければなりません。はあーっ、本当にくだらない。でも仕方がありませんね。やるといったからには多数決をとらなければなりません。ああ面倒くさい……」


 本当に急いでいるのか、それともボクに対する嫌がらせを優先したいのかよく分からない感じで、先生はようやく投票用紙を取り出した。


「ちょっと待って! 投票の前に、最後のアピールタイムをちょうだい!」

「はあー? あなたは昨日、さんざん楽しそうにプレゼンしていたでしょう? 投票を一日待ってもらいたいっていうから、その通りにしているのよ?」


 先生は投票用紙の束を教卓に叩き付けるように置いて、赤縁メガネを指でクイッと持ち上げた。相当イライラしている様子。


「今日はカリンではなくショタ君が言いたいことがあるそうでーす!」

「ふぇ? ボ、ボク?」

「ほう……」


 メガネの奥からの鋭い視線がボクに突き刺さる。そんな先生の視線などまったく無視して、花梨さんはこちらを振り向いて、


「ほらほら、最後のプレゼン、バーンとやってきちゃってよ!」


 うっ、何その反則なまでにカワイイ笑顔……


 この瞬間、ボクは悟った。

 花梨さんはボクにすべてを丸投げしようとしているんだ。

 じゃあ、生徒会の皆の前で宣言したあの言葉は何だったんだ? 

 

 ふうーっと息を吐きながら前に進んだボクは、花梨さんの脇で立ち止まる。


「……え?」

 花梨さんはきょとんとした顔で見上げてくる。


「ほら、これはボクら二人の仕事だろ?」


 手を差し出す。花梨さんはまん丸に目を見開いてボクの手のひらを見つめる。ボクの手のひらに花梨さんの指が乗せられたその瞬間、ぎっと握りしめ、グイッと引っ張り上げると、小っちゃくて軽い花梨さんの身体がふわっと持ち上がった。


 『おおーっ』という周りの声。


 教室の真ん中で、いつの間にかボクら二人にスポットライトが浴びているような気配がひしひしと伝わってくる。

 そんな空気感を読めない花梨さんは、ただただ半開きの唇をアワアワと震えさせているだけ。

 ボクはちょっと恥ずかしいけれど、ここはビシッとリードしなければいけない場面なのだから仕方がない。


 手をつないだまま、とたとたと前に歩いて行くと、先生は渋々といった表情で教卓の前から窓際の事務机まで移動していく。

 

「夢見沢君がんばって!」


 女子の声が聞こえた。

 昨日の放課後、ボクが呼び止めて話を聞いてもらった女子達だ。

 花梨さんの指の先がピクッと動いた。


「さあ、時間がもったいないわ。すぐに始めなさい。5分間だけあげるわ。それ以上はあげられないわよ? どうせ無駄なあがきなのですから。ねえ、みなさん?」


 先生が不敵な笑みなげかけると、生徒達の数人もそれに同調するように口の端をゆがめた。

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